1. トップ
  2. エピソード
  3. 「また戻すの?」パン売り場で素手で棚へ戻された2つのパン。だが、見ていた店員が静かに取った対応

「また戻すの?」パン売り場で素手で棚へ戻された2つのパン。だが、見ていた店員が静かに取った対応

  • 2026.9.15

トレイの上に、山ができていた

十数年前の夕方、私はパンの売り場に立っていた。

当時の息子は決まった一種類しか食べず、その日もそれを買いに来ていた。トレイとトングを持って棚を端から順に見ていくのが、いつもの順番だった。

少し先に、三人家族らしい人たちがいた。

父親と母親と、小学生くらいの娘さん。トレイの上にはいくつものパンが載っていて、娘さんは楽しそうに棚を見比べていた。

「あ、こっちのほうがいい。お母さん、このパンやめて」

娘さんが別のパンを指さした。

「また?じゃあ戻すよ」

母親は笑いながら、トレイの上のパンを素手でつまみ、そのまま棚へ戻した。

私は思わず手を止めた。

一度なら、うっかりしたのかもしれない。そう思った直後だった。

「やっぱりこっちがいい。このパンもやめていい?」

「もう、ちゃんと決めてよ」

母親は少し困ったように笑いながら、もう一つのパンにも素手で触れた。

そして、やはりそのまま棚へ戻した。

父親も娘さんも特に気にした様子はなく、三人は次の棚へ移っていった。

悪気があったのかどうかは分からない。ただ、誰かが買うかもしれないパンを直接手で触り、また棚へ戻したことが気になった。

近くにいた年配の女性も同じ場面を見ていたらしい。家族が離れてから、私のほうへ少し顔を寄せた。

「…今の、見ました?」

「はい。見ました」

「ちょっと気になりますよね」

「私も、そう思ってました」

それ以上は何も言わず、二人とも棚のほうを見た。

売り場を見ていた店員が、棚へやってきた

パン棚の向こうにはレジカウンターがあり、若い店員が何度かこちらへ視線を向けていた。

やがて家族が離れると、その店員がカウンターから出てきた。

「失礼します。少し前を通りますね」

そう言って私たちの前を通り、先ほどパンが戻された棚の前で足を止めた。

店員は紙を添えるようにして一つ目のパンを取り上げると、続けてもう一つも棚から下げた。

私は思わず店員の手元を見てしまった。

すると店員がこちらに気づき、軽く頭を下げた。

「先ほど戻された商品はこちらで下げますね。ご心配をおかけしました」

「あ…見ていらしたんですね」

私が言うと、店員は小さくうなずいた。

「はい。気になっていたので」

隣にいた年配の女性も、ほっとしたように言った。

「よかった。ちょっと気になってたんです」

「すみません。どうぞこのままお選びください」

店員はそう答えると、下げたパンを持ってカウンターの奥へ戻っていった。

少しして、奥から焼き上がったパンが運ばれてきた。空いた場所にも新しいパンが並べられていく。

年配の女性がトングを持ち直し、私に小さく笑いかけた。

「これなら安心して選べますね」

「そうですね」

私もようやく息子がいつも食べるパンを一つ取り、トレイに載せた。

店員は家族を追いかけて注意することも、大きな声で周囲に知らせることもしなかった。ただ、見ていたことに静かに対応してくれた。その姿が、今でも妙に印象に残っている。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ