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最長12年!「給料なし」「1日中氷のみ」…長い下積みを耐えたK-POPアイドル10選

  • 2026.7.28
Getty Images

5年などはザラな韓国アイドルの練習期間。練習生時代の苦労エピソードを紹介!

Alberto E. Rodriguez / Getty Images

BIGBANG G-DRAGON:給料なし、先輩をこっそり見て学んだ計11年の下積み

YGエンターテインメント(以下、YG)の発展に大きく寄与したBIGBANGのリーダーであるG-DRAGON。2023年に契約満了となりましたが、その圧倒的な功績から、今も昔もYGを象徴するレジェンド的存在です。

そんな彼ですが、練習生生活は東方神起や少女時代を擁するSMエンターテインメント(以下、SM)からスタート。現在は複数の会社を渡り歩いて経験を積むケースが増えましたが、当時は初めて入った会社からデビューすることが当然だった時代。その中でも“大手”としてライバル関係にあったSMに所属していた経歴に、驚きの声が寄せられました。

子役として早くから芸能活動をしていましたが、SMで5年、のちにYGで6年を過ごし、約11年かけてようやく正式デビュー。当時について「練習生という概念がない時代で、給料もありませんでした。先輩たちの邪魔にならないようにこっそり練習を見て学んでいました」と語っています。食費が1食当り5000ウォン(当時約500円)までだったため肉が食べられず、先輩歌手のライブの打ち上げが肉が食べられるチャンスだったとの告白も。

iMBC / Getty Images

TWICE ジヒョ:撮影数日前に白紙に…「とてもつらかった」10年の下積みを経て

小学生で練習生となり、TWICEメンバーで最長となる10年の練習期間を経てデビュー。現事務所JYPエンターテインメント(以下、JYP)に入社する前、1年間SMにいたことを明かしており、練習生歴はトータルで11年になります。

TWICEはオーディション番組「SIXTEEN」(2015)から誕生しましたが、2007年にJYPからデビューし一世を風靡したWonder Girlsのメンバーのソンミと入社日が同じということからも、ジヒョの下積みの長さがうかがえます。

TWICE結成前、ジヒョには一度デビューのチャンスがありました。メンバーにはナヨンとジョンヨンも含まれ、デビューに向けて本格的な準備が進められていましたが、MV撮影の数日前にすべてが白紙に。ジヒョは「とてもつらかった。この道に進むべきではないのかもしれないとまで考えました」と振り返っています。

練習生生活をとても長くしていたため、家族旅行や修学旅行にも行けず。「学生時代の思い出がないことが一番残念」とTV番組で語っていたことも。

Aflo

Billlie ムン・スア:「一日中氷だけ」過激ダイエットも…現役最長12年の葛藤

YGで約10年、現事務所のMYSTIC STORYで約2年を過ごしたスア。12年という練習生歴は、現役K-POPアイドルの中で最長と言われています。

幼い頃から才能を発揮し、当時10歳だった2010年にGD&TOP「KNOCK OUT」のMVに出演。Mnetの女性ラッパーバトル番組「UNPRETTY RAPSTAR 2」(2015)にも参加し、BLACKPINKのデビュー候補メンバーにも名を連ねるなど、YGの次期スター候補として大きな注目を集めました。

2019年からはMYSTIC STORYで練習を積み、2021年にデビュー。練習生時代は容姿へのプレッシャーがあり、すでに瘦せ型であったにもかかわらず「一日中氷だけを食べていた」と過激なダイエットを行い、身長163cmに対し体重は42kgになり、4日目からは歩く感覚を失ったそう…。スアは“激やせ”が美しいとされる最近の傾向を疑問視し、「誰にも真似してほしくない」と無理な減量に警鐘を鳴らしています。

Aflo

EVERGLOW アシャ:失神や誤解を乗り越えて。9年の下積みを経て掴んだ念願のステージ

2008年、8歳でJYPの公開オーディションに合格。“2.5世代”の人気ガールズグループSISTAR出身のヒョリンと同期で、JYPではデビューが有力視されていたそう。逆算すると下積みは11年になりますが、本人談によると練習生期間は約9年。合格時の年齢が幼かったことから、実際に練習を始めるまでに準備期間があったのではないかと推測されています。

その後JYPを退社し、2019年にYUE HUA(現YH)エンターテインメントからデビューしました。長きにわたる下積みを経て掴んだ、念願のデビュー。しかし、過密スケジュールで体調を崩して失神したことが報じられたり、校内暴力疑惑に巻き込まれたり(のちに暴露者が虚偽の投稿であることを認めてアシャに謝罪)、グループが一時的に事実上の解散状態となったりと、デビュー後も苦難の連続。現在は事務所移籍と共に6人組から4人組に再編成され、グループ活動を続けています。

Han Myung-Gu / Getty Images

NCT 127 ジャニー:「大学に行こうと本気で考えた」同期の活躍に焦った8年の日々

アメリカ・シカゴ出身で、2007年にSMのグローバルオーディションに合格。長期休みなどを利用して韓国とアメリカを行き来しながら練習をしていました。アメリカにいる時は、韓国で練習している仲間たちから自分だけが遅れをとっているようでいつも焦りを抱える日々。逆に、韓国に来て練習している時は、アメリカの友達が学校で普通の青春を楽しんでいるのを見て、自分だけそこに入れない寂しさを感じ、どちらの世界にも100%馴染めていないような中途半端な孤独感がつきまとっていたと言います。12歳から18歳という人生で最も多感な時期にこのような環境に身を置くのは、計り知れない苦労があったはずです。高校卒業後は、韓国に移住して本格的な練習生生活をスタートさせました。

1995年2月生まれの年長メンバーであるジャニー。実は、2012年にデビューしたEXOの候補生のひとりで、年齢の近いEXOのカイ、セフンらと親交が。そのため、NCTが誕生する前から知名度が高く、SMのファンたちは長年ジャニーのデビューを応援してきました。

2017年、22歳の時に2016年デビューのNCT 127に合流する形でデビュー。練習生時代は、同世代の歌手が全盛期を迎える様子を見て「夢を諦めて大学に行こう、と本気で考えたこともあった」とも。不確かな日々の中でも折れずに努力を続けられる“粘り強さ”は、デビュー後の人生にもいい影響をもたらしているはず。

Billboard / Getty Images

Stray Kids バンチャン:「仲間が去り自分一人に…」孤独の闇を耐え抜いた7年の下積み

2010年、故郷オーストラリアで開催されたJYPのグローバルオーディションに合格。翌年、13歳で単身韓国に渡り練習を始めました。

ほかのメンバーが約1年~3年ほどであるのに対し、長い下積みを経験したバンチャン。GOT7、DAY6、TWICEたちのデビューを見届けながら実力を磨いていきました。朝は誰よりも早く練習室に来て、夜は全員が帰ったあとも一人で鍵を閉めて残る生活を何年も継続。あまりにずっと練習室にいるため、JYPの練習室の「主(ぬし)」のようになったそう。
また、オーストラリア育ちで英語が完璧なバンチャンは、事務所に新しく入ってくる外国人練習生たちの面倒を見るお世話係のようになっていました。
その中には、TWICEサナやモモの姿も。サナはのちに「練習生時代、チャニには本当にお世話になったし、すごく助けられた」と語っています。そうして優しく見守っていた後輩たちが自分を追い抜いてデビューしていくのを見送るのはつらかったでしょう。

練習の甲斐もあって、パフォーマンスからプロデュースまでこなすオールラウンダーに成長。その実力はJYP創業者J.Y. Parkからも一目置かれ、Stray Kids誕生のきっかけとなったオーディション番組『Stray Kids』は、“バンチャンがデビューメンバーを選抜する”という超異例の形式で進められました。

練習生について「可能性がないと判断されたら去るしかない。親しかった仲間がたくさんいたけれど、最終的に僕一人になってしまった」と厳しさを語ったバンチャン。その後、今のメンバーと出会い、孤独の闇から救われたと明かしています。

VCG / Getty Images

Red Velvet スルギ:発声障害とスランプを「ダンス」で超越した、練習の虫の7年間

2006年、“最難関”と言われるSMの土曜日公開オーディションに小学6年生で合格。2007年から2014年のデビューまで7年間、練習生として過ごしました。

練習生時代のあだ名は「練習の虫」。しかし、情熱が強すぎるあまり声帯を傷めて発声障害になり、人前で声を出すことすら怖くなってしまうという大きなスランプを経験。

またある時は、仲間が続々と退社し、女性練習生がスルギとメンバーのアイリーン(2009年入社)の2人だけになってしまった時期もありました。「誰かに歌声を聴かれるのが怖かった」と思うほど追い詰められていたスルギでしたが、「ならばダンスを磨こう」とマインドチェンジ。こうして、SMアーティストでトップレベルのダンススキルと称される現在のスルギが誕生しました。

iMBC / Getty Images

i-dle ミヨン:デモテープを手に直談判! 落選から這い上がった5年超の下積み

BLACKPINKの最終デビュー候補生だったミヨン。BIGBANGに憧れてYGのオーディションを受けるも、メール審査で落選してしまいます。

しかし、自身でレコーディングしたデモテープを持ってYGを再訪問し、歴代YGアーティストの生みの親であるヤン・ヒョンソク総括プロデューサーに直談判するという、可憐なビジュアルからは少々意外な方法で練習生に合格。中学1年生の頃から約5年間、YGで練習を積みました。

デビューまであと一歩のところで挫折を経験し、YGを退社。その後はボイストレーニングを続け、20歳で現事務所のCUBEエンターテインメントに入り、21歳でデビューを掴みました。

iMBC / Getty Images

KISS OF LIFE ナッティ:二度のオーディション落選。異国の地で10年耐え抜いた実力派

10歳でSMとJYPに合格。SMの仮練習生として数カ月を過ごしたのち、2013年中頃からJYPの練習生に。2015年、「SIXTEEN」に最年少の13歳で参加。神童レベルの実力と存在感を放ち、ファイナルまで勝ち進みます。

TWICEとしてのデビューはかないませんでしたが、ここまでの練習生生活は順風満帆。知名度もあり、そう遠くない未来にデビューするだろうと誰もが思っていました。

しかし、ここから長い下積み時代が始まります。2017年、JYPを退社。同年、fromis_9を輩出したMnetのオーディション番組「アイドル学校」に参加するも、またもや最終選考で脱落。新しい事務所で練習を続け、2020年にソロデビューしますが結果は鳴かず飛ばす。

2022年に現在の事務所と契約し、再び練習生に。そして、2023年7月にKISS OF LIFEとしてデビュー。タイ出身の彼女ですが、異国の地で10年に及ぶ下積みを耐え抜きました。

MIN KYUNG HUN / Aflo

H1-KEY フィソ:“人生の半分が下積み” 度重なるデビュー白紙をバネにした不屈の精神

H1-KEYのフィソは、YGに合格した経験を持ち、MEOVVやALLDAY PROJECTを擁するTHE BLACK LABEL、LE SSERAFIMを輩出したSOURCE MUSIC、韓国では難しいとされるバンドグループを数多くブレイクさせたFNCエンターテインメントなど、さまざまな事務所で練習生になる“放浪生活”を経験。2022年に19歳でグループに加入した際、“人生の半分が下積み”という驚異的な経歴が話題を呼びました。

ボーカル、ラップ、ダンスすべてで高いスキルを誇るオールラウンダーのフィソ。若くして実力を兼ね備える彼女は何度もデビューの切符を手にしますが、どれも実現には至りませんでした。悔しさをバネに練習を続けて、アイドルになる夢をかなえたフィソ。Mnetのサバイバル番組「QUEENDOM PUZZLE」で最終メンバーに選ばれ、同番組から誕生したEL7Z UPとH1-KEYの活動を兼任するまでに成長しました。

Photo: Getty Images, Aflo
Text: Yuki Todoroki
※この記事は2026年7月28日時点の情報です。

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