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曖昧だった”適度な運動”を定義、「運動模倣薬」の候補が挙げられる

  • 2026.5.4
適度な運動を分子レベルで定義 / Credit:Canva

「適度な運動をしましょう」とよく言われますが、その“適度”とは一体どのくらいなのでしょうか。

きつすぎても続かず、楽すぎても効果がないとなると、私たちはこれまでかなり曖昧な言葉に頼って運動を考えてきたことになります。

今回、神戸大学の研究グループは、マウスの骨格筋で起きる分子変化を手がかりに、この「適度な運動」を科学的に定義し、さらに運動の効果を部分的に再現する「運動模倣薬」の候補を明らかにしました。

この研究成果は2026年4月22日、国際学術誌『Redox Biology』にオンライン掲載されました。

目次

  • 曖昧だった「適度な運動」を分子レベルで定義
  • ”適度な運動”がもたらす影響と「運動模倣薬」

曖昧だった「適度な運動」を分子レベルで定義

運動が健康に良いことは、よく知られています。

肥満や心血管疾患、骨粗鬆症、変形性関節症、さらには神経変性疾患に至るまで、運動は幅広い病気の予防や改善に役立つとされています。

世界保健機関(WHO)も週150分以上の「中強度の身体活動」を推奨しています。

しかし、研究の現場では、運動の種類や強度がそろっていないことも多く、「どの強度で、どんな分子変化が最もよく起きるのか」は十分に整理されていませんでした。

運動が弱すぎれば、体に十分な変化は起きません。

一方で、強すぎる運動は酸化ストレスやミトコンドリアの機能障害を招き、かえって体に負担をかける可能性があります。

そこで研究チームは、「適度な運動」を感覚ではなく、骨格筋で起きる分子反応によって定義することを目指しました。

骨格筋は体を動かすだけでなく、運動によって生じた変化を全身に伝える役割も持つためです。

実験では、マウスに対して運動強度を段階的に変えながら運動させました。

有酸素運動ではトレッドミルの速度を変化させ、筋力トレーニングでは体重の0〜160%まで負荷を変えたラダー登りを行わせています。

そして運動後の骨格筋を詳しく分析しました。

調べたのは、ミトコンドリアの増加に関わるPGC-1α、酸化ストレスの指標であるMDAやSod1、さらに筋肉の合成や分解に関わる分子などです。

加えて研究チームは、遺伝子発現、DNAメチル化、タンパク質のリン酸化という3つの階層をまとめて調べる「マルチオミクス解析」も行いました。

つまり、遺伝子がどれだけ働いているか、その遺伝子が働きやすい状態になっているか、そしてタンパク質がどのように反応しているかを、まとめて調べたのです。

その結果、有酸素運動では、マウスのトレッドミル走で毎分20メートル、ヒトで言えば最大酸素摂取量の約70%に相当する強度が最適とされました。

筋力トレーニングでは、マウスに体重の120%に相当する負荷をつけてラダーを登らせた条件で、筋肥大に関わる反応が最も強くなりました。

ヒトで言えば、1回だけ持ち上げられる最大重量(1RM)の約70〜80%に相当する強度と考えられます。

この強度では、ミトコンドリア機能や筋肥大といった有益な変化が高まり、酸化ストレスなどの有害な影響は目立って増えませんでした。

つまり「適度な運動」とは、単に楽な運動ではなく、「骨格筋で有益な分子反応を強く引き出しつつ、ダメージを増やしにくい強度」だと示されたのです。

では、このとき体の中では具体的にどのような変化が起きていたのでしょうか。

より詳細な結果は次項で見ていきます。

”適度な運動”がもたらす影響と「運動模倣薬」

マルチオミクス解析によって明らかになったのは、運動が単一の仕組みで作用しているわけではないという事実です。

有酸素運動と筋力トレーニングという異なる運動であっても、共通して変化する重要な分子経路が存在していました。

その中心となるのが、インスリンシグナル、AMPK、FoxOシグナル、そして概日リズムです。

インスリンシグナルは血糖や代謝の調整に関わり、AMPKは細胞のエネルギー状態を感知するセンサーの役割を担います。

FoxOはストレス応答や筋肉の分解に関係し、概日リズムは体内時計として生体のリズムを整えます。

興味深いのは、これらの経路が遺伝子発現だけでなく、DNAメチル化やタンパク質のリン酸化といった異なるレベルでも同時に変化していた点です。

これは、運動が一時的に一つのスイッチを押すだけではなく、細胞の状態を多層的に調整していることを意味します。

少なくとも骨格筋で見る限り、運動は「代謝」「ストレス応答」「体内時計」に関わる複数の仕組みを同時に動かす現象だと考えられます。

さらに研究チームは、この分子パターンを手がかりに「運動と似た変化を起こす物質」を探しました。

そこで用いられたのがConnectivity Mapというデータベースです。

これは、さまざまな化合物が細胞に与える遺伝子変化を記録したもので、特定の状態と似た反応を引き起こす物質を検索できます。

この解析によって浮かび上がったのが、アピゲニンとドキサゾシンです。

アピゲニンはパセリやセロリ、カモミールなどに含まれる天然のフラボノイドで、マウスでは主に持久力やミトコンドリア機能に関わる反応を部分的に再現しました。

一方、ドキサゾシンは高血圧や前立腺肥大症の治療に使われている既存薬で、マウスでは握力の向上や筋量の維持、骨量の維持、関節軟骨の保護に関わる効果を示しました。

特にドキサゾシンは、運動が難しい状態を再現したマウスにおいて、廃用性筋萎縮や骨量減少、変形性膝関節症に対する改善効果を示しており、将来的な治療応用の可能性が示されています。

ただし、重要なのは、これらの物質が「運動をしなくてもよい薬」ではないという点です。

運動は骨格筋だけでなく、心臓、血管、脳、免疫、代謝など全身に複雑な影響を与えます。

今回見つかった候補は、そのうち一部の分子反応を再現したものにすぎません。

また、この研究はマウスを対象としたものであり、そのまま人間に当てはまるかはまだ検証が必要です。

それでも運動の効能を部分的に再現できる「運動模倣薬」の候補が挙げられたことは、今後の期待を高めるものとなりました。

そして本研究は、「適度な運動」を分子レベルで捉え直した点で大きな意味を持ちます。

将来的には、遺伝子やエピゲノム情報に合わせて、一人ひとりに最適な運動を提案する「個別化運動処方」につながる可能性もあります。

参考文献

「適度な運動」を分子レベルで科学的に定義
https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20260430-67792/

元論文

Multi-omics reveals molecular signatures of moderate intensity exercise and identifies candidate exercise mimetics in mice
https://doi.org/10.1016/j.redox.2026.104186

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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