1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「エヴァ」に影響を与えた、村上龍『愛と幻想のファシズム』を今読むべき理由。「わかりやすい強さ」にすがる、SNS社会の怖さとは【書評】

「エヴァ」に影響を与えた、村上龍『愛と幻想のファシズム』を今読むべき理由。「わかりやすい強さ」にすがる、SNS社会の怖さとは【書評】

  • 2026.4.18
愛と幻想のファシズム(上) 村上龍 / 講談社
愛と幻想のファシズム(上) 村上龍 / 講談社

この記事の画像を見る

物価高、上がらない実質賃金、円安。そしてウクライナや中東情勢の緊迫化と、それによる資源価格の急上昇や供給不安。世界はただならぬ閉塞感に覆われている。そんな状況下で人々は、分かりやすいポピュリズム(大衆迎合主義)を引っ提げてリーダーシップを発揮してくれる存在を求めがちだ。

村上龍『愛と幻想のファシズム』(講談社)は、40年も前に書かれた作品にもかかわらず、今の日本の状況とリンクする。40年を経てもなお、社会は停滞したままなのか。

村上龍デビュー50周年特設サイトはこちら
村上龍デビュー50周年特設サイトはこちら

本作の舞台は1990年前後の日本。カナダでハンターとして過ごしていた主人公・トウジは、インディーズ映画監督・ゼロとの出会いをきっかけに、日本に帰国し政治結社「狩猟社」を結成。独裁者としての頭角を現していく(余談だが、この2人は「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する碇シンジのクラスメイト、鈴原トウジと相田ケンスケのモデルでもある)。

インフレや資源危機によって日本のみならず世界が経済混乱に陥る中、狩猟社はトウジを「カリスマ」として中心に据え、メディアを大々的に駆使した戦略で大衆を熱狂させ、膨大な支持者を獲得し、日本の権力の中枢にまで上り詰めていく。

狩猟社のリーダー、トウジが唱えるのは「強者の論理」だ。〈世界は強い人間達のものだ。団結しなければならない〉と説き、弱者を救うなどという〈幻想〉を捨て、強い者だけが生き残る社会を目指そうとする。挙げ句の果てには、体の弱い者が救われてしまうからという理由で、医学の進歩まで否定しようとする。

明らかにトンデモな考え方だが、トウジをはじめ狩猟社のメンバーは、インパクトの強さと主張の分かりやすさで「この人たちなら何か成し遂げてくれそう」「今の停滞した社会に風穴をブチ開けてくれそう」と大衆を期待させ、巧みに誘導していく。メディアをジャックし、既存の政治家を「何も改善してくれなかった無能な老人たち」と設定し、徹底的に非難。仮想敵を作って倒す図式を見せることで、大衆に「狩猟社を支持すれば世界が変わる」と思わせることに成功。恐ろしいスピードで支持者を増やしていく。今のネットやSNSを見ても同様のことが起きているのでは…と絶妙にリンクする流れに背筋がゾクッとなる。

狩猟社はさらに、ファシズムを実行するために手段を選ばない。暴力、テロ、薬、ハッキングなど何でもござれの強引さで組織を巨大化。その描かれ方はどこか劇画調で、次々起こる予測不能な出来事が読者の興味を引きつけて離さない。物語は経済、政治、国際情勢をめぐって巨大なスケールに膨らんでいく。

割とえげつないやり方で組織を巨大化し、世界を巻き込んでいく狩猟社だが、その未来に大きく影響するのが、トウジとゼロの個人的な関係というのも面白い。肉体的で激情型の強さを持つトウジと、頭脳派で思慮深く冷徹なゼロ。対照的な2人は、互いに持たざるものを補い合う共依存の関係にはまっていく。その関係が、膨らみすぎた「狩猟者」の未来も変えていく。

先行き不透明な日々の中で、メディアやSNSにはびこる「分かりやすい強さ」にすがるだけでいいのか。そのファシズムに従っていいのか。いま一度、しっかり地に足を着けて考えさせてくれる、そんな物語だ。

文=林亮子

村上龍デビュー50周年特設サイトはこちら
村上龍デビュー50周年特設サイトはこちら
元記事で読む
の記事をもっとみる