1. トップ
  2. 芸術家や文豪が愛した、レトロ建築宿のインテリアを解剖

芸術家や文豪が愛した、レトロ建築宿のインテリアを解剖

  • 2026.6.12
Hearst Owned

周囲の風景と調和する建築、静謐をもたらすやわらかな照明、職人技が光る内装、それから時を重ねた調度品も。歴史に名を残す文人や芸術家たちは、クラシックなホテルや歴史を受け継ぐ旅館に滞在し、英気を養い、ときに新たな着想を得た。本記事では、明治から昭和にかけて活躍した文人、俳優、芸術家といった文化人たちに愛された宿を厳選。何が彼らの創作意欲を掻き立てたのか。創造力を刺激した空間の秘密に迫る。


Hearst Owned

山の上ホテル/東京

「山の上ホテル」の歴史は、1937年に遡る。「佐藤新興生活館」として計画された建物の設計を担当したのは、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。施設は第二次世界大戦中の大日本帝国海軍による徴用、GHQ接収を経て1954年にホテルとして開業した。

神田駿河台の高台。坂を登りきったところに佇む「山の上ホテル」は、“文人の宿”として知られ、多くの作家が滞在し、執筆のために利用した。川端康成に三島由紀夫、山口瞳、檀一雄、池波正太郎と、枚挙にいとまがない。

<写真>ホテルは現在改装中。「山の上ホテル 東京」として新たに開館するホテルの外観スケッチ。

Hearst Owned

こぢんまりとした「山の上ホテル」には心地よい静けさが漂い、アールデコの意匠が館内に心地よい華やかさを与えていた。文人たちは、その落ち着きや清楚な雰囲気を好んだ。

ホテルの本館には和室がいくつかあり、座卓のほか、ライティングデスクと椅子も用意されていて、思い思いの姿勢で執筆に向かうことができた。和洋問わず、すべての客室のデスクの上には一輪のバラが生けられ、桜の木肌を生かした家具や真っ白なシーツが宿泊客に安らぎを与えた。

Hearst Owned

旧山の上ホテルの建物は「山の上ホテル 東京」として、2027年夏に開業予定だ。やはり文人たちに愛された「てんぷら山の上 本店」も再オープンを予定している。

山の上ホテル
住所/東京都千代田区神田駿河台1-1

shinjiro yamada

富士屋ホテル/神奈川

「富士屋ホテル」は1878年、箱根宮ノ下に創業。今も現役の本館が竣工したのは、1891年だ。唐破風の玄関が宿泊客を出迎える。関東大震災の際もガラス戸1枚割れずに残った建物の1階にフロントとロビー、2階には客室が入る。

Hearst Owned

映画俳優で喜劇王として知られるチャーリー・チャップリンことチャールズ・スペンサー・チャップリンが宿泊したのも、この本館。2026年4月には、当時の雰囲気が感じられる特別な客室「チャップリンズルーム」が誕生した。

<写真>白を基調とした空間に、ヨーロピアン調の家具やインテリアが調和する「チャップリンズルーム」。

Hearst Owned

その後来館した福祉活動家で作家としても活躍したヘレン・ケラーは、花御殿「ヘリテージルーム桜」に滞在。近隣施設で飼育されていた尾長鶏を、ヘレン・ケラーが抱いた写真も残っている。

同じ花御殿の「ヘリテージルーム菊」には、三島由紀夫も新婚旅行で宿泊。ジョン・レノン一家もこの部屋を選んだ。竣工した1936年の状態を再現した格式の高い格天井、彫刻の数々、木張りの床など、和の意匠を随所にちりばめられたシンボリックな客室だ。

「富士屋ホテル」には、夏目漱石が宿泊した記録も残されている。

<写真>食堂棟、本館、西洋館を見下ろす角部屋の「ヘリテージルーム菊」。

Hearst Owned

歴史の重みを感じさせる和洋折衷の建築そのものの美しさに加え、館内の随所にほどこされた木彫刻や、竣工時からのこるタイル、鮮やかなステンドグラスが、レトロな非日常空間をつくり上げる。

<写真>本館のロビー。

Hearst Owned

<写真>1906年に竣工した西洋館。

富士屋ホテル
住所/神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359

Hearst Owned

積善館/群馬

1694年に旅籠(はたご:主に江戸時代の呼称で、旅人を宿泊させ、食事を提供した宿)として開業した「積善館」は、四万川に沿った温泉街にかかる赤い橋の向こうに、その姿を現す。映画『千と千尋の神隠し』(2001年)に登場する「油屋」のイメージモデルのひとつともいわれる、日本最古の現存する木造湯宿建築だ。

<写真>象徴的な赤い橋を渡ると、元禄の時代へタイムスリップしたような気分に。

Hearst Owned

2階建ての典型的な湯治宿としての面影は、本館玄関のどっしりとした太い梁や柱から感じられる。明治時代には、書院風の座敷をもつ3階が増築された。多くの文化人たちをもてなしてきたが、その一例として、歌舞伎役者の九代目市川團十郎が、落語家の三遊亭圓朝とともに来館した記録が残る。

<写真>本館の玄関。

Hearst Owned

昭和に入ると、歌舞伎役者の七代目松本幸四郎や喜劇俳優、榎本健一なども宿泊。1936年に当時の建築の粋を集めて建てられた山荘は、国の登録有形文化財にも指定されている。豪華絢爛な桃山様式を採用した館内の各客室には、部屋ごとに異なる美しい組子障子が設置されるなど、昭和の名工の技を楽しむことができる。

<写真>山荘の「角部屋 和洋特別室」。

Hearst Owned

格天井は竣工当時のまま、「積善館」や四万をうたった詩の情景をデザインモチーフに新たにオープンしたラウンジ「井筒」も必見だ。

1986年には山荘の奥、老松や竹林に囲まれた絶景の地に、純和風の「佳松亭」が誕生。300年以上の歴史を感じつつ、快適に過ごせる新たな宿泊空間が加わった。

<写真>山荘のラウンジ「井筒」。

Hearst Owned

<写真>1930年に完成した、本館の「元禄の湯」。

積善館
住所/群馬県吾妻郡中之条町四万温泉

Hearst Owned

万平ホテル/長野

江戸時代に創業した旅籠「亀屋」が「亀屋ホテル」と改称し、欧米風のホテルとして生まれ変わったのは1894年のこと。その後、「萬平ホテル」と改称、現在の所在地である桜の沢に移転、1936年には建築家、久米権九郎による設計のもと、今もその姿を止める「アルプス館」が完成。ホテル名を「万平ホテル」と改めた。

Hearst Owned

国の登録有形文化財にも指定されている「アルプス館」には、ジョン・レノンが家族を伴い、1977年から1979年まで毎夏訪れた。

<写真>内部に入ると、温かみのある木や照明によるクラシカルなロビー空間が広がる。

Hearst Owned

客室では、丸く温かみのあるペンダント照明をはじめ、ガラス障子や猫足のバスタブ、伝統工芸品の軽井沢彫家具など、「万平ホテル」らしい和洋折衷の設えを満喫できる。

「万平ホテル」を訪れたら、館内1階のギャラリーもお見逃しなく。ジョン・レノンが好んで弾いたピアノ、三島由紀夫の直筆宿帳、田中角栄とキッシンジャーが会談に臨んだ椅子など、ホテルの歴史を物語る調度品が展示されている。

<写真>「アルプス館」の客室「クラシックプレミア」。

Hearst Owned

「アルプス館」には、軽井沢を愛した作家、堀辰雄も滞在。ここは映画『風立ちぬ』(2013年)で描かれたホテルシーンのモデルのひとつとも言われている。とくにレトロモダンなメインダイニングルームでは、映画の情景が目の前に広がるような感覚を覚える。

2001 年に「碓水館」が新築され、2024年には創業130周年記念事業として「愛宕館」新築、「アルプス館」の大改修が行われた。

<写真>折上げ格天井とステンドグラスが重厚感をかもし出すメインダイニングルーム。

Hearst Owned

<写真>「愛宕館」の「万平スイート」。

万平ホテル
住所/長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925

Hearst Owned

蒲郡クラシックホテル/愛知

「蒲郡クラシックホテル」の前身は、1912年に創業した「料理旅館 常磐館」。創業者で実業家として名を馳せた滝信四郎は、川端康成、菊池寛、谷崎潤一郎、志賀直哉らをここに招き、蒲郡にまつわる作品の執筆を依頼した。蒲郡や、三河湾に浮かぶ竹島の景色は文人たちを魅了し、彼らの作品を通してこの地は広く知れ渡るようになった。

Hearst Owned

現在、「常磐館」はその姿をのこしていないが、同じ時期に離れとして建てられ、国の登録有形文化財に指定された近代和風建築「THE COVE」と茶寮「鶯宿亭」では、往年の雰囲気を感じることができる。

<写真>竹島の絶景が一望できるラウンジ「アゼリア」。釘を使わずに組み上げられた宮大工の手すりは三代にわたり受け継がれてきた。

Hearst Owned

1934年には元鉄道省の建築家、久野節と村瀬国之助技師が設計した「蒲郡ホテル」が完成。同じ年、日米野球のため来日していたベーブ・ルースを含むアメリカ代表野球選手が宿泊した。

<写真>本館のロビー。照明や柱、暖炉にアールデコ調のデザインが認められる。

Hearst Owned

2012年、「蒲郡クラシックホテル」と名称を改めたホテルは、2026年にリニューアル。城郭風の格調高い外観をまとうホテルの内部には、アールデコの空間が広がる。ロビーをはじめとする共有スペースでは、柱や照明の意匠に昭和初期の面影を感じさせつつ、絨毯などは張り替え、客室も現代に求められる快適性を取り入れて刷新した。

<写真>ロビー近く、吹き抜けに吊るされたシャンデリアがレトロな雰囲気を際立たせる。

蒲郡クラシックホテル
住所/愛知県蒲郡市竹島町15-1

参考文献:
常盤 新平『山の上ホテル物語』(白水社)2007年
山口由美『箱根富士屋ホテル物語 増補版』(千早書房)2007年

元記事で読む
の記事をもっとみる