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デザイナー安野ともこ(67)が明かす、盟友・小泉今日子が差し伸べてくれた“幸運”「開店や移転直後に震災、コロナ禍。そんなとき助け舟が…」

  • 2026.4.22
左:近田春夫さん、右:安野ともこさん。

ミュージシャンとしてのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて親交を重ね、交遊してきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズ「おんな友達との会話」。

5人目のゲストは、安野ともこさん。小泉今日子さん、役所広司さんをはじめとする錚々たるビッグネームのスタイリストを務め、現在はジュエリーブランド「CASUCA(カスカ)」のディレクションを手がける彼女の幅広い活躍の軌跡を追う。


子育てはほとんどベビーシッター任せの多忙な日々

安野ともこさん。

近田 安野が、写真家の伊島薫君との間の子どもを出産したのは何歳の時?

安野 息子を生んだ時が36歳で、娘を生んだ時が38歳でした。

近田 じゃあ、相当多忙な時期だったんじゃない?

安野 ええ。働きづめでした。1990年代は、まだ歌番組も多かったし、私、何組ものアーティストのスタイリングを引き受けてたから、慌ただしかったです。

近田 そういうスケジュールって、何かと重なりがちだもんね。

安野 特に年末ともなると、紅白だカウントダウンだと、目まぐるしくって。時には、ある番組の現場で衣装の用意してるのが、みんなうちのアシスタントだったってこともあったぐらいです。

近田 じゃあ、すごい人数のアシスタントがいたってことだね。

安野 来る仕事は拒まずってタイプだったので、そうやって何とかしちゃってたんですよね。

近田 そういう時、お子さんはどうしてたの?

安野 だから、子どもたちは、ほとんどベビーシッターの人たちに育ててもらったみたいな感じですよ。

近田 そうかあ。忙しいお母さんってさ、収入のほとんどがベビーシッター代に消えていっちゃうって聞くよね。

安野 そして、春休みや夏休みになると、毎年、一番の古株のアシスタントが、その子の実家に連れて行ってくれたんです。

近田 子育てもアシストしてくれたんだ(笑)。

安野 だから、子どもたちにとってみれば、私や伊島の両親じゃなく、アシスタントの両親の方がおじいちゃんおばあちゃんみたいなもんで(笑)。

近田 そりゃそうなるよね。

ジュエリーブランドを立ち上げた理由とは?

安野 気の毒なことに、そのアシスタントは、実家の周りで「あそこのうちの子は未婚の母らしいよ」って噂されてたみたい(笑)。

近田 素直に状況だけ見ると、そう思われても仕方がない(笑)。

安野 彼女には心から感謝しています。

――ということで、うちの親子関係は、ちょっと親子って雰囲気じゃないんです。娘に「パパとママって、あなたにとってどんな存在だったの?」って聞くと、「パパとママと呼ばれる人がうちにはいたけど、どういう人たちなのか、ある程度大きくなるまではよく分からなかった」だって(笑)。

近田 「ある程度」って言い方に、妙な真実味があるよ(笑)。

多忙な日々を振り返る。

安野 何しろ、両親ともに、子どもたちが寝てから帰ってくるし、起きた時にはまだ寝てるしって具合で。

近田 まあ、周囲と比べたら、なかなか不思議な幼少期ではあるよね。そういう状況は、子どもたちが何歳になるぐらいまで続いたの?

安野 2人の子どもが両方成人する2017年ぐらいまでは、そんな日々が続いていたような感覚があります。ちなみに、息子の伊島空も娘の伊島青も、現在、ともに俳優として活動しているんです。

近田 スタイリスト業の傍ら、安野は、2007年にジュエリーブランドの「CASUCA」を立ち上げるわけだよね。

安野 ブランドを始めた時も、お店を出した時も、素人なのに無謀だって反対されたんですよ。

近田 そもそも、何でまたブランドをスタートしちゃったの?

安野 常々、自分が洋服を着る際、そこにちょっとあしらうジュエリーにこれっていうものがないなと思っていたんです。じゃあ、自分で作っちゃえばいいなと。それで、私なりにジュエリーをオーダーメイドしてみたんです。

自分用に作ったジュエリーが目に留まり…

近田 最初は、あくまでも自分用だったのね。

安野 それを着けて仕事先に行ってたりしたら、モデルさんや俳優さんの目に留まり、「どこで売ってるんですか? 私もそれ、欲しいんですけど」って。

近田 彼女たちのアンテナに引っかかるものがあったのね。

取材日にも素敵なジュエリーが。

安野 そうこうするうちに、うちでアシスタントをやってた子が、ドラマのスタイリングをやるんで、そこで、安野さんのジュエリーを着けましょうって言ってくれた。ブランド名を付けておけば、最後にクレジットが表示されるから、せっかくだから何か考えましょうよってことで、命名したのがCASUCAだったんです。

近田 その時は、ブランドの実体はなかったわけだ。

安野 ええ。シンプルながらキラキラと輝くそのアクセサリーが、映像ではとても印象に残ったらしく、CASUCAというブランド名の検索数が一気に増えたんです。最初に世に出るきっかけになったのは、ドラマ「ホタルノヒカリ」で綾瀬はるかさんが着けてくださって……。

近田 テレビって、やっぱり影響力が強いんだね。

安野 ほかにも大勢の女優さんが着けてくださいました。それも、私がスタイリングをしたわけではなく、偶然に。「CASUCA」は名前の通り、本当に"微か"なジュエリーなんですが、多くの方に育てていただきました。

近田 ジュエリーのみならず、2016年からは、ランジェリーのブランド「AROMATIQUE|CASUCA」、その後は「CASUCA HADA」を展開するよね。

安野 それもまた、ジュエリーと同様、必要に迫られてみたいなところがあったんですよ。スタイリストとしての仕事の際、私がいろいろなことを考えて衣装を組み合わせても、レースの飾りの付いた下着なんかを着てこられちゃうと、それだけで表に響いてスタイリングが台無しになっちゃうケースが多くって。

近田 なるほど。そこで築き上げた世界観が崩されちゃうんだ。

安野 だから、シンプルで美しい下着は私が作らなくちゃいけないなって。それで、下着のブランドを始めました。

いくつものトラブルを乗り越えて

近田 でもさ、ここまで、ただ順調なだけじゃなかったんでしょ?

安野 よくご存じで。目黒の権之助坂の近くに最初の実店舗をオープンしたのは2011年の1月だったんですが、その直後、3月に東日本大震災が起きました。

近田 そりゃあ大変だっただろうね。ジュエリーみたいないわゆる贅沢品を買おうっていうムードじゃなかったもんね。

安野 その後、2018年に店舗を表参道に移転し、何とか軌道に乗ることができたんです。その勢いで東京駅前の新丸ビルに出店しませんかという誘いがあり、「えいっ」とお店を出したら、2、3カ月後にコロナ禍が始まっちゃった。

近田 ということは、2019年の話だね。

安野 しかも、東京において、その最初期にコロナの感染者が確認された商業施設のひとつが、当の新丸ビルだったんですよ。新丸ビルどころか、丸の内そのものに人がまったく寄り付かなくなっちゃった。

安野さんのジェットコースター人生。

近田 うわあ、運に恵まれないねえ。

安野 新しいことを始めて少し上手くいくと、ガッと奈落に落とされる。私の人生、その連続ですよ。

近田 コロナの後は?

安野 お店にはお客様のご来店が一向に回復せず、苦戦が続きました。ECサイトもハッキングに遭ったりして、かなり厳しい状況が続きましたね。

近田 一難去ってまた一難って感じだね。

対談は、「CASUCA HISTORIA」にて行われた。

安野 そんなこともあって、とにかく、こういうリスクに備える保険に関しては、一番補償額の大きい商品に加入しておいた方がいい。変にケチっちゃダメ。必要経費なんだから、そこはお金を惜しんじゃいけないってことが分かりました。

近田 勉強になるねえ。安野が池袋西武で果物をぶら下げて踊ってた頃は、50年近く後にこんな話をすることになるとは夢にも思ってなかったよ(笑)。

安野 私も成長したんですよ(笑)。

2人とも「お金のことはからきし」

近田 そんな風に、安野が大変な時、夫である伊島君は何か精神的にフォローしてくれたりするわけ?

安野 伊島は、いつも変わらないんですよ。そのあたりは、夫婦とはいえそれぞれで。

近田 作風と一緒で、クールなのね。

安野 ただ、ジュエリーの商品写真とか、社長としての私のポートレートとかは、撮ってくれてます。それに、私があまりにも数字に疎いので、そこは助けてくれてます。あ、なんだか全てですね(笑)。

「勉強になるなあ」と近田さん。

近田 旦那さんは、そういう実務的なセンスを持ち合わせてるの?

安野 意外なことに、その手の能力がある。実は、伊島家は、税理士や会計士の家系なんですよ。伊島本人だけが異端の存在で写真家になりましたが、それ以外は、父、弟、甥っ子に至るまでみんなそっち系。うちの会社の税理士は、伊島の弟が務めてくれているんです。

近田 堅実な家系なんだね。そういや、俺の父方の祖父も、四谷の大京町で会計事務所を営んでいて、新宿末廣亭の財務を任されたりしてたんだよね。

安野 近田さんのイメージからすると、ちょっと意外ですね。

近田 俺、昔、信頼してたマネージャーに結構な額を横領されたこともあるぐらいで、金の管理はからっきし苦手だからねえ(笑)。

安野 私、あんまりお金を持っちゃいけないように運命づけられているのかなと思います。有頂天にならないよう、神様がちゃんとコントロールしてくれてるのかなって。

またもキーパーソンはあの人!

ピアスもCASUCA。

近田 安野のブランドは、その後、どうなったわけ?

安野 表参道のショップから、実はずっと思い描いていた小さな洋館にめぐり逢い、引っ越しました。ただ、目黒の大鳥神社近くと、都心から離れたこともあり、お客様がさらに減っちゃうかなあと思っていたら、そういうタイミングで決まって助け船がやってくるんですよ。

近田 おっ、どんな船が寄港したの?

安野 小泉(今日子)さんが、2025年のドラマ「続・続・最後から二番目の恋」でCASUCAのジュエリーを着けてくれたことで、そのストーリー性から共感する皆様に大ヒットして。

近田 またキョンちゃんだ! 折々で、何かと支えになってくれるねえ。

小泉今日子さんがドラマで着用し、話題になったCASUCAのtovera 1 point stoneネックレス。

安野 実はもともと、2012年の「最後から二番目の恋」でも、小泉さんはCASUCAのジュエリーを着けてくれてたんですよ。それは、私がスタイリングしたわけじゃなく、番組の持ち道具の方がたまたま手配してくださったものでした。

近田 偶然ってあるものだねえ。

安野 それに続き、2014年の「続・最後から二番目の恋」でも着用してくれて、知名度が一気に上がったんです。とても嬉しかったですね。自分の作るものを好きになってくださるお客様は私にとって宝物ですから。ECサイトもハッキングの件で顧客リストを破棄しなければならなかった時は、本当に断腸の思いを味わいました。

近田 せっかくの蓄積がゼロになっちゃうわけだもんね。

安野 意気消沈していたそんな時期に、あのドラマの第3弾が始まるという話を小泉さんが知らせてくれて。

近田 チャンスが巡ってきたわけだ。

安野 小泉さんだけではなくて、今までたくさんの方がドラマで着けてくださって。原田知世さん、満島ひかりさん、他にも次々とお問い合わせをいただいていました。

近田 すごいことだよね。

安野 CASUCAのジュエリーはすごく小さいんだけれど、チェーンがキラキラ輝くように工夫していて、それがドラマなどの動画だと目立つのかもしれません。

CASUCAのテーマは「傷の輝き」

安野 小泉さんは、「前作で使っていたネックレスに重ね着けできるようなアイテムを作ったら、以前のものを持っているお客さんも嬉しくなるだろうし、持っていないお客さんなら、両方着けてみたくなるんじゃない?」って。

近田 キョンちゃん、商売上手だねえ!

安野 そう、自分でもそう言ってる(笑)。根っからのプロデューサー体質なんですよ。フジテレビと一緒にこのジュエリーを盛り上げようってことで、テレビ局の公式オンラインショップでも取り扱うようにしてくれました。彼女には、少しでも番組制作にみんなが参加するような感じがいいのではっていう気持ちがあったんでしょう。そうやって、関係者みんなが幸せを感じるように取り計らってくれる。

近田 俳優の枠を超えてるよね。

安野 すごいでしょ! この恩は、絶対に忘れません。

近田 CASUCAというブランドには、何かコンセプトのようなものってあるの?

安野 「傷の輝き」。新品の美しさよりも、傷を負って輝くものの美しさ、そのことで人にも優しくなれる。そんな思い、大事にしたい。だから、CASUCAのジュエリーには、ちょっとタッチを加えたりしてるんですよ。

実は、名前を探しているときに、「CASUCA」というスペイン語に巡りあったんです。それが「あばら家」という意味で。そういえば、あばら家といえば子どもの頃に宝物を隠していた場所だなって。私の思い描く「傷に輝きに」ぴったりだと思って名付けました。

「CASUCA HISTORIA」の入る洋館は、登録有形文化財。

近田 こうやって話を聞いてみると、安野もいろいろと傷を負ってるもんね(笑)。

安野 ここのところ、ピカピカした若い子の肌よりも、年季の入った肌の方に、だんだん魅力を感じるようになってきて。

近田 分かるよ。そっちの方がエロティックだもん。人生経験を積んだ人の方が、色気があることは確かだよ。

安野 自然なエイジングに価値を見出す。日本の文化もそんな風に変わってくれればいいのになと祈っています。

安野ともこ(やすの・ともこ)

1959年、埼玉県生まれ。高校卒業後、西武百貨店勤務を経て、こぐれひでこ氏が主宰するアパレルブランド「2CV」に入社。同社解散後、モデルやシンガーとして活動。以降、フリーのコラムニスト、ライター、プランナーなどを務め、小泉今日子との出会いをきっかけに、スタイリストに転身する。1994年には、スタイリスト事務所「CORAZON」を設立し、衣装デザインにも進出する。2007年、ジュエリーブランド「CASUCA」を立ち上げ、現在、目黒で実店舗「CASUCA HISTORIA」を展開。6月7日(日)から上演される「PARCO PRODUCE 2026 カッコーの巣の上で」では衣装を担当。
Instagram @yasunotomoko

近田春夫(ちかだ・はるお)

1951年東京都世田谷区出身。慶應義塾大学文学部中退。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、ロック、ヒップホップ、トランスなど、最先端のジャンルで創作を続ける。文筆家としては、「週刊文春」誌上でJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたって連載した。著書に、『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。最新刊は、半世紀を超えるキャリアを総覧する『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)。
X @ChikadaHaruo

文=下井草 秀
写真=平松市聖

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