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富山の美食街道「岩瀬ガストロノミー」の秘密、その未来|「桝田酒造店」五代目蔵元の桝田隆一郎さんが語る

  • 2026.5.27
撮影=阿部 浩

北前船が運んだ多様な文化、清冽な水や豊かな海の幸──。それらを礎に、新たなガストロノミーを形づくる岩瀬。その立役者、桝田隆一郎さんに誕生秘話をお聞きしました。

イラスト=猪本典子

「岩瀬を誇れる町にしたい」。その原点が、すべての始まり

岩瀬橋からの眺め。手前には運河、遠くに立山連峰を望む岩瀬らしい風景。 イラスト=猪本典子

「マスよかったね、昔言うとったようになったね」と中学校の同級生に言われ、はて何のことだろうと考えた桝田さん。

「町をきれいにしたいと言うとったよ」と聞けば、中学生の頃に読んだ本阿弥光悦が鷹峯に形成した芸術村の本に感化され、自分でも光悦村のようなものを作りたいと話していたのを思い出したそうだ。おませな中学生だったようです。

桝田酒造店の五代目当主・桝田隆一郎さんは、生まれも育ちも岩瀬だ。大学時代に一旦岩瀬を離れ、その後イギリスなどヨーロッパに滞在し、再び故郷に戻って来てみれば、「日本の美しさがなくなっとる」状態にひどく落胆する。

しかし造り酒屋の当主として地元を離れるという選択肢はない。それならば関西から嫁いでくれた妻や子ども、身近な周りの人が誇れるように岩瀬を変えるのが自分の役目ではないか、そう思い立ったのが町づくりへの第一歩だという。

「桝田酒造店」の醸造所。大きな扉には、葉山有樹の《双龍》が描かれている。縁起のよい昇り龍――まさに、龍の雲を得るごとし。「満寿泉」の煙突は町のランドマークでもある。 撮影=阿部 浩

奇しくもその頃、旧知の蕎麦屋さんが桝田さんを頼って岩瀬へやって来る。元材木店を購入して改修し、蕎麦店を開業させたのが約30年前、桝田さんプロデュースの第一号となった。

毎朝開店前にはピアノでショパンを弾き心を落ち着かせて蕎麦を打ち、そしてお客さんと「We are the world」を合唱する愉快な蕎麦店さん、今はもうない。

それからは取り壊される予定の土蔵群や家屋を買っては改修し、飲食店や工芸作家の拠点をつくるとともに、大町新川町通りの無電柱化にも尽力することになる。

北前船の栄華がいまも残る大町新川町通り(旧北国街道)。石畳で舗装された風情ある通りには、元廻船問屋や土蔵、飲食店、作家のギャラリーなどが軒を連ねている。 撮影=阿部 浩

桝田さんが関わる店の大きな特徴のひとつは、店内に使われる銘木の類だ。「沙石」のテーブルは屋久杉、「御料理 ふじ居」の座敷の天井には伊勢神宮の式年遷宮で出された御山杉、その他の店でも破格に大きいテーブルや長いカウンターなど、目を見張る銘木ばかり。

「一軒作ると建築のとりこ」になってしまった桝田さん、最初の蕎麦店以来、材木の一枚一枚が大好きになり、「木が欲しい」と思っていると、こういう木が切られたという話が舞い込んでくるのだとか。「ここまでくると趣味っちゃ」と豪快で、現在進行中の3軒も毎日打ち合わせを重ね、それがたまらなく楽しい様子だ。

「桝田酒造店」の囲炉裏端でお茶を淹れながら、岩瀬の町づくりについて熱く語る桝田さん。 撮影=阿部 浩

桝田さんの根底にあるのは周りにいる人が誇れる町、ひいては世界から見た岩瀬も当然意識しているだろう。そのためには95点ではダメで、120点、150点のものをつくらねばと料理人や工芸家を鼓舞し、自らが船頭の役割を買ってでているのだ。

古い家並みはその板張りの壁や格子の建具が、この整然とした町の佇まいに少なからず寄与している印象を受ける。

初夏には、香港発のギャラリーが手掛ける、アートと日本酒とおでんのお店がオープンし、夏には中目黒の人気店「胡桃茶家」が岩瀬へ引っ越してくる。桝田さんによれば、“岩瀬のコンテンツ5倍計画”が持ち上がっているそうだ。「まだまだ路地とかに物件はある」と、今度はどんな材木を使って、どんな店をつくるのでしょう。岩瀬は拡大中ちゃ。

桝田酒造店[酒蔵]

撮影=阿部 浩

初代桝田兵三郎・亀次郎親子が北前船で北海道・旭川に渡り、1893(明治26)年創業。1905(明治38)年に岩瀬へ戻り、銘柄を「岩泉」から「満寿泉」へ変更。「水と米でどこまでできるか」を命題に掲げ、伝統を守りながら世界に通じる酒造りを行っている。

DATA
営業時間/8時30分~17時
定休日/土・日曜、祝日
tel.076-437-9916
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富山県富山市東岩瀬町269

桝田酒造店

富山のお寿司はなぜ、おいしい?
一年中獲れる毛がにや種類豊富な白身の数々―。富山の寿司店や日本料理店を訪れると、その魚種の豊富さに驚かされます。その理由は地形にあり。富山県の地形は、日本列島の形成とその後の地殻変動によって生まれました。大陸の分裂で日本海が形成され、富山湾は断裂帯の影響で水深1,000メートル級の深海に。さらに、マグマ活動によって立山連峰が約3,000メートルまで隆起しました。立山連峰から流れ込む栄養豊富な水と、水深1,000メートル超えの富山湾の地形。この標高差4,000メートルにも及ぶダイナミックな地形が豊かな漁場をつくり出したのです。能登半島と佐渡島に囲まれた富山湾は「天然の定置網」とも呼ばれ、日本海の魚種800種類のうち約500種類が生息する「天然のいけす」として知られています。

SUSHIを通して、世界の富山へ
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ますだりゅういちろう〇1966年富山県生まれ。「桝田酒造店」五代目蔵元。大学卒業後、留学、大手酒造会社での勤務を経て「桝田酒造店」入社。2004年「岩瀬まちづくり会社」を設立、古民家や土蔵を飲食店や作家の拠点にリノベーションする活動を続けている。

いのもとのりこ〇1960年生まれ。高校で日本画、大学で染色を学ぶ。86年から96年までパリに滞在。雑誌や映画撮影でのデコレーション、自分でコーディネートして行う料理や花の撮影、執筆と、多彩に活躍。著書に『ニッポン弁当』(平凡社)などがある。

撮影=阿部 浩 取材・文・イラスト=猪本典子 編集=吉岡尚美、沼田凜々子(ともに本誌)

『婦人画報』2026年6月号より

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