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なぜかこの一文だけが流暢——トキの「I want to be with you」が胸に響いた【ばけばけ】第22週

  • 2026.3.9

なぜかこの一文だけが流暢——トキの「I want to be with you」が胸に響いた【ばけばけ】第22週

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。『怪談』でおなじみ小泉八雲と、その妻 小泉節子をモデルとする物語。「ばけばけ」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

ヘブンは単身でのフィリピン行きを考え始める

日本に伝承される怪談をもとにした作品を発表したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と、その妻・小泉セツをヒロインとする髙石あかり主演のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の第22週「アタラシ、ノ、ジンセイ。」が放送された。

「アタラシ、ノ、ジンセイ。」、つまり〝新しい人生〟とは何を指すのか。本作ではサブタイトルが複数のエピソードと重なり合うような内容となることがこれまでにも何度となくあった。

新しい人生。ひとつは、前週より少しずつ描写されてきた、トキの妊娠である。ヘブン(トミー・バストウ)の「リテラシーアシスタント」として英語の勉強をするトキだが、どうしようもない眠気におそわれたり、食欲がなくなったりする。

これはトキが新しい生命を授かったという、視聴者的にはわかりやすい「記号」のような演出ではあるが、トキ本人ばかりでなく、そういえばトキの母のフミ(池脇千鶴)はトキを養子に迎えており自身は出産の経験がなく、夫の司之介(岡部たかし)ともどもその変化に気がつかないのは納得の描写であるとともに気づかないままで母子ともに大丈夫かと少し心配もしてしまう。

肝心の英語の勉強も、ヘブンから熱心な指導を受けるものの、まともに学校で教育を受けることがかなわなかったトキにとってはなかなか険しい道のりである。松江時代に物珍しさから「マイ・ネーム・イズ・トキ」だけで「おーーーー!」と街の人々に喝采されたレベルとヘブンのリテラシーアシスタントとして必要十分な英語のレベルは天と地ほどの差があることは明らかだ。

トキは、同じように外国人で熊本第五高等中学校の英語教師・ロバート(ジョー・トレメイン)の妻であるラン(蓮佛美沙子)からアドバイスを受け、英語の発音をノートに書きとめる方法でなんとかトキなりの学習をすすめていく。

いっぽうヘブンにも、「アタラシ、ノ、ジンセイ。」の機会が訪れた。ヘブンのアメリカでの同僚であり深い親交のあったイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)から破格の条件での『フィリピン滞在記』の執筆を打診する手紙が届く。これをロバートに相談したところ、日本ではもう書くものがみつからないのではと、フィリピンへの渡航に賛成する。ヘブンの思いはフィリピンへと大きく傾いていく。

余談ではあるが、お昼の再放送枠でシャーロット・ケイト・フォックスがヒロインをつとめる『マッサン』が再放送中だが、不思議とヒロインのエリーがどこかイライザの知らない日本での一面が描かれているような錯覚もついおぼえてしまいそうになるのが面白い。

ヘブンがトキに英語を教えていたのは、他の国へトキと一緒に渡航することを考えていたからである。ヘブンは単身でのフィリピン行きを考え始める。そして、いったん英語の勉強を終わりにしようと提案する。

ヘブンのフィリピン行きを、「聞いたわよ。旦那様、フィリピンで暮らして滞在記書くらしいじゃない?」と、ランの口から知らされるトキ。ランが言うには、西洋人はみな日本を去るときには妻と別れて一人で行くと聞かされ混乱する。混乱の中での帰り道、路上でふらついたトキを発見した丈(杉田雷麟)と正木(日高由起刀)によって病院に運ばれたところ、トキの妊娠が発覚する。

「ニホン、イマス。ズットイマス!」

司之介やフミ、女中のクマ(夏目透羽)に丈と正木もみんなで大喜びだ。しかし肝心のトキだけは喜びの中複雑な表情をみせる。『フィリピン滞在記』という大きなチャンスが訪れたヘブンが、懐妊を知るとトキのために諦めて日本に残ってしまうのではないか、引き止めてしまうことになるのではないかと。「I want to be with you」――トキがなぜかこれだけは流暢に話せる一文がせつなく響く。

ヘブンは単身でのフィリピン行きを決意、それを二人での散歩の際に伝えようとしたところ、トキが倒れてしまう。ヘブンはあわてて病院へと連れていこうとトキをおんぶするが、トキはすでに診察済みであること、そして大きな病ではなかったことを告げたことで、ヘブンが察する。
「アカチャン? アカンボウ?」

ヘブンの背中でトキが小さくうなずく。ヘブンはトキを背負ったまま大はしゃぎだ。そして、こう告げた。
「ニホン、イマス。ズットイマス!」

ある意味ではヘブンは個人的な夢を諦めるかたちになったと言えるのかもしれない。しかしそれを上回る幸せを選んだということだ。幼いころ父に捨てられ、欠落した「家族」という関係性を求めるところがある人物だということは、トキとの結婚の際にも示されてきた。ヘブンがそう選択したことも自然である。

展開がスローペースであることが指摘されたりもするが、それぞれの登場人物が抱く思いを丁寧に積み重ねていくこと、そこを大切にしている本作だからこそ、ヘブンがポジティブに家族を選択したことが強く伝わる。キャラクターづくりの妙や思い入れが感じられる描写である。

「I want to be with you」
ここでこの言葉をもう一度言い合うふたり。ヘブンとトキ(お腹の子も)、それぞれに訪れた「アタラシ、ノ、ジンセイ。」が、ここでひとつに交わった。家族での「アタラシ、ノ、ジンセイ。」があらためて始まったのである。

あっという間に半年が過ぎ、フミやクマが見守る中で無事トキは出産し、新たな家族が松野家にやってきた。

大喜びの一同の中、正木が気づいたのが、戸籍の問題だ。3人が同じ戸籍に入らないと「家族」にはなれないのではないかと。

ヘブンが求め続けた「家族」という関係性。正式にそれを手にいれるべく、どう動いていくのか。新たな生命が加わった「アタラシ、ノ、ジンセイ。」はどう転がっていくのか。次なる展開が気になるところだ。

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