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手は口ほどに#20:旧車の走りに関係なくとも、すべて動くようにするのが流儀

  • 2026.7.27

働く手は、その人の仕事ぶりと生きてきた人生を、雄弁に物語る。達人、途上にある人、歩み始めた若者。いろいろな道を行く人たちの声にゆっくりと耳を傾けるポートレート&インタビュー連載。

photo: Masanori Akao / text & edit: Teruhiro Yamamoto

旧車ディーラー 整備士・佐々木徳明さんの手元
anan

ガレージの奥で、一人の整備士がダッシュボードの下に身を潜らせていた。

古びたパーツにテスターを当て、慎重に電気の流れを確かめる。調べているのはスピードメーターでもタコメーターでもない。長いあいだ止まったままだった、メーターパネルについている時計。「電気は来ていますね」。静かにつぶやくと、配線を一本ずつ追い始める。

旧車のオーナーも整備士も、走りに関係ない時計までは手をかけない人も少なくない。エンジンがかかり、ブレーキが利き、安心して走れれば十分という考え方もある。それでも、佐々木さんは言う。「動くところは、全部動かしたい」。その一言に、仕事に向かう姿勢がにじむ。

作業していたのはいすゞ・ベレット、日本のモータースポーツ黎明期を支えた名車だ。「このクルマを預かって、もう1年半。それでも、まだ作業は終わっていない。「GTRだから、ここまでやるんだけどね」。ベレットのなかでもこの最上級グレードは生産台数が少なく、旧車ファンが憧れる希少な一台だ。

「GTRだから」と聞いて、一瞬、名車だから特別に手をかけるという意味かと思った。しかし、その後に続いた言葉は違っていた。「希少車だから、部品も圧倒的に少ない。壊れたブレーキマスターシリンダーは、タンクが本体から独立した特殊な構造で、部品はとうに廃番。オークションサイトを毎日チェックして探しても、手に入らないパーツもある」

仮にパーツが見つかっても、交換して修理完了とは限らない。旧車は一台ごとに違う症状を抱えていて、長い年月のあいだに誰かが手を加え、配線や部品が変わっていることもあるからだ。「思い込みは禁物です」。症状だけを追いかけても、本当の原因にたどり着けない。テスターを当て、配線を追い、一つずつ可能性を消していく。遠回りに見えても、その積み重ねが確かな方法になる。

佐々木さんが作業する姿は、整備しているというより、動かない原因を探しているように見える。

ベレットGTRのロゴ
ベレットGTRは、いすゞ自動車が1969年に発売したツインカムエンジンを積んだスポーツカー。いま仕上げているのは1972年式のモデル。
整備中の佐々木さん
エアクリーナーをいすゞ純正パーツで交換して、ソレックスキャブレーターを調整中。オークションサイトでもパーツが見つからないこともある。
佐々木さんの作業場
「見たことも聞いたことのないクルマでも、基本のシステムは一緒だからなんとかなる」。佐々木さんのガレージには、経験と知識が詰まっている。
整備中の佐々木さん
止まってしまっているメーターの時計を引っ張り出して、テスターの先端を当てて電気が来ているかどうかをチェック。「動くものは全部動かす」
整備中の佐々木さん
古いパーツを分解していくと、動かない理由がわかることもある。「それぞれに違うから、面白いといえば面白いし、難しいといえば難しい」
整備中の佐々木さん
ツーポストリフトでクルマを持ち上げる。「別の場所の工場で下回りは修理を済ませていますが、もちろん、自分の目で確認しています」
休憩中の佐々木さん
作業の合間にひと息ついているようにも、故障の本当の理由を熟考しているようにも見える。左手には、お守りのように身に着けられた腕時計。

神奈川県横浜市都筑区の「CLASICA」には、完成を待つ旧車が何台も並ぶ。どのクルマも、故障箇所を直せば終わりではない。ひとつ直れば、今度は別の不具合が見つかる。長い眠りから目覚めたクルマは、新たな課題を静かに教えてくれる。目の前の一台と向き合いながら、少しずつ、本来あるべき姿へ近づけていく。その時間こそが、旧車を扱う仕事なのだ。

佐々木さんの左手首に目をやると、一本の腕時計があった。整備士は、車体を傷つけないように腕時計を外して作業する人が多い。「30年間、ヤナセで仕事をしていました。整備士として一人前になれたと思ったときに、自分へのご褒美として買った腕時計なんです」

若い頃、先輩たちから教わったのは、故障を直して終わりではないということだった。修理を終えたあと、洗車をして、気持ちよく乗って帰ってもらう。最後まで責任を持つ。その姿勢が、整備士としての仕事なのだと学んだ。

その頃の気持ちを忘れたくない。だから佐々木さんは、いまも腕時計を身に着けて作業を続けている。年月を重ねても、初心は手首にある。

クラシカの外観
横浜のディーラー「CLASICA」は、日本車、輸入車を問わず旧車を取り扱う。「現代のクルマにはない魅力を感じるお客様が多い」
ベレットGTRの背面
ベレットGTRは、当時の欧州車を思わせる流麗なエクステリアも特徴のひとつ。後ろから見ても、美しい丸みを感じさせる。
整備中の佐々木さん
「パーツを交換して終わり、ではない」。取り付けの角度、ネジの締め方、他パーツとの緩衝などなど、すべてチェックしていく。
水冷直列4気筒DOHCのエンジン
水冷直列4気筒DOHCのエンジンは1960年代末の国産車としては先進的な設計だ。ISUZUの文字が誇らしそうに見える。
GTRのロゴ
最上級バージョンのGTRは、ベレット全体の1%にも満たない生産台数の希少車だ。それだけに、パーツの入手も難しい。
整備中の佐々木さん
レストアに使うパーツは「なるべくオリジナルを活かしたい。どうしてもないものはワンオフで製作しますが、それは最後の手段」。
佐々木さんの工具
整備に使う工具、そのひとつひとつが欠かせないものばかり。「同じインチでも、アメ車と英国車ではサイズが違っていますからね」

旧車を直す仕事は、効率だけでは測れない。部品を探し、じっくりと考える。工具を動かしている時間より、原因を探している時間のほうが長い日もある。それでも、一台のクルマが再び走り出す瞬間のためなら、その時間は惜しくない。

「いちばん嬉しいのは、クルマが車検を通って、お客さんが乗って帰るときですね」。長い時間をかけて向き合った一台がガレージを離れ、また誰かの日常へ戻っていく。その姿を見送りながら、この仕事を続けてきてよかったと思う。

「もう60歳を過ぎたし、いつまでやっているかわからないけど」と笑いながら言う。

ガレージには、1年半をかけて向き合うベレット。止まった時計に電気が来ていることを確かめ、動くべきものは、すべて動かそうとする。そんな仕事が、今日も静かに続いている。

佐々木さんの時間も、まだその途中にある。

profile

佐々木さんのポートレート
anan

佐々木徳明(旧車ディーラー、整備士)

ささき・のりあき/1960年生まれ、66歳。工業高校を卒業後に輸入車ディーラーのヤナセに就職。「子供の頃に雑誌で見て目を奪われたマスタング・マッハ1がずっと頭に残っていて、せっかくなら輸入車を扱いたいと思った」のが理由だという。それから30年にわたって、キャデラック、シボレー、メルセデス・ベンツなどの整備を手掛ける。その後、旧車を整備する仕事に進んだのは「狙って選んだわけではなく、縁」。電子制御パーツの不具合をコンピュータで判断する時代に、「クルマをいじる仕事は性分に合った」という。「CLASICA」は国産、輸入車を問わず、1980~90年代の旧車を数多く取り扱っている。その9割が旧車オーナーから直接買い取ったものだという。「見たことも聞いたことのないクルマでも、基本のシステムは一緒だからなんとかなる」。一方で、一台として同じ修理はない。「マニュアル通りにパーツを交換して終わり、ではない。いつも違っているから、面白いといえば面白いし、難しいといえば、難しい」。

CLASICA(クラシカ)
住所:神奈川県横浜市都筑区仲町台4-19-18 コンドレア横浜Ⅱ 1F
TEL:0120-77-2067
営:10時~19時
休:日曜・祝日
HP:https://clasica.yokohama/

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