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薔薇と共に伝説となった、グレース公妃とダイアナ妃のストーリー

  • 2026.9.20
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美と気品の象徴として、花々の女王ともいえる存在である薔薇。世界のロイヤルで、薔薇を思わせるプリンセスといえばグレース公妃とダイアナ妃が浮かぶでしょう。薔薇と共にあったふたりの生涯。今なお人々に愛されるヒロインたちのストーリーを紐解きます。

【プリンセス・ドゥ・モナコ】薔薇でモナコを彩ったグレース公妃

1981年の第1回国際薔薇コンクールで、グレース公妃がひと目で気に入ったピンクの新種の薔薇に「プリンセス・ドゥ・モナコ」と名づけられました。 Yoshiaki Toda[Pile Driver]

気候温暖で彩り豊かに花々が咲くモナコ。グレース公妃がこの国で自身の情熱を向けた先が「花」でした。モナコ公室主催の「薔薇の舞踏会」は、1964年のグレース公妃財団の設立と共に彼女の提唱でチャリティガラに改められ、会場中が薔薇で埋め尽くされる注目の場となりました。

1976年、薔薇の舞踏会でレーニエ3世と共に。この舞踏会はモナコ公室の重要なチャリティガラとして受け継がれ、毎年ロイヤルファミリーがそろって出席。2022年からアートディレクターをクリスチャン・ルブタンが務めています。 Rene Maestri/Sygma/Sygma via Getty Images

フラワーショーの主催、国際薔薇コンクールの審査委員長…花にまつわるイベントに力を注ぐと同時に、「押し花」というアートに出合った公妃は、優れた作品を数多く生み出してもいます。

押し花のアーティストとしても高い評価を受けていました。 Bettmann/Getty Images

「花」はいつも公妃の傍らにあるものだったのです。特に薔薇を愛したといわれるグレース公妃。その没後にレーニエ公が造ったグレース公妃薔薇園は、公妃の銅像を囲んで、450品種以上の何千本もの薔薇が咲き誇る憩いの場になっています。

私的な時間にも花を欠かさなかったグレース公妃。 Keystone/Hulton Archive/Getty Images

【プリンセス・オブ・ウェールズ】「英国の薔薇」であり続けるダイアナ妃

「プリンセス・オブ・ウェールズ」はダイアナ妃の生前に本人の許可を得て、著名な育種会社のハークネス社が命名。売り上げの一部は妃の支援団体へ。 Yoshiaki Toda[Pile Driver]

「私は、人々の心の女王になりたいのです」——ダイアナ妃の名言として知られる言葉のとおりに、彼女は常に人々に手を差し伸べ、特に弱者に対する活動を献身的に行いました。対人地雷の廃絶運動、エイズやハンセン病患者、ホームレスへの支援など、ダイアナ妃の行動する姿は世界に大きなインパクトを与えました。

伝説のロイヤルウエディング。ウエディングドレスと共に一世を風靡したキャスケード・ブーケにも薔薇が選ばれました。 Anwar Hussein/Getty Images

だからこそ、事故でこの世を去った妃を当時のブレア首相が「人民のプリンセス」としのび、葬儀では親友のエルトン・ジョンが「さようなら英国の薔薇」と歌い上げたのです。

1997年9月7日、ウェストミンスター寺院で行われたダイアナ妃の葬儀。エルトン・ジョンは自身の代表曲「キャンドル・イン・ザ・ウインド」の歌詞を変えた特別版で妃を追悼。 PA Images/AFLO

人々に寄り添うことで、英国で誰よりも薔薇がふさわしいプリンセスになったダイアナ妃。くしくも亡くなる直前に、社会への貢献をたたえ彼女に捧げられた白い薔薇「プリンセス・オブ・ウェールズ」そのものなのです。

薔薇のブーケを贈られることが多かったダイアナ妃。 Tim Graham Photo Library via Getty Images

初出:リシェスNo.55 2026年3月27日発売
PHOTOGRAPHS:YOSHIAKI TODA[PILE DRIVER]
STYLING:TOMIKO ISHIYAMA

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