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11年前、人気絶頂で“電撃婚”→電撃引退した【美人アナ】「泣けてきた」「ガチでショック」惜しまれる“逸材”

  • 2026.9.17
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2006年東レ水着キャンペーンガールお披露目 山岸舞彩 (C)SANKEI

モデルや人気キャスターとして、絶大な支持を集めていた最中に下された突然の決断。結婚を機にした惜しまれつつの幕引きや、新たな夢を追って第2の人生へと潔く踏み出す決意は、日本中に大きな驚きをもたらすとともに、その鮮烈な引き際として今もなお語り継がれています。

今回は、そんな“引退に衝撃走った芸能人たちPart5”をテーマに5名をセレクト。本記事ではその第2弾として、抜群のスタイルと卓越したアナウンス力で数々の報道番組を彩った元人気キャスターをご紹介します。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに人選・制作された記事です
※一部、経歴やエピソードに関するネタバレを含みます

知性と華やかさでお茶の間を魅了したキャリア

1987年2月9日生まれ、東京都出身の山岸舞彩さん。日本女子大学在学中にモデルとして芸能活動をスタートさせ、2006年には「東レ水着キャンペーンガール」にも選出されました。さらにファッション誌『JJ』の読者モデルを務めるなど、抜群のスタイルと爽やかな笑顔で同世代を中心に大きな注目を集めました。

その後、キャスターやリポーターへと活動の幅を広げ、ドラマ出演など女優としても経験を重ねていきます。2011年4月からは、NHKのスポーツ情報番組『サタデースポーツ』および『サンデースポーツ』のメインキャスターに就任。持ち前の明るさと真摯に競技へ向き合う姿勢で、スポーツファンからも厚い信頼を獲得します。2012年には、ロンドンオリンピックで現地キャスターの大役を務め上げ、知性と美貌を兼ね備えたキャスターとして全国区の人気キャスターとなりました。

キャスターからの電撃引退!「家庭に入る決心」に惜別の声

日本テレビ系の報道番組『NEWS ZERO』でキャスターを務め、確固たる人気と地位を確立していた山岸さん。そんななか迎えた2015年7月28日、一般男性との結婚と同年9月末をもって同番組を降板し芸能界を引退することが所属事務所より発表。当時28歳、まさにキャスターとして引く手あまたの絶頂期での決断でした。山岸さんは所属事務所を通じ、自らの言葉で結婚と引退への率直な胸中を明かしています。

これからは彼を、そして彼の仕事を支えていく為に、家庭に、入る決心を致しました出典:山岸舞彩 結婚発表コメントより(2015年7月28日)

最愛の伴侶を支えるため、未練なく華やかな表舞台から身を引くという潔い宣言に対し、世間には大きな衝撃が走りました。突然の幕引きに、SNSやネット上では「引退は残念…」「マジ好きでした」「泣けてきた」「ガチでショック」など、その別れを惜しむ声が数多く寄せられました。

表舞台を去り家庭を支え続ける人生の選択と色あせない記憶

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バラエティー番組の初回収録会見を行った山岸舞彩 (C)SANKEI

2015年10月をもって芸能界を正式に引退した山岸さん。引退後はメディアへの出演やタレント活動を一切行っておらず、現在に至るまで復帰することなく、自らの決断通り家庭に入り家族を支える生活を静かに貫いています。

しかし、引退から数年を経た2020年12月2日、思わぬ形でその近況が伝えられました。元テレビ朝日アナウンサー・竹内由恵さんが自身のInstagramを更新し、山岸さんとの2ショット写真を公開。投稿では、山岸さんが二児の母となり、子育てに奮闘しながら温かな日々を過ごしている姿が明かされました。久しぶりに見せた穏やかで変わらぬ笑顔は、当時多くのファンの間で大きな反響を呼びました。

モデルとしての華麗なスタートから、五輪中継や報道番組で残した数々の名シーン、そして人気絶頂の中での引退に至るまで、自らの信念に誠実であり続けた山岸舞彩さん。華やかな世界に背を向け、大切な人のために人生を捧げる道を選んだ山岸さんの凛とした覚悟は、引退から長い年月が経った今もなお、人々の心の中に刻まれ続けていることでしょう。


ライター:天木拓海
映画・アニメ・ドラマなど、エンタメ作品を観ることを趣味としているライター。エンタメ関連のテーマを中心に、作品考察記事/コラム記事などを手掛ける。

※記事は執筆時点の情報です

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