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4年半の会社員生活を捨てた「28歳の賭け」2年後にメジャーデビューした元係長ミュージシャン

  • 2026.8.20
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2008年10月、日本メガネベストドレッサー賞 サングラス部門賞を受賞したスガシカオ(C)SANKEI

同期の中で、最初に係長へ上がった。上司からも将来を期待された。それでも28歳で辞表を出し、貯金の半分を録音機材に使った。

30歳でメジャーデビューしたスガシカオには、4年半の会社員生活がある。仕事ができなかったから辞めたのではない。どんな仕事でも一生懸命になってしまう自分を知り、音楽以外の仕事を切った。その決断は、かなり激しい。

新規事業開発部の「何でも屋」

大学卒業後、スガはイベント制作会社に入った。配属は新規事業開発部。アイドル歌手の付き人をしたかと思えば、長崎の造船所で船に関わる仕事もした。本人が「何でもやる」と振り返る部署だった。

忙しい現場で結果を出し、20代で主任に。同期の中で最初の係長にもなった。音楽活動は年に1回ライブをする程度。会社の仕事が増えるほど、曲を作る時間は後ろへ回った。

スガは会社員に向いていた。だからこそ、会社に残る道は強かった。上司は退職を思いとどまらせようとした。課長への昇進話も出た。それでも、30歳が近づいていた。

28歳、100万円の半分を機材へ

「プロのミュージシャンになる」。オーディションの合格も、事務所への所属もないまま宣言し、4年半勤めた会社を辞めた。

手元の貯金は約100万円。そのうち約50万円で録音機材を買った。両親が持っていた空き家に入り、「なんとしてでも30歳までにデビューする」と曲を作る。給料も役職も消え、期限だけが残った。

生活は苦しくなった。コンビニで買った白いご飯に、救急箱の胃薬をかけたこともあるという。笑い話にしているが、追い込み方は笑えない。

貯金の半分を機材に変えた瞬間、会社員の4年半は、音楽だけで食べるための時間へ切り替わった。

バイトをしない。働きすぎるから

金がないなら働けばいい。だが、スガはアルバイトをしなかった。

理由が独特だ。バイトを始めると一生懸命になり、結果を出す。店長代理になり、給料が増えれば、欲しいギターのためにさらに働く。そうして音楽から離れていく自分が見えていたという。

係長まで上がった会社員時代は、履歴書の飾りではない。仕事を始めればのめり込み、頼まれれば結果を出す。その性質を知っていたから、次は「働かない」ことを仕事にした。

逃げ道をなくし、曲を作る。短い文で書けばそれだけだが、毎月の収入がない生活で続けるには、会社で評価された自分を何度も手放す必要がある。

2年後のデビュー、その翌年の一曲

1997年2月26日、スガはシングル『ヒットチャートをかけぬけろ』でメジャーデビューした。28歳の退社から約2年。決めていた30歳に間に合った。

翌1998年には、作詞を担当したSMAPの『夜空ノムコウ』がミリオンセラーとなる。会社で新しい事業を探していた元係長が、今度は誰も聴いたことのない歌を世に出した。

2007年には「マイナビ転職」のイメージキャラクターに起用された。会社員を経て30歳で音楽業界へ移った経歴そのものが、起用の理由だった。前職は過去の肩書ではなく、新しい仕事を呼ぶ材料になった。

同期最速の係長は、昇進の先ではなく、辞表の先で自分の名前を作った。2026年、デビュー30周年を前にしたライブで、スガは「首の皮一枚でここまで来れた」と笑った。28歳で買った機材から、まだ音が続いている。


※記事は執筆時点の情報です

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