1. トップ
  2. エンタメ
  3. 『ボキャブラ天国』でブレイク→4回改名した人気芸人。仕事ゼロを経ても芸人を続け、50代でバレエ初舞台へ

『ボキャブラ天国』でブレイク→4回改名した人気芸人。仕事ゼロを経ても芸人を続け、50代でバレエ初舞台へ

  • 2026.9.12
undefined
2003年12月、年賀状受付開始式に登場したおさる(C)SANKEI

おさるの歩みには、大人になってからの初めてがいくつもある。バラエティー番組『ボキャブラ天国』で人気を集め、書家・宇都鬼(ウッキー)としても活動。そして2023年には、50代でバレエの初舞台を踏んだ。テレビでおなじみだった顔に、筆を持つ姿や踊る姿が重なる。仕事がゼロになった時期を経て、芸人を続けてきたおさる。その道のりをたどると、ひとつの肩書では収まりきらない面白さが見えてくる。

名前を戻しても歩みは続く

お笑いコンビ・アニマル梯団の一員として、『ボキャブラ天国』で活躍したおさる。お笑いコンビ・くりぃむしちゅーが海砂利水魚を名乗っていたころ、同じ番組で人気を集めた仲間だった。2004年には芸名をモンキッキーへと変えた。

その名で活動した8年間には、仕事が連日入っていた状態から、ゼロになる時期も経験している。知名度のある名前を持っていても、次の仕事が約束されているわけではない。テレビでよく見かけた印象と、その後の仕事の量との間には、大きな開きがあった。

2012年におさるへ戻り、2017年に再びモンキッキー、2020年にはまたおさるに。名前の変遷だけでも、なかなか忙しい。けれど、その間に積み重ねたものは芸名の変更ばかりではなかった。お笑いの活動と並んで、書道にも力を注いできたのだ。

テレビに出る機会が減ると、見る側の記憶は最後に見た姿で止まりやすい。おさるのその後を知るには、出演していた番組の外にも目を向ける必要がある。

筆を持つ手にも出番がある

書の世界で使う名前は宇都鬼。2014年には、東京新聞主催の第36回東京書作展で特選を受賞した。前年にも同展で部門特別賞を受けている。テレビの特技披露で終わることなく、作品を出し、評価を受ける歩みがあった。

受賞した2014年の時点で、書道家のもとで学び始めてから約5年。芸人として名前を知られていることと、筆で作品を仕上げることは、それぞれ別の積み重ねだ。宇都鬼という名には、おさるの新しい呼び名という以上に、書に向き合ってきた時間がある。

現在もおさるは、芸能事務所・浅井企画に所属し、書家としても活動している。都内の保育園では書道を教える仕事も持つ。展覧会へ作品を出す立場に、子どもたちへ伝える立場が加わっているのが興味深い。

自分の字を見てもらう機会もあれば、誰かが字を書く時間に関わる機会もある。書道というひとつの活動の中にも、人との接点はいくつもあるのだ。テレビの画面だけを見ていてはわからない出番が、ここにはある。

年齢を重ねた先の初舞台

50代になってから加わったのが、バレエだった。きっかけは、バレエを習う娘の存在。娘の影響で自分も挑戦し、2023年には初舞台に立った。

長く人前に出てきた芸人にも、初舞台がある。この組み合わせが楽しい。これまでの経験がいくらあっても、新しく始める分野では初めての日を迎える。子どもの習い事が、父親自身の新しい舞台につながったという流れにも、年齢で区切れない広がりを感じる。

さらに2024年1月、テレビ朝日系のバラエティー番組『くりぃむナンタラ』では、元相方のコアラに電話をかけ、漫才賞レース『THE SECOND』への出場を持ちかけるという企画があった。この出演は、くりぃむしちゅーの上田晋也との10年ぶりの再会でもあった。かつての共演者に久しぶりに会う場に、バレエの初舞台という新しい近況も加わった。

次の出番をひとつに決めずに

仕事が減ったあとの道筋は、以前と同じ忙しさを取り戻すことだけでは測れない。おさるには、書の作品を作り、子どもたちに教え、50代で初舞台を踏んできた時間がある。

長く続けてきた芸に、新しく学ぶことを足していく。そのたびに、見てもらう場所や出会う相手も変わる。『ボキャブラ天国』のおさるを覚えている人にとって、今の活動を知ることは、懐かしい顔の知らなかった一面に出会うことでもある。芸人であり、書家でもある。その先にまだ初めてが加わる余地を感じさせるところに、おさるの軽やかさがある。


※記事は執筆時点の情報です

の記事をもっとみる

注目コンテンツ