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手は口ほどに #19:中村香里さん(傘づくり職人見習い)

  • 2026.5.21

指先で糸をほどき、骨が折れていれば交換し、縫い目が緩んでいれば縫い直す。中村香里さんが東京洋傘ブランド〈Ramuda〉で働き始めたのは、つい一年ほど前のことだ。それでも、傘に向かうときの手の動きは、驚くほど迷いがない。

いまの主な仕事は、傘の修理。お客さまが使い続けた40年前の傘が届けられることもある。“直す”作業をしていると、先輩職人の縫い方のクセがわかり、布の伸び方から生地の機嫌がわかってくるのだという。「ここは無理して縫ったのかなと感じることがあります。まるで、先輩の手と会話しているみたいな時間」

以前は、横浜の青果市場で働いていた。30歳が近づいて、このままでいいのかなと、ふと不安になった。「転職サイトを見ても、やってみたい仕事が見つからなくて……」。営業事務で延々と数字を打ち込み続ける毎日を送りながら、幼いころから手芸が好きだったことを思い出した。「縫い物をしたり、ビーズアクセサリーを作ったり。私、手で何かを作るのが好きだったなって」。転機は、母から言われた一言。「伝統工芸とか、やってみたら?」。その言葉が、まったく違う世界に進む背中を押した。

父が見つけてきた“ニッポン手仕事図鑑”を参考にして、伝統工芸の求人に応募することから始めた。「ただ、なにも経験がないので、書類を出しても面接までたどり着くのも難しくて」。それでも諦めずに若手職人展に足を運び、洋傘職人養成講座から傘職人を目指す元看護師の女性に出会った。「未経験でも挑戦できる現場があるんだ」。そんな矢先、洋傘ブランド〈Ramuda〉を製造する株式会社「市原」が東京都インターシッププロジェクトで「ニッポン手仕事図鑑」を通して職人を募集していたのだ。

手を伸ばす先に、偶然が少しずつ繋がっていった。

傘を修理すると、「職人の縫い方のクセやお客さまの長年の使い方がわかる」。
手仕事を支える大切な道具たち。「昔から裁縫や手芸が好きだったんです」。
伝統工芸士の林 康明さんの手元をのぞき込み、技を吸い取るように学ぶ。
傘の顔になる生地を切り出すための木型。すべて、林さんの手作りである。
傘の生地を切る林さん。「切れ味が落ちたら、カッターの刃も自分で研ぎます」
傘の膨らみも計算に入れて裁断しているから、ストライプ柄もピタリと合う。
中村さんが働く株式会社「市原」は、洋傘づくりを伝統工芸に昇華した立役者。
修理の合間にネット販売の出荷作業も。「どんな傘が人気か分かってきます」

洋傘づくりの現場は分業が進み、生地の裁断だけ、持ち手だけ、といった職人もいるという。しかし、「市原」の工房では、傘づくりの工程を一貫して行う。分業を“見て覚える”だけでは、技術の継承が難しいと考えたからだ。東京には、すべての工程を一人でできる傘づくりの伝統工芸士が7名いるが、そのうちの一人が会長である市原正子さん、そしてもう一人が中村さんの師匠である林 康明さんだ。

黙々と傘づくりを続ける師匠の林さんは、大切なのは集中力と継続だという。「技術は教えられるが、単純に見える作業を延々と続けられる気質は教えられない」と、中村さんを見守る。そして、傘づくりの機械化について問うと、「部分的にできたとしても、品質や美しさと両立できるかは、また別問題」。糸や縫い目の伸びを使って“傘の出(ふくらみ)”をつくるなど、「勘どころは依然として手仕事に限る」と断言する。

中村さんが前職の青果市場で培った根気は、傘の修理にも活きる。「数字を入力するか、傘を縫うか、の違いですね。集中して続けるという意味では、同じだと思います」。ネクタイやベルトといったファッション小物も作っている〈Ramuda〉では、大柄のストライプなどクセの強い傘生地を使う。生地の滑り方、伸び方、張ったときの表情。毎回違う“生地の気分”に合わせて、縫っていく必要があるのだ。

「生地が変われば、作業も全部変わる。作る人、使う人が変わると、やっぱり傘も違う。修理して、調整して、最後に綺麗に仕上がったとき。あれは、本当にうれしい」

中村さんは、街を歩いていて、人が使っている傘が気になるようになったという。「つい手元を見ちゃうんです。木の節、曲がり方、木目。あ、これは〈Ramuda〉の傘だ、とか」

いまでは、雨の日の通勤が、小さな宝探しのようになった。

修理は最良の教科書。「先輩職人の技、傘生地の機嫌、すべてが学びです」
〈Ramuda〉の傘の美しさは、百貨店やセレクトショップでも定評がある。
「目と勘が頼りだった傘づくりの技術を、次世代に伝える責任があります」
「手をクロスさせて切るところが難しいだろ」。一ミリのズレも許されない。
いまの目標を問うと、「自分の木型で傘を作れるようになりたいです」。
会長の市原正子さんと師匠の林 康明さんは、東京都認定の伝統工芸士。
伝統工芸士と未来の職人。日々の手仕事が、技術の伝承となる。

この日、中村さんは師匠の林さんに手ほどきを受けて、傘生地を裁断する工程に初めて挑んだ。三角定規のように見える木型は、すべて林さん自身が手作りしたものだ。長年にわたって積み上げてきた“勘と目”で起こした木型が、傘が出来上がったときの精度と美しさを左右する。

木型を押さえる中村さんの手に力が入る。「いつかは、自分の木型を起こして傘を作るようになりたい。次の世代に技術を繋ぐ側になれたら」。入社してからまだ一年と少しだが、中村さんには、確かな職人の気配がある。ミシンの音が工房に響く。音に合わせて、彼女の指が静かに動き続ける。

「自分の手で整えたものが、美しく形になっていくのがうれしい」。目指す職人への道は、ずっと先まで続く。それでも彼女は、「続けていける気がする」とつぶやいた。

profile

中村香里(傘づくり職人見習い)

なかむら・かおり/1995年生まれ。31歳。前職は、横浜の青果市場での営業事務。30歳を目前にして、手仕事をしたくなって、「インターンシップでミニ傘の製作を体験しました」。最初は生地によって滑りやテンションが違うことに緊張感を覚えたが、未経験からでも挑戦できると知り、美しい傘で知られる〈Ramuda〉を製造する株式会社「市原」に就職。現在はもっぱら、傘の修理を担当しているが、すべての工程を学んで、「いつかは自分の傘を作ってみたい」と話す。

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