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「もう春先なのに」父がフリースを手放さない理由。寝込んで初めて知った『本当の寒さ』

  • 2026.5.15

筆者の話です。
父の「寒い」という言葉を、どこか大げさだと思っていました。
けれどある出来事をきっかけに、その意味が変わっていきます。

画像: ftnews.jp
ftnews.jp

フリースの父

「寒いんだよ」
暖かくなってきた春先の頃でも、父はフリースを手放しませんでした。
室内でも羽織ったままで、前をしっかり閉じて座っていることもあります。

窓からはやわらかい日差しが差し込み、私は薄手の服で過ごしていました。
そのため「そこまで寒くないのに」と感じる日が続きます。

暑くないのか尋ねても「大丈夫」と短く返されるだけ。
それ以上は言葉が続かず、父はそのままテレビに視線を戻しました。
その様子に、小さな違和感が残ります。

「閉めて」のひと言

外では春の陽気が続き、街を歩く人の服装も軽くなっていました。
私は自然と薄着で過ごすようになり、部屋の窓を開けることも増えていきます。

一方で父は、変わらず同じフリースを羽織ったまま。
窓を開けると「閉めといてくれ」と声がかかることもありました。
温度の感じ方に差があることは理解しているつもりでした。
それでも、そのたびに引っかかるものが残ります。

「外はこんなに暖かいのに……」
温度の感じ方に差があるのは分かっているつもりでしたが、父のこだわりをどこか大げさに感じ、歩み寄れない自分に少しだけイライラしてしまうこともありました。

気づいた瞬間

そんなある日、私は体調を崩し、1週間ほど布団の中で過ごすことになりました。
外に出ることもなく、部屋でじっとしている時間が続きます。
すると、今まで気づかなかった「床から伝わるしんしんとした冷たさ」や、空気のわずかなひんやりとした動きが、驚くほどダイレクトに体に響いてきたのです。
そのとき、父の言葉がふと頭に浮かびました。

「寒いんだよ」
あの時、父が漏らした言葉が、すとんと胸に落ちました。
動かずに静かに過ごす父が感じていたのは、この、体の芯から冷えていくような孤独な寒さだったのか……。
そう思った瞬間、自分の物差しだけで判断していた傲慢さに気づき、それまでの見方が静かに変わっていきました。

外に誘う日

それまでの私は、自分の感覚を基準に父の言葉を受け取っていたのだと思います。
けれど今は、その背景にある体の状態や過ごし方を考えるようになりました。
「今日は外の方が暖かいみたいだよ。一緒に少し歩いてみない?」
無理のない範囲で外に誘うと、父はゆっくりと立ち上がります。
外の空気に触れたとき、表情が少しやわらいだように見えました。

父の中の季節も少しずつ動き出したように感じます。
同じ言葉でも、その裏にある感覚は人それぞれ違う。
そう気づいてからは、父の言葉を前よりも静かに受け止められるようになりました。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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