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祖父が育てた真珠に新たな価値を。尾崎ななみさんが見つけた「自分だからできること」

  • 2026.8.12
伊勢志摩の真珠養殖に携わる祖父と尾崎ななみさん

 

GLAMのインタビュー企画では、人生やキャリアの節目で自分らしい選択を重ねてきた女性たちのリアルな声を通して、読者に気づきや共感、そしてこれからの自分を選ぶためのヒントをお届けしています。

今回お話を伺ったのは、伊勢志摩アンバサダーとして故郷の魅力を発信する傍ら、伊勢志摩産あこや真珠ブランド「SEVEN THREE.」を手がける尾崎ななみさん。

高校卒業後に上京し、モデル・タレントとして活動をスタートした尾崎さん。多忙な日々のなかでも故郷・伊勢志摩とのつながりを大切にし、その魅力を発信し続けてきました。

そして現在は、会社を経営しながら、企業の商品プロモーションやイベント企画、ブランディングなど幅広い分野で活躍しています。

伊勢志摩のあこや真珠を用いたブランドを立ち上げた背景には、祖父への想いと、地元の良さを自分なりの形で伝えたいという想いがありました。

今回は、これまでのキャリアの歩みや伊勢志摩の魅力を発信するようになったきっかけ、起業とブランド設立の経緯、そして仕事において大切にしていることについて、じっくりとお話を伺いました。

人生の転機・価値観の変化

モデル・タレントとして「自分自身を表現する仕事」から、伊勢志摩や真珠など「誰か・何かの魅力を届ける仕事」へと、活動の軸が広がっていった背景には、どのような心境の変化があったのでしょうか。

真珠養殖の仕事を手伝う尾崎ななみさん

最初は友人が勧めてくれたことがきっかけで、「よくわからないけれど、やってみよう」という好奇心だけを持って上京したのがスタートでした。

十代でいきなり社会人になり、目の前の仕事に向き合う日々を過ごしていました。経験を重ねるにつれて自分に自信が持てなくなり、人と比べたりで苦しくなってしまって、このまま続けていくのは違うかもしれないと感じました。そこで、一区切りつけようと思って、所属していた事務所を辞めることを決めました。

そのタイミングで、地元で募集をしていた「ミス伊勢志摩」に応募してみたんです。地元のPR活動を、自分が表舞台に立つ集大成としてやってみたいなと。

そこでグランプリをいただいたことが、ひとつのきっかけです。

活動を続ける中で、地元のことをお話ししたり、魅力を伝えていくことがすごく楽しくて、これからは地元に関わる仕事に進みたいと思うようになりました。

一区切りをつけた先で選んだ挑戦が、尾崎さんの新たなキャリアへとつながっていきます。
地元への想いを発信するなかで、自分自身が本当にやりたいことに気づき、新たな道が少しずつ開けていったといいます。

東京での活動から地元のPR活動へ。一見異なる方向への選択に見えますが、当時ご自身の中でどんな迷いや葛藤がありましたか。

一度地元を離れたからこそ気づけた魅力がたくさんあって、それはずっと地元にいたら見えなかったと思うんです。ここが素敵とか、こういうところが魅力的だなと客観的に感じられるようになりました。それに東京に住みながら地元のことだけを発信し続けている人が周りにいなかったので、その役割は、私が担えるんじゃないかと思いました。

一度離れたからこそ気づけた地元の魅力。そして、その魅力を伝える存在がまだ少ないという現実も、背中を押す理由の一つになりました。

「誰かがやる」のを待つのではなく、「自分だからこそできることがあるかもしれない」。その想いが、現在の活動の原点につながっています。

東京と地元、両方の生活を続ける中で「どちらかに絞った方がいいのでは」と考えた瞬間はありましたか。

伊勢志摩の魅力を発信する尾崎ななみさん

実は一度もないんですよ。東京を離れることは考えたことがなくて、三重も好きだけど、東京も好きっていう。

「三重に拠点を移さないの?」と聞かれることもあるんですが、私にとって東京という場所は、圧倒的に人との出会いが多い場所なんです。新しい価値観や情報に触れる機会も多く、仕事の視野を広げるという意味では、今の自分には東京にいることが一番合っていますね。

一方で、三重にも毎月数日間は帰っています。だから、どちらかに絞らなければいけないと思ったことはありません。むしろ東京にいながら三重のことを発信し続ける人はまだ多くないので、その立ち位置だからこそ、できることがあると感じています。

私は、拠点も仕事も一つに決める必要はないと思っていて、それぞれの場所や環境の良さを活かしながら、自分らしく軽やかに動いていく。そんな働き方や生き方が、これからもできたらいいなと思っています。

これまで数々の選択をされてきたと思いますが、その中で「今の自分に一番つながっている」と感じる選択は何でしょうか。

一番大きかったのは、高校卒業後の進路ですね。もともとは実家から通える範囲の大学に進学しようと思っていました。でも、その道ではなく東京へ行くことを選んだ。親元や地元から離れる決断が大きかったと思います。

東京でたくさんの人との出会いや経験があり、今に一番つながっていると思います。

現在の仕事・活動

株式会社サンブンノナナを設立し、あこや真珠ジュエリーブランド「SEVEN THREE.」を立ち上げようと決めたきっかけは何でしょうか。

伊勢志摩産あこや真珠のありのままの形

ミス伊勢志摩として活動をしていた2014年頃は、PR活動のために三重へ帰る機会が多くありました。ただ、活動が毎日あるわけではなかったので、祖父の真珠養殖の仕事を学ぶようになったんです。あこや真珠養殖は、地元の特産品ですし継ぐというわけではなく、まずは知り、伝えることができるぐらいになりたいという気持ちでした。

祖父のそばで1年間、真珠がどのように作られるのかというところから学び、間近で見ていると、生産者の偉大さや大変さも見えてきて、その中でも気になったのが販売の部分でした。

どれだけ良いものを作っても、お客様に届かなければ続けていくことは難しい。だからこそ、祖父が育てた真珠を、どうすればきちんと価値として届けられるのかを考えるようになりました。その答えが、自分たちのブランドを立ち上げることでした。生産者とお客様をつなぎ、真珠の価値や想いまで届ける。それが、私にできる役割だと思ったんです。

「金魚真珠」という、これまで流通にのることがなかったものに新たな価値を見出す発想は、どんな場面から生まれたのでしょうか。

尾ひれのような形が特徴の金魚真珠

真珠の取り出し作業(浜上げ)の時期が一年に一回、12月の寒い時期に行われるんです。その後、一斉に仕分けをして卸に出すのですが、そこで見たのが規格外の真珠でした。

流通するのは丸い真珠が中心なので、それ以外の形は仕分けの段階で取り分けられてしまいます。でもよく見ると、尾ひれが付いているような形をした真珠があり、金魚に見えて“金魚ちゃん”って呼んでいたんですよね。

業界では規格外として流通に乗せてもらえなかったけれど、私自身はそれがすごく魅力的に見えて、全部同じ形じゃない貝が作り出した、唯一無二の形が素敵だと思いました。

数も基本的には丸の形が多いので、希少でもあるし、同じものを作りたくても作れない。見方を変えてみると、これってすごいことだなって思ったんです。

だったら特別な存在として名前を付けて価値を届けたい。そうして誕生したのが金魚真珠です。

現在のお仕事において、原動力となっているものは何でしょうか。

祖父の真珠養殖の仕事に触れる尾崎ななみさん

真珠に関しては圧倒的に祖父ですね。今年90歳になりますが、今も現役で全ての作業をしています。「生涯現役」と言っている姿を見ているので、私も頑張りたいし、その想いを形にしていかなければと思います。

もう一つの原動力はお客様の存在です。私たちのブランドは、お客様との距離が近いので、どんな方が選んでくださったのか、その後どんな思いで身に着けてくださっているのかを知る機会がたくさんあります。温かい言葉をくださったり、お礼のメッセージもたくさんいただいたり……。

私たちも買っていただいたことに感謝をしつつ、お客様も感謝の気持ちを伝えてくださる。そんな関係性が、もっと素敵な商品を届けたいと思わせてくれるんです。

ライフステージの変化と選択

ライフステージの変化の中で、「これまで通り」を選ぶか「変える」かを迷った場面はありましたか。

基本的には変化を選んできた方ですね。「このままずっと」と決めているわけではなくて、自分の中の違和感を大切にしています。「なにか違うかも」や「これはできるかも」みたいな自分の直感を、さらに深掘りしていくんですよ。なんでそう思ったんだろうって。

キャリアチェンジもですが、自分が100%したいと思わない時は、立ち止まって考えます。無理して粘り続けるのではなく、なぜそう感じたのかを整理しながら、選択してきました。

尾崎さんにとって「自分らしく選ぶ」とは、どういうことだと思いますか。

人と比べることなく、自分がどうしたいのかを大切にすることだと思います。これまでしてきた選択や経験は、振り返るとすべて今の自分につながっています。だから、世間の正解を選ぶのではなく、自分が納得できる道を選ぶこと。

後から遠回りをしたと感じることがあっても、自分で選んだ道なら、その経験はきっと無駄になりません。結果として、「あの選択で良かった」と思える未来につながっていくと私は信じています。

地元や都市で生きる同世代の女性や、「人と違う生き方でいいのかな」と迷う女性たちに向けてメッセージをお願いします。

人生の迷いや不安は、私も含めて誰にでもあるものだと思います。特に女性は30代や40代でライフステージが大きく変わる中で、「このままでいいのかな」「人と違う道を選んでもいいのかな」と悩むこともあると思います。

でも、今だからできること、自分だからできることを大切にしながら、自分が納得できる選択を積み重ねていってほしいです。失敗を恐れず、自分の個性を信じて、自分らしい道を歩んでほしいなと思います。

地元を離れたからこそ見えた景色や大切な人から受け継いだ想い。そして、自分自身の直感を信じて選び続けてきた人生。その一つひとつの経験が、今の尾崎さんらしさを形づくっていました。

「人と違う道でもいい」。そう語る言葉には、自らの歩みを肯定してきたからこその強さと温かさが込められていました。

プロフィール

尾崎ななみさんのプロフィール写真

名前:尾崎ななみ

職業:株式会社サンブンノナナ 代表取締役/SEVEN THREE. ブランドディレクター/初代 伊勢志摩アンバサダー

出身地:三重県伊勢市

  【プロフィール】 高校卒業後に上京し、モデル・タレントとして活動。2014年、第58代ミス伊勢志摩グランプリを受賞。任期終了後も自主的に伊勢志摩の魅力をSNSなどで発信し続けたことが評価され、2017年に初代 伊勢志摩アンバサダーへ就任。現在も、伊勢志摩アンバサダーとして、首都圏を中心に伊勢志摩の魅力を伝える活動を続けている。2018年9月、企業の商品プロモーション・イベント企画・運営を行う株式会社サンブンノナナを設立し、ブランディングやPRの経験を積む。2018年12月、伊勢志摩産あこや真珠ブランドSEVEN THREE.(セブンスリー)を立ち上げる。

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