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区役所で7年つとめた「狂気の女優」とは? 『百物語』を22年かけて演じた姿

  • 2026.8.21
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白石加代子-2006年5月撮影(C)SANKEI

税務課の机で課税の仕事をする手が、数年後には舞台の上で、言葉にならない情念までつかもうとしていた。

2026年のTBSドラマ『君の好きは無敵』で、瀬尾深月(佐野勇斗)の祖母・鞠子を演じる女優の白石加代子。彼女は、高校を卒業すると公務員試験に合格し、区役所で約7年間働いていた過去を持つ。芝居への憧れより先に引き受けたのは、長女として家計を支える暮らしだった。

税務課の机で待った7年

白石は区役所の支所を経て、税務課の課税係へ配属された。給与も待遇もよく、仕事を続けていれば生活は安定する。家族を支えるには、堅実で確かな職場だった。

それでも、胸の内では芝居を諦めきれなかったという。税額を確かめ、書類を整え、窓口へ来る人に向き合う毎日でも、芝居をやりたい思いがかけめぐっていた。

1967年春、弟の就職が決まる。白石は母の後押しを受け、区役所を辞めて早稲田小劇場へ入った。25歳。家族の暮らしにひと区切りがつき、自分の順番が来たときだった。

先に夢を選んだのではない。7年働き、弟の行く先を見届け、それから安定した机を離れた。

区役所時代の蓄えも退職金もあったが、劇団へ入ると、2年もたたないうちに暮らしは苦しくなった。稽古には給料がなく、公演へ出た分だけが収入になる。それでも白石は、舞台に立つための稽古から離れなかった。

声と身体が「狂気」を帯びた

セリフを整えて届けるだけでは収まらない声、身体の内側から押し返してくるような激しさ。『金色夜叉』のお宮の狂乱、『少女仮面』の狂女などが話題となり「狂気女優」と評され、早稲田小劇場の看板俳優になっていく。

区役所を辞めてから、わずか3年。税務課で静かに数字を追っていた時間と、観客の目の前で全身をさらす舞台との間に、長い助走はなかった。

白石加代子の声は、きれいに意味だけを運ぶのではなく、人物の息苦しさや執着まで連れてきた。視線や佇まいが変われば、舞台の温度まで動くようだった。

早稲田小劇場では『トロイアの女』などにも出演し、海外公演を重ねた。1972年公開の映画『女囚さそり 第41雑居房』では、脱獄した女囚たちの中心人物・大場ひで。舞台で鍛えた声と身体は、映画の画面にも強い影を落とした。

22年かけて語った99話

1992年、白石は一人語り公演『百物語』を始める。古典から現代小説まで、怪談を中心とした物語を、声だけに預けず、一人の身体から何人もの気配が立ち上がる舞台へ変えていった。

当初はもっと早く進められると思っていたという。最初の5年で50話に届いたが、ほかの舞台と重なり、歩みはゆっくりになった。2014年、泉鏡花『天守物語』の第99話で一区切りを迎えるまで22年。百話まで語ると怪異が現れるという言い伝えにならい、最後の一話を残した。

始めたときは50歳、99話を語り終えたときは72歳。その後もアンコール公演が続き、2024年11月21日に大千秋楽を迎えた。同じ声で繰り返すのではなく、年齢を重ねた息、立ち姿、沈黙を連れて、物語の前へ戻ってくる。

税務課で働いた7年。退職から「狂気女優」と呼ばれるまでの3年。そして99話へたどり着くまでの22年。数字はそれぞれ違う速さで進むが、白石加代子は、その時々に引き受けた仕事から身を引かなかった。

書類をそろえた手で台本を持ち、家計を支えた身体で、百に近い物語を立ち上げた。99話目を語り終えても、その声はまだ舞台へ戻ってくる。


※記事は執筆時点の情報です

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