1. トップ
  2. エンタメ
  3. 「カワイイ」と「コワイ」の紙一重!45年前、片想いの執念を歌い上げた恋ウタが日本中へ染みわたった

「カワイイ」と「コワイ」の紙一重!45年前、片想いの執念を歌い上げた恋ウタが日本中へ染みわたった

  • 2026.9.1
undefined
2005年、『まちぶせ』のセルフカバーでレコーディングする石川ひとみ(C)SANKEI

テレビの歌番組が一家の夜の中心にあった頃、ヒット曲は一晩では生まれなかった。歌番組で、ラジオで、有線で、少しずつ耳に馴染み、気づけば誰もが口ずさんでいる。そういう届き方が、まだ当たり前だった。

1981年の春に世に出たこの曲も、そんなふうにゆっくりと日本中へ染みわたっていった一曲だ。

石川ひとみ『まちぶせ』(作詞・作曲:荒井由実)ーー1981年4月21日発売

デビュー3年目。澄んだ声のアイドルとして知られていた石川ひとみは、この一曲で歌手としての名前を日本中に刻むことになる。

怖いくらいの片想いをかわいく描いた詞

作詞・作曲は荒井由実(現・松任谷由実)。実は、この曲が最初に世に出たのは1976年。その年の11月に松任谷正隆と結婚して松任谷姓となった。石川ひとみが歌った1981年には、すでに松任谷由実になっていたが、そんな理由もあって作詞・作曲は荒井由実名義となっている。ちなみに編曲は夫の松任谷正隆だ。

詞が描くのは、一途すぎる片想い。想いを寄せる相手には親しい女の子がいて、主人公は輪の外からそっと見ているだけ。告白もしない。だけど、いつか必ず自分のほうへ振り向かせてみせるという確信だけは、揺るがずに胸の奥で燃えている。

行動としては受け身だが、だんだんと積極的になっていく。この構図こそが、ユーミンの詞の恐ろしさであり、うまさだ。待ち伏せという言葉の持つかすかな不穏さを、恋する女の子の必死さとして差し出してくる。

そもそも『まちぶせ』という題の付け方からして大胆だ。聴き終える頃には、この題以外に考えられなくなっている。言葉ひとつで物語の輪郭を決めてしまう筆の強さがある。

夕暮れの街角、視線の先の後ろ姿、胸の中で交わされる宣言。詞に置かれた情景はどれも小さく、日常のひとこまにすぎない。それなのに読み進めるほど、少女の想いの温度だけが上がっていく。

かわいらしさと紙一重の執念。その際どい線を、ユーミンは涼しい顔で一篇の少女漫画のように仕立ててみせた。他人の声に託したところまで含めて、作家としての計算が行き届いている。

澄んだ声が執念を初恋に変えていく

この曲はもともと、1976年に三木聖子のデビューシングルとして世に出た作品だ。それを5年後、石川ひとみが歌った。

石川ひとみの声は、明瞭で、可憐で、どこまでもまっすぐに伸びる。執念すれすれの詞を、この声が歌った途端、怖さはすっと薄まり、誰もが身に覚えのある初恋のいじらしさだけが残る。言葉の濃度を声が中和する。詞と声の化学反応と呼びたくなる瞬間だ。

歌い出しから、石川ひとみは感情を盛りすぎない。物語を打ち明けるように、ひとことずつ丁寧に言葉を置いていく。だからこそ、想いが募っていくくだりで声がふっと熱を帯びる瞬間が際立つ。抑えた語りと募る想いの落差が、聴き手の胸を静かに締めつける。

サビで感情を張り上げるのではなく、高音へ澄んだまま駆け上がっていく歌い方も効いている。声が濁らないから、少女の一途さも濁らない。聴き手は詞の不穏さを感じるより先に、その澄んだ響きの側に引き寄せられる。松任谷正隆の編曲も声の輪郭を消さず、歌謡曲の温かい伴奏で包み込むように支えている。

聴き終えたあとに残るのは怖さではなく、切なさだ。その配合は、この声でなければ成立しなかったと感じる。

ゆっくり火がついた恋の歌

発売してすぐに大きな話題になったわけではない。春に店頭へ並んだこの曲は、ラジオや有線で少しずつ聴かれるようになり、夏を越える頃には歌番組の常連になっていた。

半年がかりでじわじわと届いていくその広がり方は、すぐには振り向いてもらえなくても想い続ける詞の世界と、不思議なほど重なって映る。急がず、諦めず、確信だけを抱いて待つ。曲そのものが、詞の主人公と同じ歩き方で日本中の耳に辿り着いた。

一度届いた曲は強かった。テレビから流れるたびに、誰の中にもある「言えなかった季節」を、この曲は静かに呼び覚ましてしまう。派手な仕掛けで一気に売るのではなく、聴いた人の実感が次の聴き手を連れてくる。デビューから3年、大きなヒットに恵まれずにいた石川ひとみにとって、これほど自分の声の力で勝ち取った実感のある広がり方はなかったはずだ。

片想いの歌が晴れ舞台へ届いた冬

その年の暮れ、石川ひとみは第32回NHK紅白歌合戦の舞台に、この曲で初めて立った。春に静かに歩き出した片想いの歌が、年末の晴れ舞台まで辿り着いた一年だった。

片思いを語る女の子の歌が、これほど堂々と大舞台で歌われる。その光景自体が、この曲の本質を言い当てているように映る。言えない想いは、弱さではない。胸の奥で燃え続ける限り、いつか誰かに届く強さになる。澄んだ声で歌われた執念の恋歌に、そんな確信を感じる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・篝火花かほり)

の記事をもっとみる

注目コンテンツ