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タクシーで乗車拒否された老婦人…行き先を尋ねると、秘められた『自分の食事くらいは自分で』という願いに涙。

  • 2026.3.1
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出典:photoAC ※画像はイメージです。

こんにちは。現役タクシードライバーのけんしろです。

ある日の午後、無線で呼び出しがありました。

「先ほど配車したのですが、行き先が分からず運転手が立ち去ってしまいました。再度行ってみてもらえますか」と言われ、出会った方とのエピソードをご紹介します。

ご婦人の行きたかった場所

ドラッグストアの駐車場には、80代と思われるご婦人が一人で立っておられました。

「どちらへ向かいますか?」と尋ねても、「おかずを買える所……近くのはずなんだけど」と言葉が詰まります。

「スーパーですか?」と聞いても「違うわ、チャなんとかだったのよ」と、目的地がはっきりしません。

前の運転手もお断りせざるを得なかったのでしょう。ただ、ご婦人にはどうしても行きたい場所があるようでした。

私は車を降り、周囲を見渡しました。

「ハンバーガーショップでしょうか?」と聞くと、「焼き魚を買って帰りたいの」という答え。

もう一度歩道へ出て探すと、おそらくここかな?という看板が目に留まりました。

そこは、好きなおかずを選んで食事ができるセルフ式の食堂です。

「あのお店ですか? 持ち帰りができるか聞いてみましょうか」 そう伝えた瞬間、ご婦人の顔がぱっと明るくなりました。

行き先が決まるだけで、これほど安心されるのかと驚きました。

ルールを超えて差し出した手

お店に着くと、「足が悪いの。店内まで付き添ってもらえないかしら」と言われました。

通常、運転手はお客様の体に触れることは避けますが、この時はそっと手を差し出しました。

「ゆっくり行きましょう」とつないだ手は小さく、温かみがありました。

店員さんに確認すると持ち帰り可能とのことだったので、一緒に焼き魚と惣菜を選び、車へ戻りました。

ご婦人の思い

車内でご婦人が「次はお酒を買いたいわ。あなたに任せるから」と言いました。

さっきまで行き先を言えずにいた方が、私を信頼して「任せる」と言ってくださる。その言葉の重さを静かに受け止めました。

その途中、ご婦人は家族の話をしてくれました。

息子夫婦との三人暮らしですが、足が悪くなってから家の中で肩身の狭い思いをされているようです。

「これからは、自分の食事くらいは自分でなんとかしたいのよ」 それは愚痴というよりも、一人の人間としての切実な願いのように聞こえました。

束の間の「夢の時間」

次の目的地で私が代わりにお酒を購入し、車内に戻るとご婦人がぽつりと言いました。 「夢の時間は過ぎるのが早いわね」

これは彼女にとって、誰の手も借りず自分の意思で動く「ささやかな自由の時間」だったのでしょう。

そう思うと、胸の奥が熱くなりました。

帰り道、ご婦人は迷うことなく自宅まで道案内をしてくれました。

「あなたに手紙を書きたいから、住所を教えて」と言われ、私はメモを渡しました。

玄関まで付き添い、扉が閉まる直前に見せた彼女の小さな笑顔が印象的でした。

結局、手紙が届くことはありませんでしたが、あの日交わしたやり取りは鮮明に残っています。

ドライバーとして預かった、一期一会の宝物

タクシーは人を運ぶ仕事ですが、時には誰かの「勇気」や「信頼」を預かることもあります。

あの日、私は単に焼き魚を運んだのではありません。

ひとりの女性の大切な「夢の時間」を、隣で支えていたのかもしれません。


ライター:けんしろ

現役タクシードライバー。
日々さまざまなお客様と向き合う。現場での経験をもとに、移動の裏側にある人間模様や、サービス業における対応力について発信。密室空間だからこそ見える感情の機微を大切に、実体験をもとにしたコラムを執筆している。


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