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「全部渡すのは、もうやめたい」給料日のたび母へ渡していた私。だが、自分で管理すると決めた日

  • 2026.9.16

封筒は、玄関を上がる前に手から離れた

若いころ、私は両親と妹と同じ家に住んでいた。

勤めに出て何年かたっても、給料日の夜の流れだけは変わらなかった。

給料が入ると、私は帰りに口座からお金を下ろし、封筒に入れて家へ持ち帰っていた。

玄関で靴を脱ごうとすると、台所から母が出てくる。

「あ、今日お給料日だったね。今月も預かるね」

私が封筒を渡すと、母は中を確かめた。

「うん。じゃあ、今月も預かるね」

「……うん」

毎月、ほとんど同じやり取りだった。居間では父が新聞を読んでいて、妹は自分の部屋にいることが多かった。

私の手元に残るのは、給与明細くらいだった。

ほしかった靴があっても、通ってみたい教室があっても、「来月でいいか」と諦めた。その来月は、なかなか来なかった。

その年、私は体調を崩して何日か寝込んだ。

それでも家のお金は足りなかったらしい。両親はそろって借り入れの手続きに出かけ、休みの日には親戚の家へ相談に行くこともあった。

ただ、どうしてそこまでお金が足りないのか、詳しい事情を私は聞かされていなかった。

ある夜、玄関先で両親がお金の話をしているのが聞こえた。思い切って母に声をかけると、母は疲れたような顔で振り返った。

「でも、あんたは家にいるでしょう?そんなに使うこともないじゃない」

その言葉を聞いたとき、ずっと胸の奥に引っかかっていたものが出てきた。

「使わないんじゃないよ。使えなかったの。私だって、自分のお給料で買いたいものくらいあるよ」

母は少し黙ってから、困ったように眉を寄せた。

「分かってるよ。でも今は、家のほうが大変なの」

「家が大変なのは分かる。でも、だからって全部渡すのが当たり前なの?」

言いながら、自分でも声が震えているのが分かった。

母は何も答えなかった。

その夜、自分で働いているのに、自分のために残しているお金がほとんどないことを改めて考えた。

次の給料から、自分で管理すると決めた

数日後、私は台所にいた母へ声をかけた。

「お母さん。ちょっと話したいんだけど」

「何?」

私は一度息を吸ってから言った。

「次のお給料から、もう全部は渡さないことにする」

母の手が止まった。そばにいた父も、湯呑みを置いてこちらを見た。

「急に何言ってるの。家のお金はどうするの?」

「家に入れる分はちゃんと渡すよ。でも、残りは自分で持っていたい」

「今までずっと、それでやってきたでしょう?」

母の声には、戸惑いと焦りが混じっていた。

「うん。でも、ずっとこのままなのは嫌なの」

「こっちだって好きで頼ってるわけじゃないのよ」

「それは分かってる。でも私も、何に使うか自分で決めたい」

しばらく誰も何も言わなかった。

話し声が聞こえたのか、二階から降りてきた妹が階段の途中で足を止めた。

私はもう一度、母を見た。

「家にお金を入れたくないって言ってるんじゃないよ。全部を渡すのは、もうやめたいの」

父が何か言いかけたが、結局そのまま口を閉じた。

母も納得した様子ではなかった。それでも、その日はそれ以上何も言わなかった。

次の給料日、私はこれまでのように全額を下ろさず、家に入れる分だけを封筒に入れて持ち帰った。

母に渡すと、母は中を見てから私の顔を見た。

「……これだけ?」

「うん。これからは、残りは自分で管理するね」

母はしばらく封筒を見ていたが、最後には小さく「分かった」と言った。

その日の帰り、私は靴屋に寄った。

何度も店の前を通るたびに見ていた靴を出してもらい、少し迷ってから自分のお金で買った。

箱を提げて玄関を開けると、母が廊下でそれに気づいた。

「……それ、前から見てた靴?」

「うん。やっと買った」

母は箱を見てから、私の顔を見た。

「そう」

それだけ言って、台所へ戻っていった。

家の事情が急に変わったわけでも、母とすぐに分かり合えたわけでもない。

それでも、自分で働いたお金の使い道を自分で決めたことは、私にとって大きな一歩だった。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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