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4年、区役所で働いていた【大御所カンヌ俳優】職歴から生まれた芸名とは?

  • 2026.8.21
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2023年6月、日本記者クラブでカンヌ国際映画祭 最優秀男優賞受賞会見をおこなった役所広司(C)SANKEI

道路工事の図面を引き、現場を監督する。高校を卒業して上京した役所広司が最初に任されたのは、映画でも舞台でもなく、千代田区役所土木工事課の仕事だった。区役所に勤めたのは約4年。役所広司は芸名だ。「役所」の二文字は、その職歴から生まれた。

公務員だった時間を名前に残した俳優は、その後、織田信長から経理課長、公共トイレの清掃員までを演じることになる。

道路の図面から、無名塾の稽古場へ

長崎県立大村工業高校を卒業した役所は、東京への憧れを抱いて上京し、千代田区役所へ就職した。道路工事の図面を書き、現場監督も務めたという。俳優になるための準備期間ではない。毎日、区役所職員として働いていた。

転機は、友人に誘われて観た仲代達矢主演の舞台『どん底』だった。演劇にひかれ、新聞で見つけた無名塾の募集に応募する。合格すると区役所を退職し、仲代のもとで芝居を学び始めた。

図面に引かれた線をたどる生活を離れ、筋書きのない進路へ出たのは22歳のときだった。 安定した勤め先より、目の前で見た舞台を選んだ。

前職が消えない芸名

仲代が授けた芸名には、前職の「役所」と、「役どころが広くなるように」という願いが重ねられた。本名を隠すための名ではなく、俳優になる前の4年間を抱えて歩く名前である。

1979年にテレビへ出演し、1983年放送のNHK大河ドラマ『徳川家康』では織田信長役に選ばれた。無名塾へ入ってから数年。土木工事課の職員だった青年が、歴史上の大人物として画面に現れた。

その後も、権力を握る人物や強烈な犯罪者を任される一方で、名もない生活者の役が役所の代表作になっていく。大きな肩書を背負う役と、肩書では語れない人。両方を受け止める名前として「役所広司」は広がった。

会社員のためらいを映した1996年

1996年公開の映画『Shall we ダンス?』で演じた杉山正平は、経理課の課長である。仕事と家庭を持ち、同じ電車で会社へ通う。その日常に息苦しさを抱えながら、車窓から見えるダンス教室へ足を踏み入れる。

役所の杉山は、急に別人にならない。周囲に知られることを恐れ、姿勢をこわばらせ、それでも踊る時間が少しずつ表情を変える。普通の会社員の内側にあるためらいと高揚を、大げさにせず見せた演技だった。 同作で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞している。

1983年の織田信長では、人を圧する存在感を求められた。13年後の杉山正平では、目立たず暮らす人の揺れを任された。役の選ばれ方は変わっても、画面の中心に人物の時間を置く仕事は変わらない。

清掃員の一日がカンヌへ届く

2023年公開の映画『PERFECT DAYS』で演じた平山は、東京・渋谷の公共トイレを清掃する。朝起きて、作業着を着て、車に乗る。便器を磨き、木漏れ日を見上げ、古いカセットテープを聴く。台詞より先に、働く手と一日の手順が人物を伝える。

信長を演じた俳優が、声を張らず、仕事の手つきだけで一本の映画を支えた。 役所は同作で第76回カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した。

区役所の道路工事、大河ドラマの戦国武将、経理課の課長、公共トイレの清掃員。役所広司という芸名に込められた「役どころが広く」という願いは、派手な役の数ではなく、異なる暮らしを同じ重さで演じる仕事として積み上がった。平山は清掃を終えると道具を整え、次の場所へ車を走らせる。


※記事は執筆時点の情報です

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