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難しいのに“何故か”気になる…不思議な物語に“魅了”される視聴者続出 NHK新ドラマ『地震のあとで』

  • 2025.4.8
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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

村上春樹が1995年の阪神・淡路大震災後に発表した連作短編群『神の子どもたちはみな踊る』を原作に、NHKが新たに挑んだドラマ『地震のあとで』。その第1話が届けるのは、直接的な被災体験ではなく、震災の「余波」によって少しずつ心の均衡を失っていく人々の物語だった。このレビューでは「震災を知らない側の痛み」「コンコンと音で確かめる喪失」「箱と身体、そして異界の比喩」という3つの観点から、第1話の奥行きに迫ってみたい。

何も壊れなかった街で、確実に壊れていくもの

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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

舞台は1995年1月の東京。主人公・小村(岡田将生)は、震災の報道に釘付けになる妻・未名(橋本愛)に突然去られ、釧路への旅に出る。彼がそこで出会うのは、どこか現実からズレた2人の女性と、自身の「中身」を見つめ直す時間だった

阪神・淡路大震災の報道を、まるで憑かれたように見つめ続けていた未名。画面の向こうに広がる惨状に対し、何もできない、何も起きていない東京の一室で、彼女は静かに自壊していく。そして、何の説明もなく「もう戻らない」という言葉だけを残して姿を消す。

小村にとって、それはあまりに唐突で、理由のわからない出来事だ。しかし、もしかすると彼女は「何もなかった」ことに耐えられなかったのかもしれない。街は壊れていない。でも、自分の内側には確かに何かが突き刺さっていた……そんな風に。

震災が直接の原因ではなくとも、大きな出来事が「傍観者」にも確実に爪痕を残すという事実。そこに、この物語が描く“喪失の余波”が浮かび上がってくる。

音で空白を確かめる「コンコン」という仕草

冒頭、同僚の佐々木(泉澤祐希)との会話に出てきた「スピーカーを叩く客」。それに対して小村は「中身の価値を確かめたいだけ」と返す。

この何気ないやりとりが、後半、非常に重たい伏線として回収される。妻が出ていった空虚な家で、小村は扉や壁を「コンコン」と叩く。まるで、自分が何を失ったのか、自分のなかに何が残っているのかを、音で確かめようとするかのように

この描写が強く印象に残るのは、喪失という“目に見えない空白”を、物理的な音で表現しているからだ。何も答えてくれない空間と、それをなんとか認識しようとする行為。その無力さと切実さが、まさに震災の「あと」を生きる人間の姿として胸に迫る。

「箱の中身」とは何だったのか?釧路で出会う異界

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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

小村は、佐々木から託された“届け物”の箱を釧路に運ぶ。その中身は明かされない。だが、小村が出会う女性たち、ケイコ(北香耶)とシマオ(唐田えりか)は、その“箱”をめぐる奇妙な言動を見せる。

ラブホテルで身体を重ねたあと、シマオはこう言う。

「その箱のなかには、小村さんの中身が入ってたんじゃない?」

唐突で、荒唐無稽で、でもどこか納得してしまう言葉。そして彼女は、小村の背中を「コンコン」と叩く。まるで、彼の中に何があるのかを確認するかのように。

釧路という街の描写もまた、“現実”からわずかにズレているように感じられる。雪のなか、UFOが出現し、その光のなかを未名が歩いていく幻覚。UFOは、おそらく“救済”のメタファーだ。突如人生から退場した未名の魂が、どこか別の世界へと向かう光のようにも見える。

釧路は、日常と非日常の境界線にある“異界”なのだろう。そして小村は、そこに自身の「中身」を預けてしまった。妻と自分の間にあった空虚と、彼がどう向き合うのか。それはこの旅の終わりまでわからない。

『地震のあとで』第1話は、激しい感情の爆発も、ドラマティックな展開もない。ただ静かに、だが確実に、失われた何かの重みを描き出す。SNS上でも「理解が難しいけど、何か気になる……」と、この物語の不思議な引力に魅了されている視聴者も多い。震災に限らず、どんな喪失にも通じる普遍的な感覚、空白のなかで、自分という存在の輪郭を探る旅が印象的に浮かび上がる。

第2話以降も、きっとまた別のかたちで「地震のあと」にある人間の姿が映し出されるだろう。静かな共振の余波に、耳をすませていきたい。

NHK土曜ドラマ『地震のあとで』2025年4月5日(土)スタート
総合 毎週土曜 よる10:00~〈全4話〉
NHKプラスで見逃し配信中



ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_