1. トップ
  2. 朝ドラで“忘れられない”強烈な人物「なんて魅力的」「やっぱ空気変わる」もともとピン芸人として活動していた“稀有な俳優”

朝ドラで“忘れられない”強烈な人物「なんて魅力的」「やっぱ空気変わる」もともとピン芸人として活動していた“稀有な俳優”

  • 2026.3.31
undefined
『ばけばけ』第20週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』熊本編に登場した荒金九州男(夙川アトム)は、物語終盤になっても視聴者の心にじわじわ残り続ける稀有なキャラクターだ。どこか怪しげな相場師という役どころながら、物語が進むにつれて見えてくるのは、どこか誠実にも思える人柄。SNS上では、この九州男を演じる夙川アトムに対し「なんて魅力的な俳優さん」「やっぱ空気変わる」といった声も相次ぎ、作品の温度を変える存在として注目を集めた。

※以下本文には放送内容が含まれます。

怪しいのに信じてしまう、キャラクターの妙

荒金九州男というキャラクターは、初登場の時点でどこか“危険な匂い”をまとっていた。

相場師という立ち位置に加え、独特な風貌と飄々とした語り口。ヒロイン・トキ(髙石あかり)の父・司之介(岡部たかし)に持ちかける儲け話も、いかにも胡散臭く、視聴者としては“これは関わってはいけない人物ではないか”と身構えてしまう。

しかし『ばけばけ』は、その第一印象を見事に裏切る描き方をした。

荒金は確かに怪しい。しかし、決して不誠実な男ではない。むしろその根底には、地に足のついた堅実さと、他者に対する誠意がある。結果的に司之介に大きな利益をもたらす展開は、その象徴的な出来事だったと言えるだろう。

ここで重要なのは、荒金が“善人として描かれている”わけではないという点だ。あくまで商売人であり、相場師としての顔を持ちながら、そのなかに人間味がにじむ。このバランスが絶妙だからこそ、視聴者は警戒しながらも、気づけば彼を信じてしまう。

“怪しいのに信じてしまう”。その感覚こそが、このキャラクターの最大の魅力であり、物語に奥行きをもたらしている。

登場しただけで空気が変わる俳優

荒金が本格的に登場した第97話以降、『ばけばけ』の空気は確実に変化した。

熊本編という新たな舞台において、彼は単なる新キャラクターではなく、演技のレイヤーとして物語の重心をわずかに“ずらす”役割を担っていたと言える。夙川アトムの演技は、セリフの抑揚や間の取り方によって、シリアスに傾きかけた場面に微細な緩急を生み、観る側の呼吸を整える機能を果たしている。

本来、視覚的インパクトの強いキャラクターは、作品のトーンから逸脱するリスクを抱える。しかし荒金の場合、その存在は浮くどころか、周囲の人物の感情や性質を際立たせる“受け”として作用している。たとえば司之介の人の良さや、トキたちの戸惑いといった反応は、荒金のわずかな視線や間合いによって引き出されている。

つまり彼の演技は、前に出て場を支配するタイプではなく、相手の芝居を受け止め、増幅させることでシーン全体の密度を高めるものだ。その結果として、荒金は物語をかき乱す異物でありながら、同時に場を安定させる軸としても機能している。この両義性こそが、作品全体に独特のリズムと奥行きをもたらしている。

夙川アトムの“引き算の演技”

undefined
『ばけばけ』第20週(C)NHK

その荒金というキャラクターを成立させているのが、夙川アトムという俳優の技術だ。

もともとピン芸人として活動していた彼は、独特の言葉遣いとテンポで笑いを生み出すスタイルで知られていた。その経験は、現在の俳優としての表現にも確実に活かされているように見える。とくに際立つのは、“間”の使い方だ。

セリフをただ発するのではなく、その前後にわずかな余白と独特なテンポを持たせることで、言葉以上の情報を伝える。荒金の何気ない一言が妙に印象に残るのは、この“間”の力によるものだろう。

さらに重要なのは、“引き算の演技”である。

強烈なキャラクターでありながら、決して過剰に演じない。あくまでその場に自然に存在しているかのように振る舞うことで、リアリティが生まれる。結果として、視聴者は“こういう人、本当にいそうだ”と感じてしまうのだ。

夙川アトムはこれまでの出演作でも、作品内で確かな存在感を残してきた。しかしそれは、目立つからではない。むしろ目立ちすぎないことで、物語全体の説得力を底上げしている。

いなくても成立するが、いることで確実に良くなる。そんな俳優は決して多くない。SNS上で「なんて魅力的な俳優さん」と言われる理由は、まさにそこにあるのだろう。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_