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愛か、お金か―『マテリアリスト 結婚の条件』セリーヌ・ソン監督が私たちに問う「幸せ」とは

  • 2026.5.29

※この記事は『マテリアリスト 結婚の条件』の軽度のネタバレを含みます

ダコタ・ジョンソン演じるマテリアリスト(物質主義者)の婚活カウンセラーと、ペドロ・パスカル演じる“完璧”な大富豪、クリス・エヴァンス演じる貧乏な元カレの三角関係を描くA24製作のロマンス映画『マテリアリスト 結婚の条件』が、2026年5月29日(金)より全国公開される。

メガホンをとったセリーヌ・ソンが、本作の着想源となった自身の実体験や、撮影の裏話、恋愛と結婚、お金に対する考えなどを明かしてくれた。US版『エル』より。

【婚活ビジネスでの体験がベースに】

アカデミー賞ノミネートを果たしたヒット映画『パスト ライブス/再会』(2023)で監督デビューを飾るおよそ10年前、脚本家でもあるセリーヌ・ソンは、多くのアーティストが共感するような壁にぶつかっていた。

当時彼女はニューヨークで脚本家として活動していたが、誰もがそうであるように、生活費や家賃を支払う必要があった。つまり、生活のために仕事が必要だったのだ。しかし、さまざまな副業を持つ夢追い人たちが集まる大都会では、仕事の多くは非常に競争率が高く、優秀な人々で占められていることにソンはすぐに気づく。

「バリスタにはなれませんでした、必要とされる10年の経験がなかったので。小売業の仕事にも就けず、どこからも採用されませんでした。少々絶望的な気持ちになっていました」と彼女は思い返す。

だが、あるパーティでの偶然の出会いが彼女に転機をもたらす。マッチメーカーを本業にしている人物と話す機会があり、そのつながりから応募・面接を経て、最終的に6カ月間マッチメーカーとして働くことになったのだ。

左から:『マテリアリスト 結婚の条件』撮影現場でのセリーヌ・ソン監督、ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス COPYRIGHT 2025 © ADORE RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED

この経験は彼女の人生を決定づけるものとなり、本作の核となるものをもたらした。そしてそれは彼女にとって、人間について最も多くを学んだ期間でもあったという(辞めた理由を尋ねると、「楽しすぎたから。一生マッチメーカーでいたいと思い始めている自分がいて」と彼女は笑う)。

2回目のデートに進む関係を見届けるほどその仕事を長くは続けなかったものの(2回目のデートに進むケースはそうあるものではなかった)、婚活の現場で彼女が得た知見は、この映画のあちこちで息づいている。ソンならではの卓越したストーリーテリングが光る、洗練されていながら残酷なほど正直な本作は、鋭い洞察、キャストどうしの胸が高鳴るようなケミストリー、そして、心を優しく満たす余韻が魅力だ。

【本作のあらすじ】

物語の主人公は、ニューヨークというとてつもなく要求の高い恋愛市場で、クライアントたちを手取り足取り導いていく敏腕マッチメーカーのルーシー(ダコタ・ジョンソン)。

彼女はある日、出席した結婚式で、花婿の兄にあたる独身男性ハリー(ペドロ・パスカル)と出会う。長身でリッチ、チャーミングでハンサムなこの紳士は、ルーシーの言葉を借りれば“ユニコーン”——すべてを持ち合わせている幻のような存在——だ。問題は、ハリーがルーシー本人に興味を示していること。学生ローンの支払いがまだあるうえ、大学を中退しており、税引き前の年収が8万ドル(※日本円にして1200万円ほどだが、ニューヨークでは決して余裕のある暮らしができる額ではない)の自分よりもっといい女性がいるはず、自分たちは釣り合わない、とルーシーは彼に冷静に告げる。

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さらに登場するのが、ルーシーの元恋人であるジョン(クリス・エヴァンス)。アルバイトを転々としながら俳優を目指す一文無しの男性で、経済的な苦境のさなかにルーシーとの関係を終えた過去を持っている。ルーシーは彼との別れをきっかけに、男性に対する“譲れない条件”のひとつを決めている。それは、裕福であること。できれば、とびきりの。

【ロマンス、リアリティ、ファンタジーの絶妙なバランス】

これは、本作の登場人物の多くに共通する思考回路であり、会話のトーンでもある。相手を、リアルな生活を送り感情を持つひとりの人間としてではなく、履歴書やプロフィールのデータの集合体として見ているのだ。こうしたシビアで美化されない現実を描き出すのは容易なことではないが、鋭敏に映し出したソン監督の手腕は高く評価されるべきだろう。彼女はこうしたリアリティを認めつつ、愛やロマンスといった普遍的な価値観も決して手放さない、非常に繊細な綱渡りをやってのけている。

ソンはこう話す。「それが本作のジレンマでした。そして、現代を生きる人々のジレンマでもあります。私が語れるのは、このジレンマが個人的にどう感じられるかということだけ。ニューヨークの素晴らしいところは、ここがロマンチストの街であると同時に——だって私たちはみんな何かを夢見て、何かに希望を抱いているのですから——シニカルな街でもあるということ。ニューヨークで生き抜くには、シニカルでなければいけない。現実的でなくてはならず、物質的にも賢くなければなりません」

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本作が見事に機能している理由のひとつは、ロマンスとシニシズムが互いに引き合い反発する様子を描くソンの巧みさにある。

「マッチメーカーとして働いていたとき、クライアントに理想のパートナーについて聞くと、返ってくるのはすべて数字でした。身長、体重、収入、年齢……。なぜそれを求めるのか理解はできましたが、私自身の恋愛経験から、愛とはまったくそういうものではないし、そう感じるものでもないとわかっていました。ですから、この映画を作るにあたり、本当の愛の現実とファンタジーとのバランスを取ることが重要だったのです」

その試みは見事に成功している。ソンは、登場人物たちの最もダークで浅はかな瞬間においても、彼らをジャッジせず、複雑で奥行きのあるキャラクターを生み出している。

「ジャッジがまったくないとは言いません。もちろん、私たちは常に何らかの形でお互いをジャッジしています。でも私にとって真実だと感じるのは、そのキャラクターが本当はどこから来たのかを認識すること。なぜその人物はそうした経験をしているのかを、理解するということです」


“「私は商品じゃない。人間よ」。ソンは、このセリフこそがこの映画全体のカギだと語る”

映画全編を通じて、ソンはそうした理由を惜しみなく、かつ鋭い洞察力で描き出している。作中の印象的なシーンのひとつでは、25ドル——ある人にとっては些細な額だが、別の人にとっては大きな額——が、かつてルーシーとジョンの間で喧嘩の火種になる様子がフラッシュバックで描かれる。記念日のディナーの予約に遅刻しそうなため、ルーシーは近くの駐車場に停めるようジョンに言うが、25ドルの駐車料金を渋るジョンは、なんとか路上駐車できる場所を探そうと粘るのだ。

「私も夫とあんなケンカをしたことがあります」とソンは笑いながら打ち明ける。「当時私たちは2人とも無一文の脚本家で、車なんて持っていませんでした。でもそのときはレンタカーか何かに乗っていて。ニューヨークで車を運転して、お金もなくて、駐車場のことで大ゲンカしないなんて、不可能だと思います」(※ソン監督の夫ジャスティン・クリツケスは、ルカ・グァダニーノ監督の映画『チャレンジャーズ』や『クィア』などの脚本を手がけている)

いっぽうで劇中では、こうしたつらい経験を経験し、二度と味わいたくないと願っている人々が、現代の恋愛市場でいかに商品化されているかを示す無数の事例も出てくる。ルーシーのクライアントのひとり、ソフィー(ゾーイ・ウィンターズ)は、危険で最悪なデートの後、こう口にする。「私は商品じゃない。人間よ」。ソンは、このセリフこそがこの映画全体のカギだと語る。

「楽しいゲームをしているつもりでも、ある日突然、完全に人間性を奪われるような出来事が起こる。それは私たち全員から、個人としての尊厳や人間らしさを奪ってしまうのです」

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【キャラクターごとの細かい設定や撮影法】

映画のタイトルにふさわしい表現をするため、マテリアリズムを、テーマとしてだけではなく視覚的にも、またキャラクターごとに綿密に設定された収入レベルに基づくデザインの選択を通しても、描き出す必要があった。脚本上でソンは、登場人物たちのワードローブやアパートの値段を正確に把握していたそう。

アイテムやロケーションには具体的な数字が紐づけられ、そのいくつかは作中でも明かされる(例えば、ハリーの洗練されたトライベッカの豪邸が1200万ドル(約19億円)であることなど)。そしてソンは、各部門の責任者たちと協力してそれらを形にしていくプロセスを楽しんでいた。

ルーシー——貧しい家庭で生まれ育ったが、現在はそこそこの収入を得ながら、都会的に見せようとしている——のスタイリングは、衣装デザイナーのカティナ・ダナバシスとともにどう見せるべきか議論を重ねた。カナダ発の「アリツィア」のような、比較的手頃かつスタイリッシュで“日常のラグジュアリー”を感じさせるブランドのアイテムをいくつか取り入れ、特別な機会のためのバッグなど、背伸びして入手したであろうものも投入した。

「『ルーシーならこのドレスをディスカウントストアで買ったはず。きっと中古品だね』などと話しながら決めていきました。そうなると当然、中古だった場合の値段も計算に入ってきます。そして実際に衣装に加工を施し、着古した感じを演出しました」

いっぽうジョンがシェアしているアパートについては、家賃850ドルの、家賃安定化規制(※家賃の値上げを規制する市のシステム)のある物件が見つかるエリアを探すことが課題だった。当初ソンはブルックリンのブッシュウィックを想定していたが、事情が変わってしまう。

「ロケーションマネージャーに、『最近のブッシュウィックはおしゃれすぎるし、家賃も高すぎる』と言われてしまって」と彼女は笑う。結局、ジョンの住むエリアはブルックリン南西のサンセットパークに決まり、住まいの外観はロケ撮影に。内装はセットが組まれ、壁にはソンが「ニューヨークの安い賃貸アパートにありがちな、見覚えのある色」と呼ぶペイントが施された。

また、ハリーとジョンの経済格差を際立たせるためには、カメラワークの使いわけも必要だった。撮影監督のシャビアー・カークナーと話し合いを重ね、ハリーのアパートメントをベルベットのようなぬくもりのある光で照らすいっぽう(ジョンの部屋の殺風景な雰囲気とは対照的に)、ハリーの動きはドリー(車輪つきの撮影台)を使ってなめらかにとらえることにした。そして、意志の強いルーシーにはステディカムを多用し、ジョンには、彼の経済的に不安定な暮らしと呼応するように手持ちカメラを使ったという。

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ただソンにとって、こうした選択はいずれも、「裕福であるほどマテリアリストである」ということを示すためのものではなかった。むしろその逆だ。「実際には、持っていないものが多いほど、物質主義的に考えなければならないんです。たった1ドルでも重要ですから。非常に裕福であれば、お金はほとんどもうフィクションのようなもの。でも、あと5ドルないと食事もできないような人にとっては、お金はリアルなのです」

【セリーヌ・ソン監督が問いかける、愛】

この映画を通じて繰り返し浮かび上がるのが、“譲れない条件”——パートナーを選ぶうえで絶対に妥協できないもの——という概念だ。自他ともに認めるロマンチストであるソンにとって、その答えは実にシンプル。「私を愛してくれること」と彼女は言う。「愛は無条件でなければ意味がない。私にとって、それだけは譲れないものです」


“愛は無条件でなければ意味がない。私にとって、それだけは譲れないものです”

本作を観賞し、誇り高いまでにシニカルではない結末に幸せな涙を流した人なら、ソンのこの答えに驚かないだろう。「愛を差し出されたルーシーに、『取引成立』以外に何が言えるでしょう? 断れないオファーを受けているのですから。そしてそのアイデアは、ジョンとルーシーが踊る際に流れる、ベイビー・ローズによる曲『That's All』の歌詞の中にあります。私はあの曲が大好きなんです。夫が聴かせてくれた曲です」

結局のところ、これこそソンが観客に残したいアイデアであり、感情なのだ。「この映画は、覗き窓としてとらえることもできるし、鏡としてとらえることもできます。とてもパーソナルなものであり、この映画が目指すのは、観客それぞれが個人的に受け止め、心の奥深くまで染み込ませてくれることです」とソンは言う。

「1200万ドルのアパートは断ることができます。でも、愛に『No』を突きつけるのは、自分自身に対する罪です」

『マテリアリスト 結婚の条件』は5月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー。

From ELLE US

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