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わずか“14歳”でモデルに。実は【倹約家】なハーフタレントとは?バラエティから経済番組へ

  • 2026.9.20
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2016年4月、産休から仕事復帰したテレビ東京系「未来世紀ジパング」の収録現場で取材に応じるSHELLY(C)SANKEI

今から15年前の2011年9月、SHELLYがテレビ東京の新しい経済番組『未来世紀ジパング』の司会を務めると発表された。本人も、なぜ自分なのかと驚く起用だった。経済の仕事をしてきたわけではない。それでも、疑問を次々に聞き、見ている人と一緒に分かっていきたいと意気込んだ。

音楽番組やバラエティーで親しまれてきた27歳が、今度は経済を扱う番組の顔になる。知らないことを知らないと言えるのは、司会者として頼りないのか。それとも、テレビの前で同じように首をかしげる人には、心強いことなのか。SHELLYの起用には、後者を選ぶ面白さがあった。

14歳でモデルに。音楽や英語を伝える仕事へ

SHELLYは1984年、神奈川県生まれ。アメリカ人の父と日本人の母を持ち、14歳のときにスカウトされてモデルとしてデビューした。

モデルから活動を広げ、2006年には音楽番組『ROCK・FUJIYAMA』や、TOKYO MXの情報番組『U・LA・LA』に出演。J-WAVEの『KISS AND HUG』ではナビゲーターを務めた。モデルの仕事に、自分の声で話し、人とやり取りする仕事が加わっていく。

音楽を好きな人として話すことと、知らない曲を紹介すること。その両方がある番組では、詳しい知識だけでなく、話し手自身が楽しんでいることも大切になる。SHELLYの経歴には、そうした趣味や語学を生かせる場が並んでいる。

2008年には、NHKの英語番組『リトル・チャロ』にも出演した。英語を使えることが、自分一人の特技で終わらず、これから学ぼうとする人に向けた番組の中で役に立つ。知っている人と、まだ知らない人の間に立つ仕事でもあった。

2009年には『U・LA・LA@7』、2011年4月からは笑福亭鶴瓶のトーク番組『A-Studio』でレギュラーとして出演。モデルの肩書だけでは語れないほど、放送の中で人の話を受け、言葉を返す経験が増えていた。

得意分野が変わっても届ける

『未来世紀ジパング』は、2011年11月に始まる新番組として発表された。世界で動く経済の現場を取材し、スタジオで背景を解説する。SHELLYが一緒に司会を務める相手は、大浜平太郎キャスターだった。

経済の専門家のように話すことが、SHELLYに求められていたわけではない。プロデューサーが期待していたのは、遠い国で起きていることを、見ている人が身近に感じられるようにする役割だった。

SHELLY自身は、日頃は倹約家で、お金には関心があると話している。専門的な言葉を知る前にも、物の値段やお金の使い方は暮らしの中にある。経済番組に出るから急に別人になるのではなく、普段の疑問を持ったまま席に着く。その姿なら、見る側も一緒に入っていきやすい。

音楽や英語の番組では、自分が親しんできた世界を伝えていた。今度は、まだ詳しくない世界に足を踏み入れ、分からないところを尋ねる。得意分野が変わっても、相手の話を聞き、それをテレビの前へ届けるという仕事はつながっている。

視聴者と同じ目線での責任

番組はSHELLYの産休を挟み、放送曜日を変えながらも2019年9月まで続いた。2011年の起用発表でSHELLYは、難しい話を堅苦しいままにせず、楽しみながら学べる番組にしたいという姿勢を見せた。自分が理解できるなら、視聴者も理解できるはずだという考え方には、聞き手としての責任も感じられる。

14歳のモデルから、音楽、情報、英語、トークの番組へ。SHELLYは、違う分野に出会いながら話す仕事を広げてきた。経済番組の司会という新しい肩書にも、その歩みが生きる余地はあった。

よく知っている人の説明に、素直な疑問が一つ挟まるだけで、話はぐっと近くなる。SHELLYが2011年に引き受けたのは、答えを並べる席だけが司会者の席ではないと感じさせる仕事だった。


※記事は執筆時点の情報です

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