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「レールはあったが道はなかった」市川染五郎が明かす、歌舞伎名門に生まれた血と宿命をどう生きるか

  • 2026.4.30
市川染五郎さん。

歌舞伎の名門に生まれ、幼い頃から舞台に立ち続けてきた市川染五郎さん。彼にとって初のストレートプレイ出演となる作品は、奇しくも祖父・二代目松本白鸚、父・十代目松本幸四郎が演じてきた、高麗屋にとって特別な意味を持つ『ハムレット』。自らの手で「道」を作ろうとする若き俳優の、等身大の葛藤と心意気に迫ります。


高麗屋の宿命を背負い、新時代のハムレットへ

市川染五郎さん。

――『ハムレット』は代々、高麗屋さんが演じてこられた大切な作品ですが、オファーが来た際のお気持ちを教えてください。

シェイクスピア劇を代々やってきたというのはもちろん知っていましたし、特に『ハムレット』は祖父、父と繋いできたものでもあるので、家にとって特別な作品だというのは子どもの頃から感じていました。

13歳のときに朗読劇で一度経験させていただきましたが、当時はストレートプレイのようなセリフの経験もなく、全編を通したわけでもなかったので、強い悔しさが残ったんです。

シェイクスピア劇自体が非常に哲学的ですし、当時はなかなか理解できなかった部分も多く、それが悔しさに繋がっていました。ですから今回、やっとリベンジできるときが来たなという感覚です。

――初めてのストレートプレイで主演を務めますが、現時点でシェイクスピア劇とどう向き合おうと考えていますか?

世界中で何百年、あらゆる方々の手によって様々な解釈で上演されてきた作品です。解釈が無限に存在するからこそ、ひとつの形だけを知っている状態では“ハムレットとして、その役を生きる”という領域まで行けないのではないか、と思うんです。

単に“演じる”だけにならないよう、今、世の中に存在する多様な解釈を自分の中に引き出しとして持っておくことが大事だと考えています。

それでいて、お客様が事前に勉強して来ないと分からないような、理屈っぽいものにはしたくありません。演じる側としてはいろんな“ハムレットの引き出し”をできるだけ多く持ちつつも、その中から自分が正しいと思うものを選び取り、唯一無二のハムレットにできればいいなと思います。

市川染五郎さん。

――『ハムレット』という作品自体にはどんな印象をお持ちですか?

最初は、若いからこその危なっかしさや、周りが見えなくなり突っ走る中で葛藤していく話だと思っていました。しかし調べるうちに、これは必ずしも若者特有の悩みではなく、生まれ落ちた境遇や宿命の中で思い悩む“人間”の話ではないかと思うようになりました。それが一番、自分の中でしっくりくるハムレット像なんです。

そのため、単に若々しく見せる必要はないと考えています。実際、劇中の彼は30歳前後という説もありますし、お客様が思い描くハムレット像からはみ出さず、かといって若々しいだけでなく。冷静に一つひとつ立ち止まって悩んでいる、そんな人物として描きたいですね。そのほうが、いろんな世代の方に共感していただけるハムレット像になる気がしています。

――白鸚さん、幸四郎さんの『ハムレット』は映像でご覧になりましたか?

祖父の出演作は観ました。セリフ廻しなど、やはり随所に祖父らしさが出ていると感じました。祖父はセリフ廻しがとても音楽的なんです。かなり早口で喋りながら、すべてがしっかり聞き取れるのがすごいな、と。

舞台はマイクを持って話すわけではないので、そこは自分の技術が重要になってきます。祖父の技術を少しでも吸収しながら進めていきたいです。普段の歌舞伎でも、かなり祖父を意識してはいるのですが……。

あとは当時の台本を借りました。翻訳が違うので読み込むというわけではありませんが、当時の書き込みなどは非常に参考になると思っています。

演出家の思考を立体化する、ゼロからの挑戦

市川染五郎さん。

――先ほど“宿命”という言葉がありましたが、デンマーク王子のハムレットと、高麗屋に生まれた染五郎さん。ご自身の宿命と重なる部分はありますか?

高麗屋の人間として宿命を感じることはありますが、ハムレットにそれを投影させるつもりはありません。あくまでハムレットはハムレット、自分は自分。まったく別の人間の人生ですから。

自分の人生経験を役に反映させる演じ方はしたくないと常々思っています。ただ、お客様の視点から見て、結果的に重なって見える部分はあるのかもしれません。

――ご自身の人生として、高麗屋に生まれた宿命や葛藤をどう捉えていますか?

歌舞伎が好きで、それを仕事にできているので幸せですが、ある意味で“生まれる前”から決まっていた道です。もし仮に嫌だったとしても「嫌です」とは言えなかったでしょうね。

レールが敷かれているところに生まれた感覚はありますが、だからといって“道”そのものが用意されているわけでも、楽なわけでもありません。例えるなら、道を作るための最低限の材料だけを渡されて、「あとは自分で道を作れ」と言われているのだと感じています。

市川染五郎さん。

――劇団☆新感線や三谷かぶきなど、外部の演出家との仕事も経験されています。今回のルヴォー氏の演出に期待することは?

ルヴォーさんとは2年前に一度お会いしていますが、ご一緒するのは今回が初めてです。昨年は三谷幸喜さん、野田秀樹さん、いのうえひでのりさんといった、演劇を突き詰めてこられた方々の演出を受けられたことが、自分の中で大きな糧になっています。

“歌舞伎”という枠組みの中ではありましたが、古典とは作り方が異なり、ストレートプレイに近い制作過程を経験できました。三者三様に進め方も異なりますので、ルヴォーさんがどのようなプロセスで作品を積み上げていかれるのか、とても楽しみです。

――演出家がいる現場で、特に意識していることはありますか?

演出家の方が頭の中に描いているものを立体化させるのが役者の仕事です。彼らが何を考え、何を作りたいのかを敏感に感じ取るよう意識しています。

古典は、教わった型を身につけ、その枠からはみ出ない範囲で役を突き詰めていきます。対して新作やストレートプレイは、演出家や共演者の皆さんとディスカッションしながら、ゼロから実体化させていく作業です。より密なコミュニケーションが必要になりますが、これまでの経験を存分に活かしたいですね。

市川染五郎(八代目)

2005年3月27日生まれ、東京都出身。父は十代目松本幸四郎、祖父は二代目松本白鸚。2009年6月、歌舞伎座『門出祝寿連獅子』の童後に孫獅子の精で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年に八代目市川染五郎を襲名、『勧進帳』で源義経を演じた。近年の主な歌舞伎出演作に、『源氏物語』、歌舞伎 NEXT『朧の森に棲む鬼』、『木挽町のあだ討ち』ほか。ドラマ『鎌倉殿の13人』、『鬼平犯科帳』、映画『レジェンド&バタフライ』、Prime Video『人間標本』など映像分野でも活躍。本作で初のストレートプレイに挑む。

文=前田美保
撮影=佐藤 亘
スタイリスト=中西ナオ
ヘアメイク=川又由紀(HAPP'S.)

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