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27年前、ミリオン盤の4曲目に潜んでいた“大人の別れ方” 聴く年齢で意味が変わる静かなバラード

  • 2026.9.17
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浜崎あゆみのコンサートより-2000年4月撮影(C)SANKEI

別れに、正しい終わらせ方というものはあるのだろうか。泣いてすがった夜も、言わなくていい一言で相手を傷つけた朝も、たいていの人は一つや二つ抱えている。あのときもっと上手に終われていたら、と後から悔やむ記憶ほど、なかなか消えてくれない。だからこそ人は、次に別れるときは取り乱さず、きちんと終わらせたいと願う。

その願いを、逃げも飾りもなく、まるごと一曲にしたバラードがある。浜崎あゆみが自ら詞を書き、静かな導入から始まるこの歌は、表題曲のない4曲全A面入りのシングルの最後に置かれ、派手な看板を背負わないまま多くの耳に届いた。

浜崎あゆみ『End roll』(作詞:ayumi hamasaki/作曲:D・A・I)ーー1999年8月11日発売

泣いてすがる代わりに選んだ精一杯の背中

歌詞の主人公は、もう戻れないことを知っている。相手を責めず、過去を美化もせず、ただ二人で過ごした時間が終わりに来たことを認めるところから、この歌は始まる。

その胸の内にあるのは、かつての自分への後悔だ。駄々をこねて相手を引き止めるような真似はもうしない、と主人公は歌う。その一節には、以前はそうやって相手を困らせた記憶がにじむ。だからこそ主人公は、言い争いも涙の交渉も手放して、自分にできる精一杯の別れを選ぶ。強がりに見えるその選択が、実は相手への最後の思いやりなのだと、聴くほどに伝わってくる。

音の作りも、その心情に寄り添う。穏やかなパッド系が全体を包む前半は、言葉を選びながら話す人の呼吸そのものだ。ところがサビに入ると、浜崎あゆみは声を振り絞る。抑えた言葉と振り絞る声のあいだに生まれる落差こそが、この曲の聴きどころだと言いたくなる。平静を装う言葉の裏で、本当は泣きたいのだという痛みが、声の震えの側から漏れてくる。

寄り添っていたはずがいつしか終わらせる側に

この曲は、聴き手の年齢で意味が変わってくる。思春期に出会った人は、主人公の痛みに自分を重ねて聴いた。10代の耳には、泣きも喚きもせずに別れを受け入れる姿が、切なく、やるせなく、それでも憧れとして映ったに違いない。ところが大人になって聴き直すと、主人公に寄り添っていたはずの自分が、いつの間にか「終わらせる側」の視点で聴くようになる。

欲しいものなら泣いてでも手に入れるべきだったのではないか、と主人公の潔さに違和感を覚える人もいれば、あの静かな別れ方を自分も選んだことがあると気づく人もいる。同じ歌詞が、聴き手の経験に応じて共感の座標を動かす。まだ若い書き手の手で書かれた別れの歌が、青春の記憶と今の失恋を二重写しにしてしまうところに、再評価に値する深さを感じる。

共感が消えたわけではない。自分が立つ場所が変わっただけで、歌のほうは一歩も動いていない。だからこそ、次に人生のどこかで別れに直面したとき、この歌はまた違う顔で待っているように映る。

世紀末の不安をそっと受け止めていた

この歌が届いた1999年の夏は、世紀の変わり目を目前にして、どこか落ち着かない空気が漂っていた。哀切な歌詞世界が、その不安と静かに共振し、女子高生を中心に共感を集めた。時代の大きな熱狂ではなく、一人ひとりの部屋の中の哀しみを受け止める器として、この曲は機能したのだ。

『End roll』は、表題曲を置かず『monochrome』『too late』『Trauma』と並ぶ4曲全A面シングル『A』の4曲目で、作曲はD・A・I。このシングル『A』は、週間ランキング1位を獲得し、累計は160万枚超えを記録。1999年の年間シングル3位に入っている。

冬のアルバムへ渡った余韻

同じ年の11月10日、2枚目のアルバム『LOVEppears』に収録され、夏のシングルから冬のアルバムへと、この歌は渡っていった。季節をまたいで聴かれ続けたことで、別れの歌は季節の歌ではなく、人生のどこかで必ず出会う歌になったのだ。

聴き終えた後にやってくる余韻は、言うべきことを言い終えた人が、それでもすぐには背を向けられずに立ち尽くす時間に似ている。終わったのに、まだ動けない。その居心地の悪さと安らぎを、この歌は聴き手の胸にそっと置いていく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・笄坂かける)

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