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砂糖の代用品がヒ素に?20人が犠牲に。現代の食品安全基準を作った「毒入りキャンディ事件」とは

  • 2026.8.19
The Washington Post / Getty Images

SNSを見ていると、食品の安全基準に関する議論や、ハロウィンの時期に噂される「お菓子への異物混入」に対する警戒心をよく目にするはずだ。実は、こうした現代の食品安全への関心や社会的な規制のルーツは、160年以上前に起きたある一つの悲劇的な事件に行き着く。それが1858年にイギリスのブラッドフォードで発生した「毒入りキャンディ事件」だ。

コスト削減の「かさ増し粉末」が生んだ悲劇

事件の主役となったのは、「ハンバグ・ビリー」という愛称で親しまれていたお菓子売り、ウィリアム・ハーダカーだ。「ハンバグ」とは当時のイギリスで人気だった薄荷(ハッカ)風味のハードキャンディ(固い飴)を指す。当時、砂糖は非常に高価な貴重品だったため、菓子職人のジョセフ・ニールはコストを抑える目的で、砂糖の一部を「ダフト」と呼ばれる焼石膏(ギプスの粉)で代用していた。

誤って手渡された致死量の「白い粉」

1858年10月、ビリーに納品するキャンディを作るため、ニールは使い果たす寸前だった「ダフト」を仕入れるべく、約5マイル(約8km)離れた薬局へのお使いを頼んだ。しかし、薬局の店主は不在で、店を任されていた見習いのウィリアム・ゴダードが対応することになった。ゴダードは店の奥にあったラベルのない2つの樽から、片方の白い粉末を12ポンド(約5.4kg)量り売りしてしまったのだ。

砂糖の代わりに混入した「ヒ素」の猛毒

悲惨なことに、その樽に入っていたのは焼石膏ではなく猛毒の「ヒ素」だった。当時、イギリスではヒ素の販売を制限する法律が存在したものの、薬局で働く販売員の資格までは厳しく規定されていなかった。職人のニールはこの粉末を砂糖代わりに使ってキャンディを製造。完成した飴は通常より色が暗かったものの、ビリーは値下げ交渉の末に買い取り、市場で飛ぶように売り切ってしまったのだ。

子どもたちを襲った悲劇と真相の解明

キャンディが売り出された翌日の10月31日、子どもたちが相次いで体調を崩し、命を落とす事態が発生した。ある医師が患者たちの共通点に着目し、残されたキャンディを加熱検査(ラインシュ試験)したところ、致死量を超える猛毒のヒ素が検出されたのだ。この事故により、公式発表だけでも20人が死亡、200人以上が深刻な健康被害を受けた。

悲劇がもたらした現代の「食の安全基準」

この事件に対する市民の激しい怒りは、国会を動かす大きな原動力となった。1860年には「飲料・食品粗悪防止法」が制定され、1868年には薬剤師の資格制度を定めた「薬事法」が施行された。1つの過ちが社会のルールを劇的に変えたと言える。私たちが日頃から安心して安全な食品を口にできる背景には、過去の歴史と、食の安全を守り続けてきた人々のたゆまぬ努力があることを覚えておこう。

※この記事は『Popular Mechanics』の翻訳をもとに、ウィメンズヘルス日本版が編集して掲載しています。

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