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台風のプールサイドでデビューイベント!?今じゃ考えられない国民的アイドルの原点に仕込まれたメロディとは?

  • 2026.9.18
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

大粒の雨が、遊園地のステージを叩いていた。傘の列はどこまでも続き、濡れた床の上に6人が並ぶ。翌日に初めてのCDが店に並ぶという、その前日の光景だ。

みなさんご存知の、あの6人である。国民的と呼ばれるようになる前、まだ誰も「その後」を知らない日。雨に打たれながら握手を交わしたこの日から、すべてが始まった。

SMAP『Can't Stop!!-LOVING-』(作詞:森浩美/作曲:Jimmy Johnson)ーー1991年9月9日発売

濡れたまま握った手から始まる

1991年9月8日、西武園ゆうえんち。台風が近づくなか、SMAPはデビュー発表イベントを開いた。集まったのは約1万5000人。6人は黄色い衣装のまま雨に打たれ、音響トラブルにも見舞われながら、ライブパフォーマンスをやり遂げた。その後、ファンとの握手会も行われた。

いま振り返っても、この日を「伝説のデビュー」と呼ぶ声が絶えないのは、天候の派手さだけが理由ではない。まだ何者でもない6人が、雨のなかで一人ずつの手を離さなかった。その律儀さそのものが、後年のSMAPの姿を先取りしていたからだ。

台風の日に遊園地へ来てくれた人がいる。その人たちに、雨の音より大きな声で歌を返す。そんな身ぶりの記憶が、この曲の一音目に貼りついている。考えてみれば、CDが一枚も出ていない段階で、これだけの人が雨のなかへ足を運んだのだ。先輩の後ろで踊っていた時期から6人を追いかけていた人たちの、待ちきれない気持ちが、あのプールサイドに溢れ出していた。

選ばれてから世に出るまでの長い助走

デビューまでの道は、決して短くなかった。光GENJIのバックダンサー「スケートボーイズ」のメンバーたちによって、1988年4月にSMAPは結成される。そこから1991年9月まで、3年5か月。

10代の3年5か月は長い。先輩の後ろで踊りながら、自分たちの曲が出る日をずっと待った時間だ。舞台の真ん中ではなく、その少し後ろ。光を浴びる人を引き立てる位置で、6人は踊り続けた。だからこそ、初めて自分たちの名前で鳴らす一曲に、6人は持てるものを全部注いだ。待たされた時間の長さが、この曲のまっすぐさをつくっている。斜に構える余裕など、あの頃の6人にはひとかけらもなかった。

サビの向こうで童謡が顔を出す

曲そのものに耳を寄せてみよう。『Can't Stop!!-LOVING-』は、恋する気持ちを止められないと言い切る直球のアイドルソングだ。回りくどい表現も、影のある仕掛けもない。曲名がそのまま気持ちの宣言になっていて、止まらない、と言い切ったまま最後まで走る。

この潔さは、デビュー曲だからこそ効いている。まだ何色にも染まっていない6人が、いちばん単純な気持ちを、いちばん明るい旋律で歌う。聴き手は構えなくていい。サビが来たら、一緒に口を開けばいいだけだ。

ただし、一つだけ遊びがある。曲の後半で、童謡『きらきら星』の旋律が顔を出す。誰もが子どものころに口ずさんだあのメロディが、恋の歌の途中に差し込まれる。

初めて気づいたときの驚きは、いまでも鮮明だ。大人びた恋の曲に、子どもの歌が混ざる。その無邪気な混ざり方こそ、デビュー当時の6人にしか出せないあどけなさだった。難しいことを言わなくても、この仕掛けが「まだ少年だった6人」を一瞬で連れてきてくれる。

船山基紀の編曲は、この遊びを浮かせない。恋の歌と童謡の間に段差を作らず、ひとつながりの明るさとして流してしまう。聴き手は気づいても気づかなくてもいい。気づいた人だけが、小さく笑える。そうやって聴き手ごとに違う顔を見せるところに、この曲が35年経っても飽きられない理由を感じる。

原点を書いた手がその先の道を敷く

作詞は森浩美、作曲はJimmy Johnson。このJimmy Johnsonは馬飼野康二の別名義で、船山基紀の編曲とあわせて、デビュー曲は経験豊かな作り手に託されていた。

新人にベテランの作家陣がつく。それ自体は珍しい話ではない。面白いのは、その先だ。森浩美はのちにもSMAPの作品を手がける作詞家となり、馬飼野康二も両方の名義でSMAPの曲を書いていく。デビュー曲の作り手が、その後のSMAPの歩みにまで続いていた。原点で結ばれた縁が、そのまま道になったのだ。

経験豊かな作り手が、あえて飾りの少ない直球を新人に渡した。そこに、6人の若さを加工せずそのまま鳴らそうという判断を感じる。技巧で聴かせる曲なら、誰が歌っても成立する。この曲は、あの時点の6人が歌って初めて成立する。

雨の遊園地から年の瀬の大舞台まで

1991年12月31日、第42回NHK紅白歌合戦。SMAPはこの曲で初めて出場した。台風の遊園地から、まだ4か月も経っていない。9月に雨の中で握手をしていた6人が、12月には年の瀬の生放送で同じ曲を歌っている。ずぶ濡れの翌朝に出た一曲が、その年のうちに日本中の年越しの時間へ届いた。この距離の短さに、デビューの年の速度をそのまま感じる。

デビュー曲が原点であり続けるのは、後から意味づけされたからではない。雨と、握手と、4か月の駆け足。曲の中に、その全部が最初から入っていたからだ。

再生すれば、いまも雨の音の向こうから、6人の声が真正面に飛んでくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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