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『卑劣な街』から『モガディシュ』『HUMINT/ヒューミント』まで。“物語の見届け役”が似合う俳優チョ・インソンの軌跡

  • 2026.4.26

まさか、あのチョ・インソンが“韓国映画界きっての活劇派”リュ・スンワン監督作品の常連俳優になるとは思わなかった。先頃、Netflixで公開されたばかりの『HUMINT/ヒューミント』(26)は、両者のコンビ3作目。ロシアで諜報活動を行う工作員たちの死闘を描いた硬派なアクションスリラーで、スンワン作品としては『ベルリンファイル』(13)の姉妹編にあたるような一作だ。主演のインソンは、かつて異国で協力者の命を救えなかった悔恨を背負うエージェントを演じ、北朝鮮からウラジオストクへ新たにやってきたパク・ジョンミン扮する敵国の諜報員と火花を散らしながら、最終的には共闘することになる。

【写真を見る】『HUMINT/ヒューミント』で国家情報院のブラックエージェントを演じるチョ・インソンの魅力を深堀り!

【写真を見る】『HUMINT/ヒューミント』で国家情報院のブラックエージェントを演じるチョ・インソンの魅力を深堀り! [c]2026 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
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この監督&主演コンビが最初に組んだのが、『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)。続く2作目が『密輸 1970』(23)。つまり、まだ5年ほどしか経っていない。そんな短期間でこれだけの成果を叩きだしてしまうのだから、相性のよさは想像以上だったと言えよう。ちなみに2人は同じソウル特別市カンドン(江東)区出身なのだという。

果敢にさまざまなジャンルに挑み、キャリアを重ねていく

ここで改めて俳優チョ・インソンのキャリアを振り返ってみよう。1981年7月28日生まれの彼は、1998年に広告モデルでデビュー。身長187cmという長身とスタイルのよさ、端正な顔立ちで注目を集め、1999年にドラマ「学校」シリーズで俳優デビュー。翌2000年にはスター養成番組とも言われたシットコム「ニューノンストップ」で人気を獲得。その後も多彩な作品に出演し、2004年の連続ドラマ「バリでの出来事」で大ブレイクを果たした…というのがキャリア初期の大まかな流れ。映画デビューは香港の鬼才フルーツ・チャン監督の異色作『トイレ、どこですか?』(02)で、この頃から意欲的なキャリアの重ね方を選んでいる存在ではあった。

汚れ役を演じ、これまでのイメージを払拭した『卑劣な街』 [c]Everett Collection/AFLO
汚れ役を演じ、これまでのイメージを払拭した『卑劣な街』 [c]Everett Collection/AFLO

韓国映画ファンにチョ・インソンの名が広く知られたのは、やはり『ラブストーリー』(03)と『卑劣な街』(06)の2作だろう。前者では、あくまで主演のソン・イェジンのサポートロールに徹した(それも彼の大事な個性なのだが、詳しくは後述)のに対し、後者の『卑劣な街』はまさしく「堂々の主演作」。それまでのさわやかなハンサム青年や、ロマンスドラマの主人公といったイメージを覆し、暴力と欲望まみれの世界に生きる暴力団の若きナンバー2を熱演した。

『マルチュク青春通り』(04)でクォン・サンウをバイオレンス青春ドラマに引き込んだユ・ハ監督のもとで見せた新境地だったが、正直もう少し年輪を重ねてから挑んだほうがよかったような役柄ではあった。しかし、役者として幅を広げたい貪欲さは十二分に感じさせた。ユ・ハ監督とは、続く時代劇『霜花店(サンファジョム) 運命、その愛』(08)でも組み、互いに新たなジャンルに踏み込んでいる。

除隊後はより厚みのある演技を見せる俳優へと成長していく

そして、2009年4月からは兵役のため芸能界を離れ、2011年5月に除隊。復帰後は、日本のドラマ「愛なんていらねえよ、夏」をリメイクしたラブストーリー「その冬、風が吹く」、同じメインスタッフと組んだ「大丈夫、愛だ」に主演し、より円熟味を増した演技を披露した。

「大丈夫、愛だ」では、魅力的で完璧すぎるベストセラー作家、ジェヨルを好演 [c]Everett Collection/AFLO
「大丈夫、愛だ」では、魅力的で完璧すぎるベストセラー作家、ジェヨルを好演 [c]Everett Collection/AFLO

心に傷を抱える人気流行作家に扮した「大丈夫、愛だ」は、俳優チョ・インソンの成熟を示した名作として評価が高い。第1話冒頭でいきなり『息もできない』(08)のヤン・イクチュン演じる兄に襲撃される展開も衝撃的だが、相手役の精神科医を演じた人気女優コン・ヒョジンとの互いに競い合うようなケミストリーで物語を牽引。シェアハウスを舞台にしたロマンティックコメディの体裁をとりながら、誰もが抱える心の問題に正面から取り組んだ野心作として、彼の代表作のひとつとなった。

映画俳優としても快進撃は続き、政界の裏側で暗躍する悪徳検事たちの姿を描いた社会派ドラマ『ザ・キング』(17)では、チョン・ウソンとダブル主演。約30年にわたる激動のドラマのなかで、チョ・インソンは悪に染まっていく主人公のグラデーションを見事に体現。番長上がりの喧嘩っ早さと、エリートらしい知性と清潔感を違和感なく同居させる個性は、その後の作品でも随所に活かされていく。

民を守るため、無謀な勝負に挑んだ実在の武将を演じた『安市城 グレート・バトル』 [c]Everett Collection/AFLO
民を守るため、無謀な勝負に挑んだ実在の武将を演じた『安市城 グレート・バトル』 [c]Everett Collection/AFLO

朝鮮版「バーフバリ」とも言うべき大スケールの戦闘シーンが展開する時代劇大作『安市城 グレート・バトル』(18)では、唐の大軍勢に命がけで抵抗する高句麗人の城主を熱演。5000人対20万人という圧倒的兵力差がありながら、知恵と勇気と信望の厚さで危機を乗り越えていく知将を人間味豊かに演じ、ともすれば大味になりそうな作品にエモーショナルな奥行きを与えた。

『HUMINT/ヒューミント』でもタッグを組むリュ・スンワン監督との出会い

そしてコロナ禍を経て、リュ・スンワン監督とのコンビ第1作『モガディシュ 脱出までの14日間』に至る。1990年のソマリア内戦を背景に、韓国と北朝鮮の大使館員たちが首都モガディシュから決死の脱出を図る実録アクションドラマにおいて、チョ・インソンは韓国大使館の参事官役を力演。北朝鮮の参事官に扮したク・ギョファンと肉弾戦を繰り広げ、さらに壮絶なカーアクションにも挑むなど、アクション俳優としての力量も見せつけた。

続く『密輸 1970』でも、チョ・インソンは密輸ビジネスの元締めに扮し、見ごたえある対集団戦アクションを披露。長い手足で繰り出すダイナミックなアクションで、リュ・スンワン作品の新たな看板スターの座に躍り出た。

実は『モガディシュ 脱出までの14日間』、『密輸 1970』ともに、キャストのビリングとしては「二番手」に回っているのだが、そこにこそ俳優チョ・インソンの美意識が表れているのではないか。前者ではキム・ユンソク、後者ではキム・ヘスに花を持たせ、後輩俳優らしい奥ゆかしさを感じさせつつ、むしろ「自分は二番手のほうが輝く」と見切ったうえでの立ち回りにも思える。それは今回の『HUMINT/ヒューミント』でもひしひしと感じることだ。

ドラマを推進する主軸となるのは、北朝鮮の保衛局員パク(パク・ジョンミン)と、ロシアでエスコートサービスに従事する女性ソンファ(シン・セギョン)の悲恋のドラマだ。主演俳優たるインソンはハードボイルドな佇まいで、彼らを監視しつつ運命を左右する「第三者」のポジションを最後まで守りきる。

たとえば『ブレードランナー』(82)のハリソン・フォードがそうだったように、往年の探偵ノワールやアクション活劇の主人公と同じく、チョ・インソンにも「物語の見届け役」がよく似合う。『HUMINT/ヒューミント』は、ジャンル映画の粋を知り尽くしたスンワン監督なりの、俳優インソンの最良の活かし方を感じる逸品だ。

スリリングなアクションと重厚なドラマが展開する『HUMINT/ヒューミント』 [c]2026 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
スリリングなアクションと重厚なドラマが展開する『HUMINT/ヒューミント』 [c]2026 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.

アクション俳優としての惚れ込みっぷりも過去最高であろう。物語上、全体的にはやや地味な展開が多いものの、主人公たちが人身売買組織の敵陣に殴り込むクライマックスは見ごたえ満点。インソンとジョンミンとパク・ヘジュンが、あんなにも見事な『レザボア・ドッグス』(91)のオマージュを見せてくれるとは!

なお、チョ・インソンの次回作は、やはりNetflixで公開予定の『Possible Love(英題)』。なんと巨匠イ・チャンドンの最新作で、チョン・ドヨンやソル・ギョング、チョ・ヨジョンといった名優陣と肩を並べる。『HUMINT/ヒューミント』に続き、チョ・インソンの役者としての野心をこれでもかと堪能できる年になりそうだ。

文/岡本敦史

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