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日本のウイスキー文化、その原点へ。ニッカウヰスキー北海道 余市蒸溜所を訪ねて

  • 2026.9.7
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北海道・余市。日本海を望み、三方を山々に囲まれたこの地に、ニッカウヰスキーの原点となる余市蒸溜所があります。石造りの正門をくぐると、赤い屋根と石造りの建物が連なる風景が広がります。どこかスコットランドの小さな町を思わせる、静かでクラシカルな佇まい。蒸溜所というより、ひとつの美しい村を訪れたような感覚さえ覚えます。

ここは、創業者・竹鶴政孝さんが理想のウイスキーづくりの地として選び、1934年に歩みを始めた場所です。2026年で92年。長い年月を経たいまも、創業期の建物や製造設備が大切に受け継がれています。

スコットランドを思わせた、北の土地

CEDRIC DIRADOURIAN

政孝さんがウイスキーづくりを学んだのはスコットランド。帰国後、本場で身につけた製法を日本で実現するため、理想の土地を探し続けました。そこで辿り着いたのが余市です。

冷涼な気候、豊かな水、周囲を流れる川、山々、そして海。日本海にもほど近く、自然に包まれた環境は、彼がスコットランドで見てきた風景とも重なるものだったのでしょう。実際に敷地を歩いていると、その選択に納得させられます。風が抜け、緑が広がり、そのなかに歴史ある建築が点在する。工場然とした無機質さはほとんどなく、時間そのものが景観をつくり上げているようです。

余市蒸溜所の建造物群は、原料の仕込みから蒸溜、貯蔵にいたる創業以来の製造施設がまとまって残されていることなどから、国の重要文化財にも指定されています。

改装しながら継承されている「石炭直火蒸溜」

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余市蒸溜所を象徴するもののひとつが、蒸溜棟に並ぶポットスチルです。ここで現在も受け継がれているのが、石炭を燃料にしてポットスチルを直接加熱する「石炭直火蒸溜」。現在では世界的にも珍しくなった伝統的な製法で、稼働時には職人が数分おきに石炭をくべ、火力を細かく調整していくといいます。機械だけに任せることのできない、人の感覚と経験を必要とする仕事です。

8月はメンテナンスのため製造を休止し、設備を点検しながら次の蒸溜シーズンに備えています。高温にさらされる設備は劣化も早く、内部の耐火レンガなども定期的な交換が必要になります。今年はポットスチルの一部も更新され、長い年月を刻んだ銅色の設備のなかに、ひときわ明るく輝く新しい銅のポットスチルが並ぶ光景は、新旧の時間が交差する余市ならでは。

伝統を守ることは、ただ古いものをそのまま残すことではありません。手を入れ、修復しながら、同じ製法を未来へと繋いでいくこと。その積み重ねが、この場所の約90年という時間をつくっているのです。

静かな暗がりの中で樽が眠る「貯蔵庫」

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蒸溜棟を離れ、敷地の奥へ進むと貯蔵庫が現れます。なかでも創業時から残る一号貯蔵庫は、余市蒸溜所の歴史を象徴する場所のひとつ。低く抑えられた建物の内部には樽が並び、静かな暗がりの中で時間を重ねています。

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華やかな蒸溜の現場とは対照的に、熟成はひたすら待つ工程です。外気温や湿度など、その年ごとに異なる自然環境と向き合いながら、長い時間をかけて原酒を育てていく。近年は北海道でも30度を超える日が増え、熟成の進み方を見極めることが以前にも増して重要になっているといいます。

数年ではなく、10年、さらにその先を見据えてものづくりを続ける。その時間感覚もまた、蒸溜所という場所が持つ独特の豊かさです。

和と洋、ふたつの文化が溶け合う「旧竹鶴邸」

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敷地内でもうひとつ印象的なのが、政孝さんとその妻・リタさんが暮らした「旧竹鶴邸」です。余市町内にあった住居を2002年に蒸溜所内へ移築したもので、現在は玄関ホールなどを見ることができます。洋風の外観に、日本の灯籠や和室。スコットランドと日本、ふたつの文化が自然に重なり合った住まいです。印象的なのは、故郷を離れて日本へ渡った妻への思い。

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玄関には、彼女がスコットランドで暮らしていた家を思い起こせるような意匠が取り入れられているといいます。異国で暮らす妻が少しでも故郷を感じられるように――。壮大なウイスキーづくりの物語の裏側に、ひとりの妻を思う夫の静かな優しさが垣間見えます。

スコットランドで出会ったふたりは結婚し、日本へ。そして政孝さんの夢をリタさんもまた、生涯を通じて支え続けました。余市を訪れると、ニッカの歴史が単なる企業の創業物語ではなく、このふたりの人生そのものと深く結びついていることに気づかされます。

受け継がれるのは、製法だけではない

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蒸溜所内には、かつて政孝さんの執務室として使われた旧事務所や旧研究室など、創業期の面影を伝える建物が現代にも残されています。

どれも驚くほど美しい状態で保存され、赤い屋根、石造りの壁、緑豊かな庭がひとつの景観をつくっています。それは「保存された昔の工場」というより、いまも時間が続いている場所。

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建物を修復し、設備を更新し、職人の技術を次世代へ伝える。その一方で、竹鶴政孝とリタの暮らしや思想まで丁寧に残していく。余市蒸溜所で受け継がれているのは、ウイスキーの製法だけではありません。「本物をつくりたい」という創業者の情熱と、その夢を支えた人々の記憶。そして、90年以上の時間をかけて育まれてきた、この土地ならではの文化です。

新しいものを次々につくるのではなく、長い時間をかけてひとつの価値を磨き続ける。余市の風景を歩いていると、ラグジュアリーとは、もしかするとこうした“時間を継承すること”なのかもしれない――そんなことを思わせてくれるのです。

「ニッカウヰスキー 余市蒸溜所」で、さらに深くその文化に触れる

蒸溜所を訪れたなら、歴史ある建築や製造工程を見るだけでなく、その背景にある思想や文化までゆっくりと辿りたいものです。

敷地内には、予約なしでも立ち寄れる「ニッカミュージアム」をはじめ、レストラン「RITA's KITCHEN」、ディスティラリーショップが揃います。見学の前後まで含めて時間を取ることで、竹鶴政孝が築いた世界をより立体的に感じられます。

ウイスキーの奥にある、人と文化を知る「ニッカミュージアム」

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「ニッカミュージアムでは、ニッカのものづくりと竹鶴政孝の生涯を、大きく4つのテーマから紹介しています。「ブレンダーズ・ラボ」では、ウイスキーの個性を組み立てていくブレンダーの仕事に着目。千葉県柏市のブレンダー室で実際に使われているものをもとに、仕事場のテーブルも再現されています。

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さらに「ストーリー・オブ・ニッカウヰスキー」では、代表的なブランドを通して会社の歴史とものづくりの思想を紹介。「ディスティラーズ・トーク」では、ブレンダーや製造に携わる人々の言葉を映像で見ることができます。

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そして「竹鶴イズム」では、竹鶴政孝の生い立ちからスコットランド留学、ニッカ創業までを、パネルや映像で辿ります。単なる企業ミュージアムというより、日本のウイスキー文化がどのように形づくられていったのかを知る場所。蒸溜棟や旧竹鶴邸を見たあとに訪れると、一つひとつの風景に込められた意味がより鮮明になります。

妻の物語を食から辿る「RITA's KITCHEN」

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ランチに立ち寄りたいのが、リタさんの名を冠した「RITA's KITCHEN」。スコットランド料理をベースに、北海道の食材を取り入れたメニューを提供しています。オリジナルローストチキンや北海道産ポークを使った料理、ポテト料理、英国らしいデザートなどが並び、蒸溜所という場所の背景を“食”から楽しめるのが魅力です。

興味深いのは、レストランのコンセプトそのものがリタさんの人生と結びついていること。スコットランドから日本へ渡った彼女は、日本料理も積極的に学び、家族や従業員を料理でもてなしたと伝えられています。「RITA's KITCHEN」では、当時のレシピなども参考にしながら、そのホスピタリティの精神を現代へと受け継いでいます。

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レストランでぜひ探していただきたいのが、ふたりの結婚のきっかけにまつわるエピソードです。そこに記されているのは、実は“占い”が運命を結んだという微笑ましい逸話。食事を楽しみながら、歴史をただ“見る”だけではなく、その時代の空気やふたりの人生にまで思いを馳せる。そんな立体的な体験ができるのも、この場所ならではです。

余市の記憶を持ち帰る「ディスティラリーショップ」

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旅の最後には、「ディスティラリーショップ」へ。ニッカの世界観を感じるオリジナルグッズや菓子類などが揃い、蒸溜所を訪れた記憶を持ち帰ることができます。限定商品が多く販売されているだけでなく、多彩なラインナップが揃うため、在庫は時期によって変わるそう。その日に出合えるものもまた旅の楽しみのひとつです。

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歴史的建築を歩き、ものづくりの背景を知り、リタさんの物語を食から辿る。余市蒸溜所で過ごす時間は、単なる施設見学にとどまりません。日本のウイスキー文化を育てた人々の思想や暮らし、その土地に積み重なった時間そのものへと触れる体験です。グリーンシーズンのニセコに滞在しながら、こうした文化に1日を委ねること。それもまた、この土地を“住まうように旅する”からこそ叶う、豊かな時間なのです。

問い合わせ先
「ニッカウヰスキー北海道 余市蒸溜所」
所在地/北海道余市郡余市町黒川町7-6
時間/9:15〜16:15
定休日/12月23日〜翌年1月7日 他不定休
予約/公式サイトから
TEL/0135-23-3131
URL/www.nikka.com/distilleries/yoichi

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