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服飾史家 中野香織さんが解き明かす“ロイヤルの肖像”【メアリー王妃(デンマーク)】

  • 2026.7.17

南半球の記憶を抱いて北欧の王冠を頂き、生きる

フレデリクスボー城で2025年4月に開催された、女性解放の先駆者・ダナー伯爵夫人をたたえる特別展にて。 Martin Sylvest Andersen / Getty Images

人口わずか600万ほどの北欧の福祉国家、デンマーク。幸福度ランキングで世界トップクラスを維持し続けるこの国に、南半球から来た王妃がいます。メアリー王妃です。

2024年1月、マルグレーテ2世の退位と夫であるフレデリック10世の即位に伴い、王妃となりました。世界初のオーストラリア生まれの王妃です。広告の世界で培った知性、北欧の福祉思想、そしてサステナブル・ファッション。王妃にはいくつもの顔があります。

1972年、タスマニア島ホバート生まれ。スコットランドから移住した両親のもとで育ち、父は応用数学の教授でした。タスマニア大学で商学と法学を修め、メルボルン、シドニー、エディンバラで広告・販売の世界でキャリアを重ねた都市型の女性でした。

2024年1月、フレデリック10世の即位宣言の日。デンマークのデザイナー、ソレン・ル・シュミットによる白いドレスが新時代の美しさを印象付けるよう。 Patrick van Katwijk / Getty Images

その人生がデンマーク王室へと続く扉を開いたのは、2000年シドニー五輪のさなか、友人に誘われて出かけたパブでした。出会った相手がデンマークの王太子だとは知らず、肩書のない会話から始まった縁は、遠距離恋愛を経て、2004年5月14日、コペンハーゲン大聖堂での結婚へと結実します。

よいものを長く着る。お下がりも肯定

メアリー王妃は、サステナブル・ファッションの世界的な推進者としても知られます。2009年に創設された「コペンハーゲン・ファッション・サミット」の母体「グローバル・ファッション・アジェンダ」のパトロンを15年以上にわたり務め、国際議論をけん引してきました。即位後の2024年5月には、改めて王妃として公式にパトロンを引き受けています。

ロイヤル・オペラ・ハウスで開催されたグローバル・ファッション・サミットへ。 Joern Pollex / Getty Images

その思想は、装いにもはっきりと表れています。10年以上前のドレスを、小物やレイヤリングを替えて着こなす「アウトフィット・リピート」は王妃のトレードマーク。2022年のサミットでは「娘のイサベラとヨセフィーネは、恐ろしいことにもはや私の服を、靴まで着られるようになりました」とユーモアを交えて語り、「お下がり」の文化をさらりと肯定してみせました。

御用達の北欧のデザイナー、イェスパー・ホヴリングやマーク・ケンリー・ドミノ・タンのドレスや、王室伝来の歴史的ティアラなど、よいものを長く、自分らしくまとう姿勢は一貫しています。

「見えない人たち」に目を向け、誰も孤立させない

王妃の活動の核にあるのは、「誰も孤立させない」という明確な問題意識です。2007年に設立した「メアリー財団」は、いじめ、家庭内暴力、孤独という、見えにくく声を上げにくい3つのテーマに長期的に取り組んできました。活動は国内に留まりません。国連人口基金のパトロンとして、アフリカやアジアの現場を自ら訪れ、女性の健康やジェンダー平等について国連総会の壇上でも発言を重ねています。

2025年4月の「メアリー財団カンファレンス」。孤独・いじめ・家庭内暴力といった「見えにくい痛み」に光を当て続けています。 Martin Sylvest Andersen / Getty Images

華やかな場に立ちながら、いつも「見えない人たち」に向いているあたたかいまなざしこそ、メアリー王妃を現代的な王妃たらしめているものでしょう。

2024年3月、メアリー王妃は国王夫妻として即位後初のオーストラリア公式訪問に臨みました。ウルルの大地を先住民アナングの人々と歩き、かつて暮らしたメルボルンを再訪し、故郷ホバートで父ジョン・ドナルドソン教授と静かな時を過ごしました。しかし同年4月11日、父が92歳で逝去。「私の心は重く、思いは灰色です」とつづられた王妃の追悼の言葉は、公と私を隔てることなく生きるひとりの女性の姿を浮かび上がらせました。

フレデリック10世、56歳の誕生日。アマリエンボー宮殿のバルコニーに集った王室一家。即位から4カ月、3世代の姿がデンマーク王室の新たな船出を告げました。 Martin Sylvest Andersen / Getty Images

キャリアも家庭も社会的使命も手放さず、自分らしく生きたい。そう願う現代の女性たちが自らを重ねずにはいられない存在。それが、今、北欧の王冠を頂くメアリー王妃。

南半球の記憶と北欧の王冠を、ひとりの人生のなかで両方大切に抱きしめる。その背中を、次の時代を担う4人の子どもたちが見ています。

【Hot Topic】次代を担う王太子、軍務の道を歩む

Martin Sylvest Andersen / Getty Images

2023年、18歳の誕生日に北欧諸国、オランダ、ベルギーの未来の女王たちと肩を並べる姿が注目を集めたクリスチャン王太子。'24年、父フレデリック10世の即位とともに王位継承第1位に。高校卒業後にはギャップイヤーを取得し、東アフリカで農業やボランティアを経験。'25年2月から近衛軽騎兵連隊で兵役に就き、5月に修了。同年8月から陸軍士官学校で訓練を重ねています。'26年1月には両親の外遊中に摂政として国家元首代行を務めました。

服飾史家 中野香織さん
PROFILE ラグジュアリー領域を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを歴任。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。最新刊は、エレガンスを「思想と力」として多面的に読み解く『エレガンス入門』(ちくまプリマー新書)。YouTubeも好評。


Text : KAORI NAKANO
25ans(ヴァンサンカン)7月号掲載(2026年5月28日発売)

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