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食べられない人の口へ、無理やり食べ物を入れる現場もある。専門家が悩み続ける看取り期の食支援【監修者インタビュー】

  • 2026.9.5
 (C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房
(C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房

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「お食い締め(おくいじめ)」病気や高齢で口から食べられなくなった人に対し、最後まで“食べること”へ丁寧に向き合えるように、本人や家族を支えていく食支援のことである。この言葉を考案し20年以上前から活動しているのが、言語聴覚士で摂食嚥下障害領域(飲み込み)を専門とする牧野日和先生だ。

『お食い締め 口から食べられないアナタへ ~言語聴覚士が見たそれぞれの選択~』(牧野日和(愛知学院大学教授):原案・監修、かなしろにゃんこ。:漫画/竹書房)には、牧野先生がこれまで出会ってきた患者や家族の葛藤が描かれている。

もう一度焼き肉を食べたいと願う、寝たきりの男性。生きる気力をなくした高齢の母に、なんとか好物を食べてもらいたい娘。「食べること」にまつわる最期の時間を、牧野先生はどのように見つめてきたのだろうか。原案者・監修者としての想いを伺った。

——実際の現場でのお食い締めは、どのように進めていくのでしょうか。

牧野日和先生(以下、牧野):お食い締めは、特別なイベントでもなんでもないんです。患者が食べられるか食べられないかの見極めは最後まで必要で、「今日はちょっと食べられるかな」「今日はやめたほうがいいかな」なんていうことを毎日やっていくうちに死を迎えるんですよね。そのあとにご家族がお礼に来てくださって、「振り返ってみると、先週の金曜日に食べたご飯が“お食い締め”でしたね」なんて話したりして。

ほとんどのご家族は「亡くなったけれど精一杯やれた」とおっしゃいますが、私たちとしては「患者のためにもうちょっとできたんじゃないか」と反省することが多いですね。

——もうちょっとできることがあったとしたら、どういうことでしょうか。

牧野:「あのタイミングで最後にもう少し食べられたんじゃないか」とか、「ひとくちが多すぎたんじゃないか」とか。人が亡くなる以上、我々もクヨクヨするわけです。

最近、お食い締めをすることでクヨクヨしない医療従事者が増えてきているように思います。イベントのように患者へ何かを食べさせて「私たちのおかげ」という満足げな顔をしている。

看取り期の食支援はだいぶ広まりましたが、食べ物を患者の口に無理やり突っ込んでいる現場を見たこともあります。

「食べることは善、食べないことは悪」と簡単に片付けられるものではない。だから僕や、僕の周りのスタッフはいつもクヨクヨしているんですが、そうやってクヨクヨすることが答えなのかなと。本当はご家族からの声が成績表なんでしょうけども、ご家族が喜んでくださったからといってそれを完璧だと思うことが、そもそも大きな失敗の入り口なのかなとも思います。

取材・文=吉田あき

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