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『地獄に堕ちるわよ』細木数子が示す、“怪物”になるか慎ましく生きるかのこの世界

  • 2026.5.29
Netflix

突出して秀でていた、細木数子の人心掌握術

Netflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』が、戸田恵梨香の怪演を含めて話題を呼び、長らく今日のシリーズTOP1となっている。物語は細木数子の小説を書こうとする作家の視点で紡がれる。そのことによって細木の生涯は、途中までは戸田恵梨香演じる細木自身の語りによって貧しい生い立ちから騙し騙されながらも逞しく成りあがっていく女性として、終盤ではそれを裏返す周辺人物の証言によって計算高く人を搾取し、カネと権力を貪る悪女として、二重構造で描かれる。

テレビタレントとして差し支えない表のプロフィールと、タレントとして活動していた時から噂された裏の顔は、そもそも彼女のイメージを支える二つの柱だ。その上でこのドラマの面白いのは、まず視聴者に主人公である細木の魅力を植え付け、その後に彼女の嘘をミステリとして暴いていくだけに留まらず、当初に植え付けられた細木の魅力と、スキャンダルをぶつけられてなお自分の信念を激しく燃やす彼女の強烈さによって、すべてを覆らすことなく、二面性がいいバランスで、どちらもある種の真実として並べられるところだ。彼女に対する善悪の判断をちらつかせながらも、善を凌駕する悪というものの可能性を想起させるところが、何を見て何を読むかによって見える世界があまりに違うということに気づいたSNS時代の私たちに刺さる構造なのかもしれない。

細木は島倉千代子(三浦透子)が抱えた多額の借金問題を整理しマネージャーを務めるも、ギャラの搾取をめぐり確執が生まれる。 Netflix

細木数子については五年前の訃報の際に久しぶりにその存在を思い出したという人も多いと思うが、思い出してみれば私が大学生だった2000年代、確かに彼女はタレントとして多くのテレビ番組に出演し、誰もが名前を聞けば顔が浮かぶレベルの有名人だった。占い師という一般的な感覚では何か特殊能力を持っていそうな肩書を盾に、上から目線かつ差別的視点でものを言うが、時折共演者の芸人にいじられて怒ったり、イケメンアイドルに近づこうとしたりする「意外と愛嬌のある一面」によってなんとなく視聴者に受け入れられていた。その愛嬌に見えたものこそが彼女が突出して秀でていた人心掌握術なのだと振り返るくらいには、ドラマで描かれる彼女の経歴や裏の顔には説得力があった。

実際私も、何を成し遂げたのかよく知らないが高名な占い師だという彼女が偉そうにテレビで幅をきかせるのを、それほど疑問に思わずに見すごしていたし、たまたまつけていたチャンネルで、彼女がちょっとかわいい替え歌を歌っていたのを覚えていて、怖そうで苦手だがちょっと面白いおばちゃんとしての一面もあるんだろう、と勝手に思い込んでいた。私はそもそもがチョロい女ではあるものの、そうやって人の心に隙を作り、好きとは言わないまでも彼女に小さな好感を抱かせるということに関しては天賦の才があったのだろう。水商売で頭角を現した人というのはえてしてそういうところがある。

窮地に立たされた細木を救い出し、彼女が“生涯で唯一愛した男”として描かれる江戸川一家総長・堀田雅也(生田斗真)。 Netflix

今なぜ細木数子なのか――人が女帝の人生を求める理由

とはいえ今、彼女の番組を再放送したとしたら、若い人はおろか当時の彼女を知っている私のような層であっても、かっこいいとか説得力があるとは思わないだろうし、ちょっとした愛嬌が覆い隠せない胡散臭さと前時代的価値観にうんざりする可能性の方が高い。そもそも彼女にはたとえばマツコ・デラックスにあるようなウィットにとんだ面白さも、美輪明宏にあるようなカリスマ性もなく、高齢女性を中心とした熱心な視聴者を除くと、知名度はあっても好かれていた様子はなかった。多くの若者は占いや毒舌が好きな高齢女性に人気の怖いおばさんとして流し見していただろうし、絶対に未来に伝えたい魅力的な人物だと思い続けている人は極めて少数だろう。

今となっては完全に過去の遺物と言って良い気がするのに、なぜ今、彼女を題材にしたエンタメ作品が広くウケているのか。彼女の主たる支持層だった彼女と同年代の女性たちはすでに九十前後で、ネトフリ一位を支える主な要因ではおそらくない。彼女を遠巻きに見ていた人たちも今更彼女の裏の真実の暴露というだけではそうそう飛びつくものではないだろう。

思えば彼女がテレビから姿を消した後、日本では表立った場所で今までいなかった女帝たちが誕生した。彼女がテレビでズバリ言っていたたかだか二十年前には想像し難いことだが、このドラマが配信開始した時点で、日本の首相も東京都知事も女性である。思想や政策には大いに疑問があれ、少なくともゼロ年代には水商売からの占い師やタレントという正当ではない方法でしか誕生し得なかった女の大権力者というものが、表舞台で誕生する時代となった。

そして彼女たちもまた、表のプロフィールと過去の疑惑を含めた「裏の素顔」の落差を指摘され、暴露や追跡をされる対象となった。東京都初の女性知事の学歴詐称疑惑や父親の経歴などに迫ったノンフィクション本が大きな話題を呼んだのは記憶に新しい。その際もやや行き過ぎたドラマチックな展開や外見的な特徴を過剰に強調する筆致に疑問の声があがったが、女性である彼女がいかにして政治家として上り詰めたか、その生い立ちや薄情な人間性などから描き出そうとする態度は此度の細木ドラマと少し似ている。

そして昨年誕生した初の女性首相についても、現在進行形であらゆる疑惑が日々週刊誌やニュースサイト、SNSを埋め尽くしている。彼女の政策や選挙における疑惑、失言や外交姿勢などを報道・批判するのは民主主義をうたう国のメディアとしてまっとうな姿勢ではある。しかし彼女をめぐるSNSを含めた批判内容の特徴は、経歴詐称疑惑に加えて若い頃のメディアでの男女をめぐる発言などが目立って散見されることで、中には政治信条とはなんら関係のない過去への中傷に辟易とすることすらある。そしてそれは男性政治家や権力者に比べて女性でありながら権力の座についたものが宿命的に引き受けてきた視点でもある。現首相と思想的に立場が近くやはり保守層を中心に支持率の高かった男性首相に、政治家としての正当な疑惑が向けられることは多々あったが、ファッションや仕草含めてその人の人生を消費しつくそうというような動きは今ほど目立っていたと思えない。

パイロットや民主活動家リーダーなど、相対的に女性が少ない場所にいる物珍しい者に世間的な興味が集まり、それが下世話な話題や過去の経歴にも向かうというのはよくある。ただ、人が女帝たちの生い立ちや表の顔と違った裏の一面、闇に葬られかけた疑惑や黒歴史を求めるのには、下世話な興味という以上の必然を感じる。それは裏の顔でも持たなければ、悪魔との契約でもしなければ、闇との深い関係でも紡がなければ、女が上り詰めるのは無理があるという、未だぬぐえぬ社会の空気のせいかもしれないし、女たちの絶望のせいかもしれない。あるいは男たちによる女性への見くびりのようなもののせいでもあるかもしれない。

毒舌キャラで「視聴率女王」として君臨。 Netflix

女性搾取の世界が生んだ怪物と、怪物になれなかった女たち

ドラマ終盤、細木は自身に向けられた黒い疑惑を知って作品を書き上げた作家に「成功するためならなんだってやってきた」「後悔なんてひとつもない」と宣言し、自分を引きずり降ろそうとする者たちへの震えるほどの憎悪を口にする。それはどこか現実に目にしてきた女帝たちの不気味さにも通じる。その姿はさながら本物の鬼のようで、誠実に向き合おうとする作家も視聴者もややたじろぐ。たじろぎながらも彼女が誰にも知られずに密かに流した涙や、ティアラと呼ぶ愛犬が見えなくなり焦って探す姿に、彼女の僅かな、しかし本来的な意味でとても深い孤独を想像し、彼女を騙し搾取し、同時に女性たちを搾取し、素知らぬ顔で回ってきた世界が生んだ悲しい怪物を複雑な気分で眺めてもいる。彼女を怪物にした世界の荒々しさを、私たちも多少なりとも肌で知っているからだ。

ドラマで細木は多少の因果応報的な運命に晒されながらも、結果的には大きく倒されることなく、地獄らしい地獄に堕ちることもなく、彼女が求めたであろう財にめぐまれた最期が示唆される。一方で新人賞以降ぱっとした作品が書けずにいる作家がどのような運命をたどったのかは描かれない。

細木の自伝小説を依頼されたシングルマザーの売れない作家、魚澄美乃里(伊藤沙莉)。 Netflix

小説に真剣に向き合ってきたものの作家としては鳴かず飛ばずで、経済的にはかなりつつましく離婚後は母と同居しながら一人娘を育てていた彼女は、あらゆるもの、人の心や愛さえも犠牲にしながらのし上がった細木とは対極の、言わば怪物になれなかった女である。細木が唯一の後悔として上げた子どもが出来なかったこと、それだけは手にしているが、他は何も持っていない。物語の本筋ではない、しかし現実的な女性の姿を体現する彼女の存在もまた、細木の残酷さだけではなく、それを生み出す世界の残酷さを示唆するドラマの力を後押ししている。

私も含めて多くの視聴者は細木よりは彼女に近い生活を送っている。だから女帝たちの裏の顔にたじろぎながらも小さく魅了されるのかもしれない。随分前に忘れさえしていたあの怖い占い師の物語が今再び希求されるのであれば、表の世界に女性のボスが誕生してなお、世界は怪物になるか慎ましく生きるかの選択を求めるくらいには残酷のままだと、少し暗い気分にもなるのだ。

Hearst Owned

Netflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』世界独占配信中

PROFILE

鈴木涼美 1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。記者として在籍した日本経済新聞社を退社後、執筆業を中心に活動。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)など多数。2022年『ギフテッド』、2023年『グレイスレス』(共に文藝春秋)が芥川龍之介賞候補作品に選ばれ話題を呼んだ。

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