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日本アカデミー賞を受賞した高級クラブの“元ホステス”。和菓子工場で働いていた【異色の経歴】とは?

  • 2026.8.21
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2014年9月、「GINGER 5th Anniversary Event」に登場した壇蜜(C)SANKEI

調理師免許を取り、和菓子工場で働く。高級クラブで客の話を聞く。葬祭の学校へ通い、遺体衛生保全士になる。

芸能界へ来る前の壇蜜は、ひとつの肩書に落ち着くより先に、いくつもの仕事場を通ってきた。しかも入口になったのは、就職活動で余っていた履歴書写真。ずいぶん働き者の一枚である。

和菓子から高級クラブ、そして葬祭へ

大学卒業後、壇蜜は調理師免許を取得した。母と和菓子店を開くことも考え、和菓子工場で働きながら準備を進めたという。

ところが、開業を支える予定だった知人が亡くなり、計画は止まる。壇蜜は葬祭の専門学校へ進み、遺体の保全や修復を学んで遺体衛生保全士の民間資格を取得した。高級クラブでホステスとして働いた時期もある。

和菓子工場では餡を練り、季節菓子の下ごしらえをする。クラブでは、相手が話したいのか、聞いてほしいのかを読む。葬祭の場では、遺族が故人と向き合う時間を整える。仕事内容も相手も違うが、どの持ち場にも、表へ出る前の準備があった。

調理師免許、遺体衛生保全士、さらに日本舞踊の師範の資格も持つ。壇蜜は名刺を一枚に決められないまま、できることを増やしていった。

余った履歴書写真が見つけた席

遺体解剖の助手をしていたころには、東京ゲームショウのキャンペーンガールも経験した。その応募に使った履歴書写真が手元に残っていたため、2010年、雑誌『週刊SPA!』の公募型グラビア企画へ送った。

20代の終わりに、記念のつもりで応募した写真が合格する。同年、担当編集者の紹介を受けて芸能事務所へ入り、「壇蜜」として活動を始めた。新しく撮り直した宣材写真ではなく、別の目的で撮っていた写真が、そのまま次の入口になった。

2012年にはTBS系『サンデージャポン』へ出演。ニュースと芸能と世間話が同じテーブルに載る番組で、落ち着いた声のまま少し角度の違う言葉を置き、「エロスの女王」と呼ばれて注目を集めた。

和菓子、接客、葬祭を渡ってきた人は、テレビでも大きな声で席を奪わなかった。話を受け、ひと言を残し、また聞く側へ戻る。その座り方が壇蜜の持ち場になった。

同年公開の映画『私の奴隷になりなさい』では映画初出演にして主演。翌2013年公開の『甘い鞭』では二つの顔を持つ女性を演じ、第37回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。

座る席が変わっても、声は残る

壇蜜の仕事は、画面の中央に立つものだけではない。文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』では約7年半、曜日パートナーを担当した。大竹まことの隣でニュースに耳を傾け、自分の経験を交えながら言葉を返す席だった。

NHK『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』やBS朝日『サウナを愛でたい』ではナレーションを担当している。列車や酒、湯気の向こうへ、あの低くゆっくりした声が流れる。顔を見せなくても、壇蜜だと分かる仕事。

2026年4月、映画『旅立ちのラストダンス』のイベントでは、遺体衛生保全士を目指したきっかけと、生きること、死ぬことについて改めて話した。資格は昔の珍しい肩書ではなく、壇蜜が今も言葉を置く足場になっている。

高級クラブの元ホステスで、調理師で、遺体衛生保全士。グラビアの被写体になり、ラジオでは隣の席に座り、旅番組では声だけを置いていく。一本道ではなかった職歴が、壇蜜の仕事場をひとつずつ増やした。


※記事は執筆時点の情報です

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