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レースクイーンから福祉起業家へ。華やかなキャリアを経て、「やってみる」を選び続けた人生

  • 2026.4.6

 

GLAMのインタビュー企画では、肩書きや華やかな経歴だけでは見えてこない、その人自身の「選び方」や「生き方」に光を当てています。

今回お話を伺ったのは、元レースクイーンとして活動したのち、現在は福祉起業家として障害者の就労支援や子ども支援に取り組む要さえこさん

華やかな世界から福祉の現場へと進んだ理由、そして母となった今たどり着いた価値観とは――。その歩みを通して、「やってみる」を選び続けてきた人生を伺いました。

 

レースクイーンとして華やかな世界にいた女性が、福祉の現場へ。コロナ禍をきっかけにキャリアを大きく転換し、現在は障害者の就労支援や子ども支援に取り組む要さえこさん。

「大きくなって息子がスカートを穿きたいと言えば、穿いていい」……。そう語る彼女の言葉には、さまざまな経験を経てたどり着いた、揺るぎない価値観がにじんでいました。

 

 

プロフィール

名前:要(かなめ)さえこ
職業:福祉起業家
出身地:鹿児島県奄美大島
172cmの長身を活かし、レースクイーンやモデルとして活躍。その後、福祉の世界へ転身。
現在は東京都江戸川区および千葉県船橋市で就労継続支援事業所2社を運営。
さらにNPO法人代表として、子どもへの無料学習支援や「こども食堂」の運営など、多角的に地域福祉を支えている。
SNS・リンク:Instagram X TikTok 事業所HP

レースクイーンやモデル時代を振り返って、幸せでしたか?

 

「モデルの仕事は服をきれいに見せる、いわばマネキンの役割。レースクイーンでパラソルを持っていたのも、あれは自分が目立つためじゃなく、ドライバーを日光から守るよう差し出す役目なんです。私はいつも、『おまけ』という立ち位置でした」

かつてはモデルや、サーキットで人気を集めた日々を、要さえこさんは謙虚に振り返ります。

 

「社会的信用がないからローンも組めませんでしたし、いつ仕事が来なくなるかもわからない。20代のうちは日々必死で、金銭面でも常に不安がありました。年齢を重ねるうちに、仕事の幅も狭まってきます。それでも、周りの事務所スタッフさんたちやファンの人たちに支えられて、幸せでしたけどね」

 

172cmの長身で抜群のプロポーション。圧倒的なオーラを放つ彼女ですが、いざ会話が始まると、まるで少女のようなあどけない「あはっ」「うふふ」という軽やかな笑い声をこぼし、目を三日月形に細めます。

その柔らかな空気感は、現在彼女が手がけている福祉の現場でも、きっと活かされているのでしょう。

そんな要さえこさんが、一見華やかそうに見える業界から福祉事業にシフトチェンジしたのは、拍子抜けするほどシンプルな理由からでした。

 

福祉事業へと舵を切った理由はどんなことでしょうか?

 

福祉の世界に飛び込んだきっかけは、意外にも「手伝ってほしいと頼まれ、やってみた」ということだったと要さえこさんは微笑みます。

「2020年の春ごろからコロナが流行り始め、オーディションが全部なくなってしまって。今後どうしようと考えていたときに、夫と夫の友人から誘われて、福祉の仕事に関わるようになったんです。まずはやってみて、無理だったらやめようと思っていました」

彼女は、どこまでも穏やかに語ってくれました。

 

「利用者さんそれぞれの体力やメンタル面に合わせて、袋詰めや荷物の箱詰め、アクセサリー製作などの軽作業、清掃作業などをしてもらってます。振り返ってみるとレースクイーン時代も、今の福祉の仕事につながっているのかも。人と向き合うという意味では、やっていることはあまり変わらない気がします」

もともと、特に福祉を志していたわけではありませんでした。けれど故郷の奄美大島を離れて東京で暮らすうちに、家庭の事情で勉強をするチャンスに恵まれない子どもたちがいることを知ります。

 

「私は子どものころ、ありがたいことに食べたいものは食べさせてもらえましたし、行きたい学校にも行かせてもらいました。留学まではできませんでしたけど(笑)。でも世の中には、貧困などの理由によって、そんなことを言える環境にない子どもも存在しているんですよね」

その気づきが、子どもの無料学習支援やこども食堂の活動へとつながっていきました。

 

「障害とまではいかない、いわゆる『グレーゾーン』の子どもがいるじゃないですか。そういう子どもたちも、小さなうちから家族以外の大人と関わる機会が増えることで、少しずつ落ち着いていくこともあるのではないかと感じています。もちろん、まだ実際にそこまでの結果を見いだせているわけではないですけど」

彼女は、熱心に言葉を続けます。

「ただ、私自身も一児の母となった今、子どもがいろいろな大人に見守られながら成長していける環境って、とても大事なんじゃないかなって。一人ひとりの個性を大切にできたらいいなと思っています。大それたことをしているつもりはありませんが(笑)」

 

子どもたちの持つ可能性や、将来就ける職業までを見据えていきたいと考えているそうです。

 

ご自身の子どもを望み、不妊治療にも取り組んでいたそうですね。

 

不妊治療をしている最中は周りの人にも、親御さんにさえ話していなかったそうです。

「変に気を遣わせたくなくて。無事に妊娠でき、安定期に入ったら伝えようかなと思っていました」

治療中は、街で妊婦さんやベビーカーに乗った赤ちゃんを見かけると、複雑な気持ちになる人も少なくはないでしょう。

しかし要さえこさんは「いえ。見ても、特に……」と、少し首を傾げて微笑みます。

嫉妬や焦りといった感情とは、どこか無縁のようにも見えました。

 

それは強がりではなく、彼女の芯にある静かな確かさから来るものなのかもしれません。

「チャレンジする回数を夫婦で決めていて、それでダメだったら治療をやめようと話し合っていたので、あまり悩みませんでした。結果的に、不妊治療を始めて2年弱くらいで授かれましたけど」

続けて、彼女は自然なトーンで驚くようなことを口にします。

「夫とは、どうしてもできなかったら、里親制度や特別養子縁組で子どもを迎える選択もあるよねと話してたんです」

血縁を超えてまで子どもを持つことに、特別な思い入れがあったのでしょうか。

「自分も親になってみたい、そんな思いが自然とありました。それから、夫の親に孫を見せてあげたいという気持ちも持っていたのかなと」

不妊治療の話をするときも、彼女の目はずっと三日月形のままでした。

 

出産後1年でMrs.SDGsコンテストに挑戦。その理由とは?

 

要さえこさんが2025年に出場し、見事TOKYOグランプリに選ばれた『Mrs.SDGsコンテスト』。

 

産後の体作りは、並大抵の努力ではなかったはずです。

彼女を動かしたのは、「自分の美しさ」への執着からではありませんでした。

 

「SDGsを掲げない、ただのミセスコンなら出場していません。Mrs.SDGsコンテストに出て、障害を持つ人たちに『就労継続支援という働き方がある』ということを、広く知ってもらいたかったんです。そのための挑戦でした」

そのまなざしは、経営する事業所の利用者一人ひとりにも向けられています。

 

驚いたのは、彼女が口にした「利用者さんには早い段階で、うちを卒業して出て行ってほしい」という言葉。

「イヤだから追い出したいという意味じゃないですよ(笑)。一般企業に障害者雇用で採用されて自立できれば、その人の人生の可能性はもっと広がりますから。もちろん、この利用者さんにはまだ難しいと判断すれば止めますが、就職ができそうなら応援したい

 

社会人経験は少ないと謙遜しますが、何百回何千回とオーディションを受けてきた経験は、今、利用者への面接指導という形で活かされています。

「こう受け答えすれば、面接相手への印象が良くなるよ」といった、実体験に基づいたアドバイス。

かつてスポットライトを浴びた技術を、今では誰かの自立を助けるための武器として、惜しみなく伝授しているのです。

 

将来、息子さんにどんなふうに育ってほしいですか?

 

「息子本人がやりたがることを、私は全力でバックアップします。やりたいと望むことにはチャレンジさせてあげたいです。金銭面でなにかを我慢させるようなことはしたくない。そのためにも、とにかく仕事を頑張らなくっちゃ(笑)」

取材の終盤、話題が一歳半の息子さんのことに移ると、要さえこさんの表情がさらに柔らかくなりました。

 

「事業所の利用者さんの中にはLGBTQの人もいて、そういう話題になることがあるんです。『もし子どもがLGBTQになったらどうする?』って」

彼女は続けて言います。

「本人しだいなので、私は別にかまいません。息子が大きくなって、スカートを穿きたいと言えばそれでいいです。ネイルがしたいとか、メイクしたいって言っても、とことん付き合おうと思ってます」

 

まるで未来の息子さんの姿を思い描いているように、とても楽しそうにスカートを穿くような仕草や、ネイルを塗るジェスチャーを交えながら朗らかに話してくれました。

「もしパートナーとして、男の子を紹介されたら?」と聞くと、彼女はさらりと答えます。

「男の子でも女の子でも、どちらでも。ただ、息子を幸せにしてくれる、しっかりした性格の相手だったら嬉しいですね。息子にはいろんな選択肢を与えたいです」

 

思わず、質問したこちらの背筋が伸びるような気持ちになりました。

押しつけがましさも、気負いもない。

ただ、我が子が未来で選ぶ道をまるごと受け入れる準備がすでにできている、まっすぐでパワフルな母の姿がそこにありました。

 

今、人生の選択に迷っている女性へメッセージをお願いします。

「やってみたいなと迷うことがあったら、あきらめずにぜひチャレンジしてみてほしいです。私自身もそうですが、迷ったらまずは一度やってみるタイプです。年齢は何歳でも関係ありません。『あのときやっておけばよかった』という後悔が、いちばんもったいないです」

思案しつつ、言葉を選ぶようにゆっくりと話します。

「もう一つ、女性が少しでも自分自身のお金を持つことって大切だなと。自分で自由に使えるお金があったり、将来のために少しずつ備えられたりするだけで、気持ちの持ちようが違ってくると思うんです」

 

将来を見据えて20代後半から投資を始めたという彼女は、こんな言葉もくれました。

「最近は投資やお金の知識も身近になってきていますし、世の中の女性やママたちの金融リテラシーがもっと高まっていったらいいなと願っています」

そう語る要さえこさんの三日月のように細くなるその目は、私たちの背中を優しくそっと押してくれるようでした。

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