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「子どもをかわいいと思えない瞬間が…」自分の親の「ノーガード」から思う向き合い方

  • 2026.8.27

はーいみなさん、ごきげんよう!満島てる子です。

突然ですが、読者のみなさんの中には、お子さんがいらっしゃる方だったり。
お仕事で若人たちと接する機会、よくある方もいるんじゃないかしら。

哲学者ルソーは著書『エミール』の中で、「私たちは二度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために。」と述べていますが。

Sitakke
ライター・満島てる子

人間としてしっかりとした自我を持ち、自分の足でおのれの人生をしかと歩んでいけるようになるまでの育ての期間というのは、本人はもちろん周りもヤキモキするもの。

なんなら、どう育てるのが正解かと気を揉む中で、どうしても子どもたちのことを愛しいと思うことのできない瞬間があったりもするはず。

今回はそんな、庇護し教育する相手への明るくない気持ちに苦しんでいる方から、お手紙をいただいております。

読者からのお悩み「仕事で接していると、子どもをかわいと思えない瞬間が……一体どうしたらいい?」

Sitakke
Sitakke

おお、なるほどなぁ。

「相手が子どもじゃなくても、を想定していただいても大丈夫」と書いてくれていますが、そうなると、あたしの場合はお客様たちや店のスタッフたちとの関係云々が、この方にとっての子どもたちとの付き合いってやつに、近しい話になってくるのかなぁ。

ただそこまで話題を拡張すると、テーマが仕事全般と少し広くなってくるし。
今日はあえて、子どもたちに大人としてどう接するかというところに、フォーカスを当ててお話していくのもいいのかも。

ともあれ、まずはお手紙ありがとう!
「エゾリスあざらしマン」さん、あなたのお悩み、しかと受け止めました。

そうねぇ。
子どものことを「かわいいと思えないことも」あるというのは、とても正直で、だからこそ勇気ある告白だと思うわ。

あたし自身、小中高や大学と、様々な年齢層の子たちと講演会などで接する機会があるんだけれど。

いつもその度に肌で感じるのですが、彼らの発達段階というか、どこまでどのように育っているかは文字通り千差万別。
度肝抜かれるレベルで、同じ子ってひとりもいない。

だからこそ、そんな多様で多彩な集団をとりまとめ、導き、日々向き合い続ける仕事に従事している方々には、あたしは深い尊敬の念を抱いているんです。

葛藤そのもの…並大抵のことじゃない

Sitakke

きっとさ、凄まじいストレスを抱えることもあるんじゃないかなって思うのよ。
だって子どもたち、みんな「これでもか!」ってぐらいバラバラなわけじゃない?

どの子にどんな風に接したらよいのかはもちろん、そんな成長過程にある個が集団となったときどう動くか、どう教導したらよいのかも、観察の上に予想して、決断し、行動に落とし込んでいかなければならない。

しかも、その行動がスムーズであることを担保すべく、自分が受け持つ児童たちそれぞれと信頼関係というベースをしっかり築き、都度その間柄をメンテナンスしておく必要もおそらくあるわけで。
これって当然、並大抵の所業じゃない。

その上、さらに。
人間って、互いに一定数の譲歩や調整が可能な大人同士ですら、相性の良し悪しというのが発生し、その度に当座の立ち居振る舞いが難しくなったりします。

いわんや、大人から子どもに対しての関係をや。

児童側から拒絶されてしまったり、避けられてしまったりすることもあるでしょう。
大人も同様に、きっと目の前のお子について、おのれと合う/合わないを感じる瞬間はあるはず。

けれど、大人の側はプロフェッショナルとしても、その感覚に身を委ね切るわけにはいかなかったりして。
自分をどう律するかに、きっと並大抵でない葛藤を覚えるのではないかしら。

「エゾリスあざらしマン」さんが子どもたちに抱いている、「どうしても距離を取れな」いのに「きらいにも好きにもなれないこの気持ち」というのは、まさにこの葛藤そのものなんだろうなぁって思うのよ。

最近口にされることが少なくなったようにも思いますが、個人的な考えとしては、いまだに教育/保育関係の職種というのはまさに「聖職」。

だからこそ、そのつとめを果たそうという人たちにかかるであろう様々な負荷の莫大さを思い量るたびに、あたしったら「本当に……お疲れ様です……」と、なんだか切ない気持ちになってしまうのよね。

今回のお手紙を読んだときにまず抱いた感想も、そんな切なさが芯にあるものだったような気がします。

「エゾリスあざらしマン」さん、改めて日々のお仕事、お疲れ様ですよ。

あたしなりのAnswer

Sitakke
お花シリーズ「青と白のバラ」。青には「奇跡」「夢が叶う」、白には「深い尊敬」という花言葉も。

さて、「エゾリスあざらしマン」さん、あなたは時々抱いてしまうおのれのモヤモヤというか、やきもきしてしまう「気持ちをどう解消したらいいの」か、悩んでいらっしゃるのよね。

てなわけで、あくまであたしの「こう感じたよ」というフィーリングに由来する書き様になってしまうかもしれませんが。

それでもあなたににとって、少しでもこのコラムが一服の涼になってくださればと思い、以下に言葉を綴っていこうと思います。

それでなんだけれど。
あたし、今回の件でいろんなことを思い返していて、すごく強く「そうかぁ」と納得というか、反省も含める意味で得心がいったことがあったの。

それはね、子どもたちは大人たちよりも、やはりどうしてもはるかに無垢で、そうであるがゆえに、残酷でもあれば愛しくもある存在なんだってこと。

何が言いたいかというとね。
ここまでも書いてきましたが、あたしたち大人側は、子どもに対して「どう接するべきか」「どのように育むことが望ましいか」と理性を振り絞って逡巡し、おのが行動をコントロールする場面というのが、ままあるように思います。

これに対して、子どもたちはどうかというと。
まぁなんというピュアさというか。
きらいなものはきらい、好きなものは好き。
やりたいことはやりたいし、無理なものは無理。

思春期をはじめとする複雑な時期ももちろんあるけれど、そんな年代の子たちであったとしても、よくよく見れば素直に素顔を表に出す(あるいはあえて出さないというかたちで率直に自分の思いを示す)ことをいとわない場合が多い。

彼らは、こちらの想像以上にノーガードで他者と接し、だからこそ無条件に誰かに愛を向けたり、明確な理由がなくとも誰かをまっすぐに憎悪したりしてしまうようなのです。

これね、日々お仕事で触れ合う子どもたちのこちらへのリアクションを見ていてもそう思うし。
それだけでなく、自分のこれまでというか、特に学生時代までのいろいろを振り返ると、しっかりその傾向があったように思うのよ。
そのせいできっと、親をはじめいろんな人に迷惑もかけたんだろうなって。

「エゾリスあざらしマン」さんはお手紙の中で、自分のままならぬ感情について「世の中のお父さんお母さんも同じように感じることもあるのかな」と書いてくれていましたが。

少なくとも、自分の両親はあなたと同じように感じること、きっとたくさんあったろうし。
正直あたしと向き合うのは大変だったろうなって、振り返って今そう思ったりしています。
父さん母ちゃん、ごめんねっ!笑

でね。
そう反省しつつあたし、自分の親について「すごかったんだな」と尊敬するところを今回見つけたりしたんだけれどさ。
これ、「エゾリスあざらしマン」さんには、よかったら参考にしてほしい。

これほど安心なことはなかった

Sitakke
三重に住む両親が札幌に来たときの1枚

それはね、ふたりとも割とこちらに負けず劣らず。
子育て期間中はずっと、おのが子を愛してるという前提に乗った上で、ノーガードでいてくれたって点なんです。

思い返せば、楽しいときやうれしいときはもちろんのこと。
あたしの父母どちらも、不機嫌なときはしっかり不機嫌だったし、子どもらへの接し方に迷っているときはしっかり迷っていました。

そのつもりがあってかあらずかは不明ですが、文字通り全く包み隠さないので、こちらにその感情の機微がダイレクトに伝わってくるのよね。

しかもです。
どれだけ怒っていても、どれだけ感情が荒れていても、「でもお前のこと大事なんやに」というのが同時に、ど直球に伝わってくる。

これほど安心なことはなかった。

風通しがとてもよかった。

粋だった。

下手なモヤモヤが、結果お互いなかったような気がしているのよね。

「エゾリスあざらしマン」さんは、もちろんお仕事で子どもたちと接している方です。
あまりのノーガードさは、あなたにとってはときに脆さというか、コンプラ的な危うさにもつながってしまうかもしれないんだけれど。

もしよかったら「今はあんたらのこと正直かわいいとは思えずにいるけど……そ、それでも大事!」ぐらいな、純なまっすぐさをこちらも下手に包み隠したりせず、あなたそのままで子どもたちと向き合ってみてはどうでしょうか。

そうすることがかえって、あなたの抱いている戸惑いをふわっと解かしてくれる可能性がある。
子どもたちとの関係も、よりフランクで良好なものにしてくれるんじゃないかしら。

もちろん、気晴らし的な対症療法も大切にしつつ。
「エゾリスあざらしマン」さん、よかったら、子どもたちに抱くおのれのアンビバレントな気持ちをあえてむき出しにすることにも、ぜひトライしてみてください。
それがきっと、より働きやすい自分づくりにも、根本的にはつながってくるはずだから。

あなたのこころのムズムズ感が、芯からどこかに消し飛んでいくよう。
子どもと向き合うことのある大人の仲間のひとりとして、あたしは今祈っています。

ま・と・め♡

というわけで今回は、子どもとの接し方について、大人目線はもちろんのこと、かつて子どもだったという視点からも考えてみました。

いやぁ、思い返せば本当に手のかかるクソガキ兼マセガキだった気がするわね…あたし……。
そんな自分をここまで育ててくれた、両親をはじめとする大人たちには感謝しかありません。

これからもこの感謝、忘れずに生きていかなくちゃ。
ではではまた次回。Sitakkeね〜!

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文:満島てる子
イラスト制作:VES
編集:Sitakke編集部あい
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満島てる子:オープンリーゲイの女装子。北海道大学文学研究科修了後、「7丁目のパウダールーム」の店長に。 2021年7月よりWEBマガジン「Sitakke」にて読者参加型のお悩み相談コラム【てる子のお悩み相談ルーム】を連載中。お悩みは随時募集しています。

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