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「目元が変われば、人生が変わる」一本のマスカラから始まった、垣内綾子さんの挑戦

  • 2026.8.28
ARCHグループ代表の垣内綾子さん

 

GLAMのインタビュー企画では、人生やキャリアの節目で自分らしい選択を重ねてきた女性たちのリアルな声を通して、読者に気づきや共感、そしてこれからの自分を選ぶためのヒントをお届けしています。

今回お話を伺ったのは、目元美容を起点に国内外で事業を展開する美容ベンチャー、ARCHグループ代表の垣内綾子さん。
目元は、顔の印象を大きく左右するだけでなく、年齢や疲れによる変化が表れやすい場所でもあります。

垣内さんは30歳で起業し、日本・アメリカでサロン10店舗を展開。眼科医からも高い評価を受ける目元専門のプロダクト開発をはじめ、書籍の執筆やメディア出演など、目元美容を軸に事業の領域を広げてきました。

美容と医療、両方の視点から目元の悩みを捉え、医師と連携したケアの研究にも力を注いできた垣内さん。その根底には、目元の変化が外見だけでなく、その人の気持ちや生き方にも影響するという想いがあります。

今回は、目元美容の仕事を始めたきっかけや30歳で起業を決めた理由、事業を続けるなかで訪れた転機、そして「目元が変われば、人生が変わる」という言葉に込めた考えについて、じっくりとお話を伺いました。

人生の転機・価値観の変化

現在の仕事を始める以前、10代の頃はどのように過ごしていましたか。

興味を持ったことに迷わず挑戦してきた垣内綾子さん

学生時代から好奇心旺盛な性格で、興味を持ったことには迷わず挑戦してきました。ギャルとして青春を思い切り楽しむ一方で、雑誌モデルや芸能関係のお仕事にもご縁をいただくなど、その時にしかできないことには全力で飛び込んでいました。

18歳で始めた飲食店のアルバイトでは、今につながる大きな出会いがありました。厳しくも温かい上司からホスピタリティの大切さや、チームで目標を達成する喜び、仲間と成果を分かち合う充実感を学びました。今振り返ると、この経験が経営や組織づくりの原点になっていると思います。

短大に進学した後も芸能関係の仕事に恵まれ、22歳の時に上京しました。ただ、芸能の仕事だけでは生活が難しかったので、時間の融通が利く通信会社の営業職でアルバイトを始めたんです。やるからには全力で、誰よりも目標達成にこだわって仕事に向き合っていたら、全国No.1の成績を残すことができました。その経験を通して、努力することへの自信と、営業という仕事の面白さにも気づけました。

不自由のない毎日ではあったのですが、27歳の時に、ふと「人生このままでいいのかな」と立ち止まったんです。「もっと知らない世界を見てみたい。夢中になれることを見つけたい」と思ったら、もうニューヨークに行こうと決めていました(笑)。思い立ったらすぐ行動する性格なので、3か月後には渡米していましたね。

単身でニューヨークに行こうと決めた時は、どんな気持ちでしたか。

自分が情熱を注いで夢中になれること、そして誰かをHAPPYにできることを仕事にしたいという気持ちが、自分の中にずっとありました。とにかくニューヨークに行って「何か探そう」と。人生を変えたい気持ちが強かったですね。

留学していた一年間は、毎日マンハッタンの街を歩きました。そこには、自分らしさを大切にしながら、それぞれが好きなことに夢中になって生きている人たちがたくさんいたんです。その空気に触れるうちに、「周りの目を気にせず、自分が本当にやりたいことに挑戦していいんだ」と、少しずつ心が解放されていきました。街からあふれるエネルギーを感じながら、「私も夢中になれることを見つけたい」「何かを成し遂げたい」と自然に思うようになりました。

友人にもらった一本のマスカラが転機になったと伺っています。実際にまつげに塗ってみた時、どのような変化や気持ちの動きがありましたか。

学生の時に、脱毛症で髪がかなり抜けたことがあったんです。少しではなく、誰が見てもわかるくらいでした。そういう時は、「髪の毛が欲しい」「普通になりたい」という気持ちの方が強くて、美容やおしゃれを楽しもうという気持ちにはなれませんでした。

そんな時、友達が一本のマスカラをプレゼントしてくれたんです。試しに使ってみると、見た目が変わったこと以上に、不思議と気持ちまで前向きになれました。それまで閉ざしていた心に、ふわっと光が差し込んだような感覚でした。あの時のことは、一生忘れないと思います。

それと重なるような出来事を、サロンでも何度も経験してきました。あるお母様が娘さんと一緒に来店され、最初は「私なんか……」と乗り気ではなかったのですが、まつげがきれいになると、とても喜んでくださったんです。サロンに通い続けてくださるうちに表情も明るくなって、生き生きと毎日を楽しんでいることが伝わってきました。

その姿を見て、目元美容には見た目を整えるだけでなく、心の扉を開く力があるのだと改めて実感できたんです。そうしたお客様の変化を目の当たりにするたびに、「もっと多くの方に、このきっかけを届けたい」という想いが強くなりました。

30歳という節目で起業を決意されたそうですが、どのような背景や決め手があったのでしょうか。

ニューヨーク留学時代の垣内綾子さん

当時は日本でもニューヨークでも、ちょうどまつげエクステが広がり始めたタイミングでした。流行に敏感な人の間では、定期的に通うことが当たり前になりつつあり、「これは長く愛されるサービスになる」と感じたんです。
事業を始める際は、市場調査やデータを細かく分析するというより、実際にお客様と接して感じたことや、自分自身の直感を大切にしました。すでにその地域にはお客様がいて、「やってほしい」という声もいただいていたので、逆にやらない理由がなかったんです。

もちろん不安はありましたが、それ以上に「やってみたい」という気持ちの方が強かったですね。どこまで努力すれば事業を続けられるかを自分なりに考え抜き、スタートしました。ありがたいことに多くのお客様に必要としていただき、想像以上のスピードで日本からアメリカへと店舗を展開できました。

ニューヨークで目元美容を事業にしようと思った時の気持ちを教えてください。

目元美容の事業に挑戦した垣内綾子さん

いくつか事業の候補はありましたが、最終的に目元美容を選びました。当時のマンハッタンでは、路上でまつげエクステの施術をしている人もいて、施術を受けた方がとても嬉しそうにしている姿を何度も見たんです。「目元には、人の人生を前向きに変える力がある」。そんな確信を持ったことが、目元美容の事業を始める決め手になりました。

それと同時に、私自身が一本のマスカラで前向きになれた原体験も大きかったですね。目元が変わるだけで、こんなにも気持ちまで前向きになれるんだという感動が、ずっと心に残っていました。

2012年の帰国後にご自身のサロン『MANHATTAN』を開業されましたが、経営者としての第一歩を踏み出す上で、どのような覚悟がありましたか。

今でも同じ気持ちで経営していますが、理念を実現し続けるためには、会社にきちんと利益を残していくことが経営者の大切な役割だと思っています。それは、一緒に頑張ってくれる従業員の努力に還元し、安心して働ける環境をつくり続けるためでもあります。

立ち上げ当初は、もし何かあった時には夜中にコンビニでアルバイトをすれば給与を支払っていけるかなど、さまざまな状況を想定しました。その上で、従業員の生活を背負う覚悟を決めましたね。

サロン運営から、目元研究所や商品開発へと事業を広げてこられたのは、どのような理由からでしょうか。

さまざまなメディアでも活躍する垣内綾子さん

コロナの時期に、対面のサービスだけに頼る事業モデルでは、何かあった時に従業員を守り続けることが難しいと痛感しました。だからこそ、理念はそのままに、新しい事業の柱をつくる必要があると考えたんです。

そんな時、講演会やサロンを通して接してきた10万人以上のお客様の声を改めて振り返ると、共通する目元の悩みがあることに気づきました。「だったら、それを解消できる商品を自分たちで作ろう」と思ったんです。私たちには、10万人以上のお客様から寄せられたリアルな声があり、その経験を活かせるのは私たちしかいないという想いで、目元専門のプロダクト開発事業をスタートしました。

現在の仕事・活動

これまで10万人以上のお客様の目元と向き合ってこられた経験は、事業やブランドづくりにどのように活きていると感じますか。

目の前のお客様と向き合ってきた経験を語る垣内綾子さん

商品開発で一番大切にしているのは、お客様のリアルな声です。数字やアンケートのデータだけでは、本当の悩みや感情までは見えてきません。お客様と直接向き合ってきたからこそ、どんな変化を求めているのかを考えられます。

化粧品でも美容機器でも、開発の途中では何度も試作と微調整を繰り返すのですが、そのたびに頭に浮かぶのは、お客様一人ひとりのお顔や悩みでした。

この商品はお客様の悩みに応えられているだろうか。手に取った方が少しでも笑顔になれるだろうか。そんなことを自分自身に問いかけながら、一つひとつ判断しています。

この積み重ねは、データだけでは生まれません。目の前のお客様と向き合ってきた経験があるからこそ、商品やブランドづくりにつながっているのだと思います。

日本・アメリカでの展開や新規事業の立ち上げなど、会社が変化していく中で、経営者としてどのようなことを大切にしてこられましたか。

自分が信じるプロダクトを世界中に届けたいと語る垣内綾子さん

会社では、「CHAIN OF HAPPINESS(幸せの連鎖)」を経営理念に掲げています。目の前のお客様だけではなく、従業員、お取引先、そのご家族まで、幸せの輪を広げていきたいという想いを込めたものです。

この理念を崩してまで何かをすることは、絶対にしないと決めています。誰かが悲しむことや、自分だけが利益を得ること、目先の欲だけで動くことはしません。「CHAIN OF HAPPINESS」につながるかどうかを、経営判断の軸にしています。

その上で、私が大切にしているのが「情熱」です。どんな時も前向きに挑戦し続けることを、ライフテーマにしています。経営をしていると毎日のように困難に直面しますが、それも成長の機会だと捉えています。仲間と一緒に乗り越えることで信頼関係が深まり、今まで見えなかった景色が見えるようになる。その積み重ねが、会社も私自身も成長させてくれると信じています。

ライフステージの変化と選択

結婚や出産など、ライフステージが変わる中で、仕事との向き合い方を見直した瞬間はありましたか。

正直にお伝えすると、向き合い方自体を変えたことはないですね。私は仕事が本当に好きなので、何かを理由に仕事を諦めたいとは、どうしても思えないんです。だからこそ、「今までと同じように仕事に向き合い続けるためには、どうすればいいのか」を常に考えています。それは今も、自分自身の課題です。

仕事と家庭は、どちらかを選ばなければいけないような空気を感じることもあります。でも、私は自分の人生も大切ですし、子どもの人生も同じように大切です。どちらかを犠牲にするのではなく、どうすれば両方を大切にできるのかを考えながら選択しています。

二児の母であり経営者でもある垣内さんにとって、「自分らしく選ぶ」とはどのようなことだと思いますか。

仕事も育児も大切にする垣内綾子さん

私は会社の代表という責任ある立場なので、その責任を果たすことも、自分らしさの一つだと思っています。経営者としての理念を実現し、幸せの連鎖をより大きく広げていくこと。そのために、会社として営業利益をきちんと生み出し続けることが、一番大切な役割だと考えています。

だからこそ、自分が本当に良いと信じるプロダクトを世界中に届け、目元美容を通じて一人でも多くの方に笑顔になっていただきたい。その想いには一切妥協したくありません。手を抜かず、諦めず、自分が信じる道を進むことが、私にとっての「自分らしさ」なんだと思います。

一方で、母親として過ごす時間も同じくらい大切です。子どもと向き合う時は、その時間を思い切り楽しむようにしています。一緒に遊んだり、本人が興味を持ったことを応援したり、習い事を探したり。スケジュールの調整は簡単ではありませんが、子どもの成長を間近で感じられることは何より嬉しいですね。

どちらかを犠牲にするのではなく、どちらも大切にできる方法を考えながら、その時々で自分にできる最善を積み重ねていきたいと思っています。

垣内さんご自身の経験から、キャリアや人生の選択に迷っているGLAM読者へメッセージをお願いします。

人生は一度きりなので、私は好きなことに挑戦する生き方を選んできました。でも、それが誰にとっても正解だとは思っていません。それぞれに大切にしたい価値観や環境がありますし、時には自分の気持ちを優先できないこともあると思います。私自身も、今でも葛藤することはたくさんあります。

それでも、その葛藤と向き合いながら選択を重ねてきたことが、今の自分につながっているように感じています。だからこれからも、どんな出来事も前向きに受け止めながら、自分らしい生き方を大切にしていきたいと思っています。

このインタビューが、「自分も一歩踏み出してみようかな」と思える小さなきっかけになれたら、とても嬉しいです。

一本のマスカラによって、自分を「可愛い」と思えた経験から始まった目元美容への道。今では、かつて自分が受け取った光を、世界中の人へ届けることを目指しています。

思い立ったらすぐに行動し、その先で直面した課題からも目をそらさず、答えを探してきた垣内さん。好きなことに素直になり、自ら選んだ道に責任を持つ。その歩みは、自分にとって大切なものは何かを改めて考えるきっかけをくれます。

「目元が変われば、人生が変わる」。その言葉には、一本のマスカラから始まった原体験と、目元美容を通じて人の心に光を届けたいという垣内さんの想いが込められていました。

プロフィール・SNS

垣内綾子さんのプロフィール写真

名前:垣内綾子
職業:ARCHグループ代表/目元研究所 代表
プロフィール:30歳で起業し、目元美容を起点に国内外で事業を展開。日本・アメリカでサロン10店舗を運営するほか、「目元が変われば、人生が変わる」という信念のもと、ウェルビーイングの視点から目元を研究する「目元研究所」を設立。目元美容技術や目元専門商品の開発、書籍・雑誌・テレビ出演、講演活動などを通じて、目元の悩みの解決に取り組んでいる。目元美容の領域にとどまらず、眼瞼下垂や眼精疲労などについて医師と連携し、“美容×医療”の架け橋となる新たな目元ケアの可能性を追求している。美容師免許・管理美容師・毛髪診断士などの資格を有し、フジテレビ『ホンマでっか!?TV』への出演など、目元の専門家としてメディアからも注目を集める。美容ベンチャーの経営者であり、二児の母。「CHAIN OF HAPPINESS」を掲げ、自身の人生経験から得た“HAPPYの法則”を発信し続けている。

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