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「終わりだな」風吹ジュンが猛バッシングで“引退覚悟”…スタジオで涙を流して救ってくれた【伝説の大女優】とは?

  • 2026.9.30
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2021年撮影:【芸能 『Arc アーク』完成報告会】イベントに登場した風吹ジュン (C)SANKEI

芸能界で長く活躍する人にも、「もう終わりかもしれない」と感じるほど苦しい時期があるものです。風吹ジュンさんはTBS系『人生最高レストラン』で、MCの極楽とんぼ・加藤浩次さんを前に、事務所移籍問題で窮地に立たされた若き日の出来事を告白。久世光彦さん、向田邦子さんが関わる名作ドラマ『寺内貫太郎一家2』出演の裏にあった、胸を打つ恩人の存在とは?クイズ形式でご紹介します!

風吹ジュンさんを窮地で救った大恩人とは?

モデル事務所から芸能活動を始めた風吹ジュンさんは、1974年に『愛がはじまる時』で歌手デビュー。人気を集める一方で、年齢を偽って公表していることや、アイドルという売り出し方に違和感を抱き始めたそうです。その後、「責任取りきれないからやめたい」と事務所を辞めようとして大きな騒動に巻き込まれました。

そんななか、1975年のTBSドラマ『寺内貫太郎一家2』出演へとつながるきっかけを作り、風吹ジュンさんの背中を押した大恩人がいました。一体、風吹ジュンさんが「これで終わり」と思ったときに救ってくれた人物とは誰なのでしょうか?

ヒント…

  1. 東京都出身の個性派女優
  2. 2018年に亡くなった名優

「よく耐えたね」の一言が、女優として生きる支えに

答えは……故・樹木希林さんです!

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2013年撮影:枚方市名誉市民・森繁久彌生誕100年記念事業 記念公演で森繁さんの記憶を語る、樹木希林 (C)SANKEI

2026年9月5日、TBS系『人生最高レストラン』に出演した風吹ジュンさんが明かしたエピソードです。風吹ジュンさんは、当時まだ面識がなかった樹木希林さんについて、「希林さんの“おもしろいよ”っていう一言で、久世(光彦)さんも向田(邦子)さんも“じゃあ”って呼んでいただいて、『寺内貫太郎』に参加したんです」と振り返りました。

しかし出演決定後も、「“私を出すな”っていう人たち」がスタジオに現れたといいます。風吹ジュンさんは反論せず耐えながら、「“これで信用なくなったな”“もうこれで終わりだな”」と思ったそうです。すると樹木希林さんが涙を流し、「“よく耐えたね”って言って」と声をかけてくれたとのこと。その瞬間、風吹ジュンさんは「ここしか生きるところない」と、役者として踏ん張る決意ができたと語っていました。

苦しい時期に差し伸べられたまなざし

風吹ジュンさんにとって樹木希林さんは、ただ仕事のチャンスをくれた先輩ではなく、自分が黙って耐えている姿を見ていてくれた存在だったようです。加藤浩次さんも「この子をこのままつぶしちゃダメだっていう意識もあったと思う」と語り、スタジオには深い感動が広がりました。

のちに風吹ジュンさんは、亡くなる直前の樹木希林さんをなじみのそば店で偶然見かけたものの、声をかけられず会釈だけで終わったとも告白。直接伝えきれなかった感謝は、今も胸のなかに残り続けているのかもしれません。

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