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【第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展】なぜ今、英国にはルバイナ・ヒミッドが必要なのか──「私は英国をどう表現するかを考えなければならなかった」

  • 2026.5.12
photo: PHILIP SINDEN
ルバイナ・ヒミッド。《Is Water Always Useful》(2025、左)と《Man in a Rope Drawer》(2025、右)とともに。 photo: PHILIP SINDEN

2025年1月17日、北京にて

ルバイナ・ヒミッドは、ある秘密を抱えていた。
私たちは今、彼女にとって中国初となる個展のオープニングのために中国を訪れている。会場はUCCA現代アートセンターで開催される大規模な回顧展(2025年1〜4月に開催)で、そこには彼女の代表作の数々が並ぶ。

そのひとつ、《Naming the Money》(2004)は、本来は周縁へと追いやられてきた存在たちを前景化する作品だ。等身大に切り抜かれた陶芸家、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、靴職人といった100人の黒人のキャラクターたちはそれまで匿名的な存在として扱われてきたが、ここでは一人ひとりに名前が与えられ、複雑な内面を持つ存在として描かれている。それらの人物像は、まさにヒミッドらしい。演劇的で、人を惹きつけ、観客へ問いを投げかける。個々の存在感の強さだけでなく、その数によって生まれる迫力もまた圧倒的だ。

この展覧会は、彼女自身にとって、そしてアジアにおける英国クリエイティビティにとっても大きな節目となるものだった。しかし、その場にいた誰も知らなかったことがある。クリスマス直前、70歳の彼女のもとに一本の重要な電話が入っていたのだ。それは、世界でもっとも権威ある芸術の舞台、ヴェネチア・ビエンナーレの英国代表として、英国館を担ってほしいという招待だった。
もちろん、彼女はそれを引き受けた。

その夜、ホテル内の素晴らしいレストランで開かれた祝賀ディナーの席で、ヒミッドと筆者は、彼女の生まれ故郷であるザンジバル(タンザニアに属する自治地域の島)について語り合っていた。

彼女が生後4カ月のとき、東アフリカ沖のコモロ諸島出身だった父親が亡くなり、母親は彼女を連れてロンドンへ戻った。「私たちは、とてもつらい状況のなかでそこを離れました。母は、そのことについてほとんど話さなかったんです」と彼女は言う。

ザンジバルは、彼女の人生のなかで長く大きな存在であり続けてきた。しかし同時に、それは帰ることが難しい場所でもあった。「子どもじみているけれど切実な理由から、私は帰ることが怖くなってしまった。自分が間違った側の人間なのではないかと感じていたんです」

彼女はザンジバルへ向かう準備として、別の方法でその感覚に近づこうとしていたという。「ヴェネチアを通してザンジバルを経験することを試みました。ヴェネチアという街を、自分のコンフォートゾーンの外に出る練習として使っていたんです。動揺したり、道に迷ったりしないための振る舞いを学ぶために。ちょうどスーパーの駐車場で運転の練習をするみたいに。ヴェネチアのほうが心地いいし、消化しやすかったから」

もしかすると、ヴェネチア・ビエンナーレは、ある種の“帰郷”なのかもしれない。

イングランド北西部ランカシャー州の都市、プレストンの自宅にあるヒミッドの旧スタジオ。 photo: PHILIP SINDEN

2025年8月15日、プレストンにて

見事なほど晴れた日だった。だが、ヒミッドは30年以上暮らしてきた自身の街プレストンが、筆者に誤った印象を与えているのではないかと気にしていた。私はちょうど、改修工事のため閉館中だったザ・ハリス博物館の前を通ってきたところで、新古典主義様式のその建物は柔らかな白い光に包まれ、荘厳な姿を見せていた。

「普段はこんな感じじゃないのよ」。彼女はそう言いながら、かつて脱出ゲーム施設だった空間を改装したスタジオで紅茶を差し出す。今では美術館レベルの照明設備が設置されている。英国美術を代表する存在であり、周縁化されてきた物語を可視化することに尽力してきたアクティヴィストでもあるヒミッドは、実に、かなり前からヴェネチア・ビエンナーレにふさわしいアーティストだった。

2022年と2024年にそれぞれ英国代表を務めたソニア・ボイスやジョン・アコムフラは、彼女が40年以上にわたり親交を持つ作家たちでもある。しかしヒミッド自身は、国別パビリオンはもちろん、それ以外の形ですらこれまでヴェネチアで作品を発表したことがなかった。彼女は2017年、63歳でターナー賞を受賞した。史上最高齢での受賞だった。しかしそのキャリアには、本来踏むべきだった段階を飛ばしてしまったという感覚が残っているという。

「理論的に言えば、テート・モダンで展示する前には、サーペンタインやホワイトチャペル、ヘイワード、テート・ブリテンのようなギャラリーで個展をしているべきなんです。私はすごくゆっくり進んで、それから急加速した。だからヴェネチアについても、この20年のあいだ英国人アーティストやブラック・ブリティッシュの作家たちが国際展に参加してきたのに、その機会は私にはめぐってこなかった。でも突然、ジェレミー・デラーやキャシー・ウィルクス、クリス・オフィリと同じように、“英国代表”として参加することになった」とヒミッドは語る。

「だから私は、それをどう実現するのが最善なのかを考えなければならなかった。同時に、自分が本当につくりたい作品でなければいけません。なぜなら、その作品への信念を長いあいだ持ち続けなければならないから。作品のなかに自分自身が生きる必要があるんです」

昨年の夏、まだヒミッドに正式な連絡が来る前のこと。彼女は、公私にわたる長年のパートナーのマグダ・スタヴァルスカとともに、ドイツとチェコ、ポーランドを車で旅していた。その道中、もし自分がいつか ヴェネチア・ビエンナーレに参加することになったら、どんな作品ができるだろうかと、「とびきり突飛でめちゃくちゃなアイデア」を想像していたという。

そのひとつがパフォーマンス作品だった。アフリカ出身の女性「ファティマ」と東欧出身の女性「ロジャ」という二人の清掃員に扮し、正体を隠したまま会期中ずっと英国館を掃除し続けるというものだ。だがその“もしも”が現実になると、彼女たちはそのアイデアを見送った。体制や制度を見事に皮肉るアイデアではあったものの、実際にやり続けるにはあまりに長すぎたからだ。

「だって、7カ月間ずっと“ファティマとロジャ”でいなきゃいけないでしょう。私たち、すぐ飽きちゃうタイプだから」。彼女はそう言って笑った。

“それは、食べ物であれ、服であれ、あるいは夢であれ、「何かをつくること」を通して人がどう生き延びていくのか、ということ”

今、私たちを取り囲む3点の大きな絵画を見ていると、まだ完成途中ではあるものの、その背後にある構想はすでにはっきりと形を成していて、テーマ的にもヒミッドのこれまでの制作と強く結びついていることがわかる。それぞれの作品には、何かを生み出す行為の最中にいる二人の人物が描かれている。《Gardeners》ではサボテンを育て、《Boatbuilders》では移住について語り合い、《Architects》では巨大な家を建てるべきか、それともトタン張りのキャラバンにするべきか、不安を抱えながら議論している。

「どの作品も、“ホームとは何か”についてなんです。別の場所に、どうやって新しい居場所をつくるのか。しかも、以前いた場所とのつながりがとても曖昧で、触れることすらできないようなものだったときに」

最終的に、これらは5点組のシリーズとなる予定だという。ひとつの場所から別の場所へ移動するとはどういうことなのか。新しい土地でどう生きていくのか。そして、去ってきた場所の感情的・身体的な痕跡を抱えながら、その移行をどう生き抜くのかを探る作品群になる。「人は何かを握りしめていないといけない。朝起きて、自分の周囲にいる人たちのためにも人生をなんとか機能させていかなければならないから」

「自分には合わない場所で一生を過ごしている人も実際にいると思うんです。でもそれは、“つくること”を通して、どう生き延びるかという話でもある。食べ物でも、服でも、育っていく何かでもいい。あるいは夢をつくることでも」

ヴェネチア・ビエンナーレはそのアイデアを表現する場として理想的だ。歴史的に、交易と商人たちの島であったヴェネチアは、華やかな美しさと複雑な地形を持つ都市で、その姿には時代を超えてこの街を行き交ってきた多様な人々の痕跡が刻まれている。

ヒミッドは、1980年代初頭から継続してヴェネチアを作品のなかで参照してきた。1997年のシリーズ「Venetian Maps」について、彼女はこう語っている──「ヴェネチアは私にとって、ブラック・ディアスポラの人々が何世紀にもわたってヨーロッパ都市の文化形成を支えてきたにもかかわらず、その存在が不可視化されてきたことを象徴する場所なんです」

そして英国館に展示される新作絵画のなかでは、彼ら/彼女らの存在は、もはや“見えないもの”ではなくなる。そこに描かれる人物像は、ヒミッドの作品に繰り返し現れてきたモチーフでもある。何かを生み出しながらも、自らがつくったわけではない社会構造や制度のなかで葛藤し続ける人々。そして、それぞれが固有で豊かな物語を抱えている。

《Gardeners》のリサーチのための文献。 PHILIP SINDEN
《Gardeners》のためのスケッチ。 PHILIP SINDEN

筆者は特に《Gardeners》に惹かれた。そこでは、一人が鍬を持ち、もう一人が丸々と花を咲かせたサボテンにジョウロで水を与えている。

「二人ともその植物に対して間違ったことをしているんですよ。なぜ彼らは、サボテンに水をやってしまうほど混乱し、不安になっているのだろうと考えたんです。サボテン自体はちゃんと育っている。でも、どこかが決定的に噛み合っていない」。彼女は、こうした経験の中心にある“不協和”を、驚くほどシンプルに表現してみせる。

また、ヒミッドの仕事を語るうえで欠かせないのが、サウンド/マルチディシプリナリー・アーティストであり、公私にわたるパートナーでもあるマグダ・スタヴァルスカとの、絶えず更新され続ける協働のプロセスだ。今回、スタヴァルスカは音響面を担っている。

英国館の空間の中では、1970年代にギリシャ人歌手ナナ・ムスクーリが歌う英国民謡「Early One Morning」が流れる予定だ。「私が子どもの頃、彼女は“国民的歌手”みたいな存在だったんです」とヒミッドは語る。「ちょうど『ブラック・アンド・ホワイト・ミンストレル・ショー』(注:1958〜78年に英BBCで放送された、黒人風のメイクをした白人が歌やダンスを披露する音楽番組)が放送されていた時代で、私は10歳くらいでした。ナナは“甘い英語”ではなく、とても明晰で豊かな英語で歌う。その歌には憧れや旅立ち、後悔や希望の感覚があって、私はその空気を絵画のなかにも宿らせたいと思うんです」

ヒミッドはiPhoneでその曲を再生し、私たちは一緒に耳を傾けた。観客が目にする絵画と、この音がどのように重なり合うのかを想像しながら。別の部屋では、激しく打ち寄せる波の音が響く。それはスタヴァルスカがセント・アイヴスで録音したものだ。「英国では、どこにいても海岸から70マイル(約113km)以上離れることはないんです」

それは、“心地よく魅力的なもの”として包み込まれてきた「英国らしさ」そのものへの問いかけでもある。「私はあの絵のなかにいるすべての人なんです。何かをつくり、築こうとしている。人生の多くの時間を、どう逃げ出すかを考えながら過ごしてきました。でも、本当は逃げる必要なんてなかったのかもしれない」と、ヒミッドは話す。

そこに描かれた人物たちは、これまであまり語られてこなかった“移動/移民”のプロセスを体現しているようにも見える。目に見えない葛藤、新たな人生を築くことへの誇り、そして必然的に何かを間違えてしまうこと。

そして私は思う。
そもそも、“正しさ”とは誰が決めるのだろうか、と。

2025年12月15日、プレストンにて

「うちのクリスマスツリー、気に入った?」
ヒミッドは、ヴィクトリア朝様式のテラスハウスに足を踏み入れた私にそう尋ねた。出窓には、ライトをまとったモミの木が番人のように立ち、思いがけないほど陽気で、どこかキッチュだ。空は灰色で、歩道は雨に濡れて光っている。彼女がヴェネチア行きを知ってから、ほぼちょうど一年が経っていた。

私は完成した作品を見るためにここへ来た。12月24日にスタヴァルスカがポーランド式のクリスマス・ディナーを開く前に、また、すべての作品がイタリアへ発送される前に。ヒミッドは最後の筆を置こうとしているところだった。

私たちは数時間話し込んだあと、スタヴァルスカが用意した昼食を囲んだ。トマト、スモークサーモン、ビーツのサラダ、そして素晴らしいパン。「私たち、ちゃんと座ってランチを食べることを大事にしてるんです」とヒミッド。食後にはコーヒーと一緒に、メッセージ入りの包み紙で知られるチョコレート菓子バッチ(Baci)を食べた。スタヴァルスカが包み紙に書かれた言葉を読み上げる。

「誰かに愛されることは、あなたに強さを与える。
誰かを愛することは、あなたに勇気を与える」

できすぎなくらい、この場にふさわしい言葉だった。
「チョコレート自体はそこまで好きじゃないの。でも、このメッセージは大好きなのよ」と、ヒミッドは言った。

《Tailors》(2025)の前に立つヒミッド。 PHILIP SINDEN

彼女は、新しくできたスタジオ、クリエイターなら誰もが夢見るような空間を案内してくれた。二人は、自宅の裏手にあった建物を購入したという。背中合わせに並ぶ鏡写しのような間取りの建物で、庭同士がつながっている。建物は内部を完全に解体し、一から改築。最上階にはスタヴァルスカの防音仕様のスタジオがあり、1階にはヒミッドが制作拠点として使う空間がほぼ完成している。

“家”や“住まい”は、これまでも彼女にとって重要なテーマだった。現在プレストンで暮らす家も、《Naming the Money》に登場する100体の人物像が制作された場所である。だが今回の新しいスタジオには、また別の新章の始まりのような空気が漂っていた。

"私はあの絵のなかにいるすべての人なんです。何かをつくり、築こうとしている"

ヒミッドは、“空間”について深く考える作家だ。おそらくそれは、彼女がウィンブルドン・カレッジ・オブ・アートの学部時代に舞台美術を学んでいたこととも無関係ではないだろう。彼女は当初から、英国館のなかで絵画をどのように配置するか、観客にどのように作品と関わってほしいかを、明確に思い描いていた。

「もっと大げさに、もっと強い演出にする誘惑はありました。でもむしろ、できるだけ削ぎ落としながら、不穏さだけは残したかったんです」と言うように、来場者が作品との関係をゆっくり築ける余白を大切にしている。

「本当に、人は“人生そのもの”を抱えて会場にやって来ると思ってる。自覚はしていなくても。これまで出会った人たち、食べてきたもの、見てきた風景。そうしたすべてを持ち込んでいる。私は今でも、観客を“パフォーマンスの空間”へ招き入れているような気がするんです。観客自身がパフォーマーであり、絵の中の人物たちもまたパフォーマーである。そして両者が、一緒に対話しながら空間を歩いていく」

激しい雨のなかを車で移動し、私たちは完成した絵画を見に向かった。すでに完成していた《Architects》《Gardeners》《Boatbuilders》に加え、さらに2点の新作も見せてもらう。《Tailors》では、登場人物たちがある議論を交わしている。今いる土地の服を着るべきか、それとも離れてきた故郷の衣服を身にし続けることで自身の感覚を保つべきなのか。彼らは問題解決を試みながら、同時に、自分たちが立っている場所がかつてアフリカ人奴隷制度を主導した男たちのための衣服を生産していた土地でもあることを思い出している。そこには、東アフリカの女性たちが身につける布「カンガ」の柄や模様と、英国支配階級の装飾的な意匠とが重ね合わされている。

最後の大作《Chefs》は、2019年のシリーズ《Pastry Chefs》を思わせる作品だ。そこでは男性たちが日常的な会話を交わしながら美味しそうな菓子を作っていた。今回も彼らは料理という“魔法”のなかにいる。しかし今度は、互いに競い合っている。

またヒミッドは、自身の作品にたびたび登場する「カンガの旗」も再び使う。旗は3枚。それぞれに問いが記されている。そして対応する絵画のそばに掲げられる予定だ。

「水は、いつでも役に立つのか?」
「毒は、美味しく感じられるのか?」
「ここにハエは留まれるのか?」

「難しい問いではないんです。でも、その答えは“誰であるか”によって変わってしまうかもしれない」と彼女は言う。

さらに、儀式的な雰囲気をまとって展示されるのが複数のオールだ。オールは“戻る可能性”の象徴であり、水に囲まれた土地へ到着すること、あるいはそこを去ることの象徴。同時に、奴隷として連行された人々が渡らざるを得なかった海をも連想させる。

ヴェネチア・ビエンナーレでの展示風景より。オールはそれぞれ異なる絵が描かれている。 Hearst Owned

彼女の作品に繰り返し現れるレモンもある。甘さを持ちながら、酸っぱさや苦味も併せ持つ存在だ。「レモンの形や色が大好きなの。どこか官能的で曖昧さがあって、“二重の人生”を生きている感じがするから」とヒミッド。ほかにも、オークの葉やセキレイのモチーフ……。

今、彼女に残されているのは、最後のオールに何を描くかを決めることだけだ。搬入当日に描く予定だという。この制作過程で感情的になることはなかったのか? と尋ねた。

「もちろんありましたよ。だから絵を描いているあいだずっとサッカー中継や、4日間続くゴルフトーナメントを流していたんです。これらの絵はすべて奴隷貿易の隠された歴史についての作品。また、“世界のなかに存在する私”という政治性のなかで、“私自身である”という個人的な感覚をどう扱うかについての作品でもあるんです。与えられた時間はあまりにも短いので、ただの作業になってしまう危険もある。まるで義務のように。だから私はこの作品を心の深い場所というより、“頭の前面”で理解しなければならなかった。でも同時に、身体的には絵とつながり続けている必要がある。“その場所”を感じていたんです。例えば《Gardeners》ではどれくらい湿っていたか、その日の気温、天気。どんな音がしていたかまで、ちゃんと把握して」

1年を経て、世界へ送り出されようとしている作品たちに囲まれながら。それらはこれから、世界と出会い、呼吸し、生き始めるのだ。

マグダ・スタヴァルスカ:トップス <strong>ME+EM</strong>、ボトムス <strong>Studio Nicholson</strong>、シューズ <strong>Le Monde Béryl</strong>、イヤーカフ <strong>Otiumburg</strong>、ブレスレット 本人私物。ルバイナ・ヒミッド:すべて本人私物。撮影はスタヴァルスカの新スタジオにて行われた。 photo: PHILIP SINDEN

2026年2月25日、ロンドンにて

筆者はテート・モダンの内覧会で、シャンパンを手にしたルバイナ・ヒミッドとマグダ・スタヴァルスカに再会した。二人は幸せそうだった。作品はすでにヴェネチアへ発送されていた。

※本記事は『Harper's Bazaar』UK版2026年6月号(5月14日発売)に掲載。

 

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