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【インタビュー】ステファニー・クエール、東京で個展開催。『ハーパーズ バザー アート』最新号のカバーを飾る彫刻家が語る、生命と自然の循環

  • 2026.10.29
Photo: Liam Gilman
霧に包まれた農場に佇む羊たちを、ステファニー・クエールが撮影。 Courtesy of the artist

グレートブリテン島とアイルランド島に挟まれた、荒涼たるアイリッシュ海。その真ん中に浮かぶマン島は、独自の議会と法律を持つ王室属領であり、ケルトの神話や伝承がいまも息づく特異な場所だ。淡路島と同じぐらいの小さな島に広がるのは、見渡す限りの緑の牧草地。何世紀にもわたる農業と放牧という人間の営みが、島の生態系を形づくってきた。

そんな島の一角、家族経営の農場に、ステファニー・クエールの制作スタジオはある。クエールはマン島生まれ、マン島育ち。農場の動物と生活をともにしながら、土をこねて大きくなった。そんな彼女がつくるのは、ときに荒々しく、ときにユーモアを含んだ動物たちの彫刻だ(日本で有名な彼女の作品といえば、ドーバー ストリート マーケット ギンザ1階に展示されているアイコニックな白いゾウだろう)。

《Barn Owl》(2026) 46×22×17㎝ PHOTO: LIAM GILMAN PHOTOGRAPHY

アトリエでの彼女のかたわらには、いつも粘土がある。それをこね、たたき、ひねりながら形を生み出していく手つきは、土の内側に眠る生き物の気配を呼び覚ますようだ。彫刻の表面には指で深くえぐった跡が残り、焼き上げられた土のひび割れもあえて整えられることはない。それは、対象の姿を忠実に写し取った精巧な剝製のようなものではなく、生き物の内側で脈打つエネルギーや、地面を踏みしめる身体の重みまでを宿した、生命力の塊。

動物はアートの世界ではしばしば人間社会の風刺やメタファーとして扱われる。例えば15世紀初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクによる《アルノルフィーニ夫妻像》に描かれた犬は、夫婦間の忠誠を表しているといわれている。あるいはフリーダ・カーロやレオノーラ・キャリントンといったアーティストは、自画像に鹿や馬、ハイエナなどを描き、自己の一部を動物で表現した。

しかし「動物こそが作品をつくる理由」と言い切るクエールにとって、動物は人を語るための道具ではない。彼女が表現するのは、動物そのものが持つ神秘性や知性、そのフォルム。彫刻はそれを理解し、分かち合うための手段なのだ。

「命を持たない土の塊に命を宿そうとする試みは、絶望的なまでに不可能な挑戦です。だからこそ、決して満足することはありません。何度だってスタジオに戻って挑戦を繰り返します」

2019年にGallery 38で開催されたクエールの個展「Bear Nature」の展示風景より。英国から取り寄せた約3トンの生の粘土を使い、1週間ほどをかけてギャラリー内で制作した等身大のクマ3体が並んだ。会期後、3体は解体され、粘土は日本の作家たちへ譲り渡されたという。 PHOTO: MOCO, COURTESY OF GALLERY 38
2023年、Gallery 38での個展「Animal Instinct」の展示風景より、《Cormorant》(2023)。頭部と脚は焼成した陶でつくり、胴体にはクエールが宿泊先からギャラリーへ歩く途中で拾い集めた草木や枝を使用。今にも羽ばたきそうな躍動感だ。 PHOTO: OSAMU SAKAMOTO, COURTESY OF GALLERY 38

有史以来、人類は動物に強い関心を抱き続けてきた。クエールのアプローチもまた、人間が太古から行ってきた営みの延長上にある。彼女のリサーチの対象は、子ども向けの寓話から自然史博物館の標本、考古学的な発掘品まで幅広い。それは人々が動物や自然をどのように捉え、関わってきたのかをたどる作業であると同時に、かつて人間が動物や自然とより深く結びついていた、その帰属意識を少しでも保とうとする試みでもある。

彫刻をつくるとき、クエールはまず紙に木炭を走らせる。でもそれは、設計図をつくるためではなく、 「思考をできるだけなくし、ドローイングそのものを意識せず、描き終えて初めて描いたものをじっくり見つめるようにしています」と語る。「どうしても考えすぎてしまうのでとても難しいのですが。ただ動物を見つめ、彫刻をつくるように描きます。その動き、佇まい、重さなどを捉えようとするんです」

もちろん、動物がいる環境は作品を左右する。動物園にいる個体はその種を代表しているにすぎず、本来の動物としての姿をほとんど保っていないとクエールは言う。理想は自然環境の中にいる動物を描くことだが、常にそれが可能とは限らない。「そんなときは、デイヴィッド・アッテンボローのドキュメンタリーも参考にするんですよ」

動物の存在やエネルギーを探るこのプロセスで大切なのは、対象である動物と過ごす時間そのもの。とうていカメラのシャッターを切るだけでは足りず、「瞑想や、会話のようなものかもしれません」と彼女は言う。「重みの感覚から動き、質感、線、存在へと意識を移し、動物のエネルギーを探っていきます。腕のいい写真家ならそれらすべてを一枚の写真に収めるかもしれませんが、私にとっては自分自身の感覚で動物を知り、時間を共有することが大事なんです」

動物の動きや佇まい、重さを理解するために描かれたドローイング群。作家は線を重ねながら対象を捉え、理解してから粘土に触れる。そうして生まれる彫刻は、“土で描かれたドローイング”ともいえる。2023年、Gallery 38での個展「Animal Instinct」の展示風景から。 PHOTO: OSAMU SAKAMOTO, COURTESY OF GALLERY 38

木炭で描き、そしてそれを紙の上だけで抱えきれなくなったとき、粘土へと向かうのだ。「粘土は素晴らしい素材です」と、クエール。「造形的には、触れたあらゆる瞬間をそのまま反映します。そのように柔らかく流動的でありながら、窯に入れれば硬くなって石のようになる。水、火、土、空気、そのすべてが粘土には備わっているんです」

そうして彼女の意識は動物だけでなく、粘土という素材自体、そしてその粘土を生んだ大地へと向かう。「粘土は、身体のものであり、大地のものでもあります。それ自体の言語と形を持っている。私は、つくり手の手の跡だけを残すのではなく、粘土そのものの姿が現れるようにしています」

《Sitting Cow》(2026) 14×26×13㎝ PHOTO: LIAM GILMAN PHOTOGRAPHY
《Long-tailed Macaque》(2026) 58×26×23㎝ PHOTO: LIAM GILMAN PHOTOGRAPHY

大地に残された動物の足跡、農場の堆肥の山、植物の成長と再生、土壌や大地に暮らす微生物、土壌による栄養の循環。そのすべてに寄り添うクエールにとって、“生物学そのもので彫刻する”ような感覚なのだろう。

家族の農場を手伝い、数えきれないほどの生命の循環に囲まれて暮らすクエールの視点は、変わりゆくマン島の生態系と切り離すことはできない。世界でも有数の密度で生け垣が張りめぐらされたこの島では、食料生産と農業がその環境を形づくるうえで重要な役割を担ってきた。しかし現在、マン島は食料の多くを輸入に頼っているのだという。それでも彼女は未来に希望を感じている。

「自然とどのように共生し、土壌をどう守り、家畜をどのように放牧するのか。そのあり方を見直そうとする動きが広がっていることを、とてもうれしく思います。この島が誇るべきことですね。土壌の生態系が健やかであることは、私たち自身の健やかさにもつながっているということに、世界中の人々が気づき始めているのだと思います」

また、海洋プラスチックの問題に目を向けてもらうための活動にも力を注いでいる。夫のダレンとともに地元の慈善団体「Beach Buddies」や学校の子どもたちと協働し、人間の営みが自然環境におよぼす影響を伝える大規模な彫刻を生み出してきた。その活動の輪は、島の外にも広がっている。

「島には昔から強いコミュニティの意識がありますが、それは土地や海とのつながり、そしてそれらを守り、いたわり、その恵みをたたえようとする共同の営みから生まれているのだと思います」

さらに、こう語りかける。「誰もが自然の感覚を持てることを願っています。歩道の舗装の隙間に咲く野花、一本の木、鳥や虫……子どもたちはとても強く感じ取るもの。私たちは、そのつながりを育み、保っていくための場所をつくらなければなりません」。

誰もが自分の手で土に触れ、食べ物がどこから来ているのかを知るべき──クエールはそう考えている。「私の彫刻は、人間も含めた生き物たちを祝福するためのもの。動物の中にある人間性と、人間の中にある動物性は深くつながっている」と。

彼女はこの秋、東京のGallery 38で個展を開催予定だ。本展は、私たちが大地とのつながりを育むことの必要性を問いかける。人間と動物のあいだにある、わずかでありながら深い隔たり。その向こうから動物たちは私たちを魅了し、ときにこちらを意に介すことなく、それでも人間を大地や神聖なるものへと結びつけている。本展が探るのは、私たちの魂もまたそこに属しているという、太古から受け継がれてきた共通の意識だ。自然と建築、動物と人工物が絶えず交差する都市・東京で、クエールはそれらの関係と生命の循環をあらためて見つめ直す。

「人類全体にとっての課題は、自然を脇へ追いやることでも、特別なものとして祭り上げることでもなく、私たちの暮らしの中心に置き続けることだと思います」

自然を泥くさい日常の地続きに置くこと。クエールの彫刻が、たとえ白く無機質な空間に置かれても、なお野生の匂いや湿った土の温度を放ち続けるのはそれゆえだ。その動物たちと向き合うとき、私たちもまた自然の一部であり、内側に動物性を抱えた存在であることを思い起こさせられる。

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