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21年前、お笑いタレントと婚約会見に臨んだ【美人タレント】柔らかな笑顔を支えた仕事ぶりとは?

  • 2026.9.11
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2000年12月、乙葉のビデオ発売イベントより(C)SANKEI

乙葉の柔らかな笑顔は、2000年代初頭のテレビや雑誌を彩っていた。2005年5月、お笑いタレントの藤井隆と婚約会見に臨んだ頃には、すでに写真集を重ね、ドラマや舞台にも出演している。身近に感じられる雰囲気と、活躍の場の広さ。その両方が、当時の乙葉にはあった。

グラビアで知られた人が、いつしかテレビでも見慣れた顔になる。その歩みをたどると、任された仕事の一つひとつに応える姿が見えてくる。

笑顔の出番が増えていく

最初の仕事は、漫画誌『ヤングマガジン』の巻末グラビアだった。2000年には『BOOB OTOHA』を発表し、その後も『Love story』など写真集を重ねる。雑誌のページから、一冊を通して表情に触れられる写真集へ。乙葉を知る入口が増えていった時期である。

そして、写真集の活動と並行して、テレビでも出番が広がった。2002年にはアートネイチャーの広告イメージキャラクターに起用され、ブランコに乗って歌うCMに出演している。写真を手に取るファンに加え、日常のなかでテレビを見る人にも、笑顔と声が届くようになった。

その撮影には、高さ5mの特製ブランコが使われた。乙葉は揺れるブランコに乗り、監督のリクエストに応えて何度も笑顔で手を振った。画面に映る軽やかさの裏側には、求められた動きを繰り返す仕事がある。おっとりとした印象に、現場での実直な仕事ぶりを重ねて見ることのできる場面だ。

また、この年はTBS系アニメ『GetBackers 奪還屋』で、水城夏実の声も担当している。姿が映るCMに加えて、声を通して出会う人もいる。グラビアで始まった活動が、見る人との接点を少しずつ増やしていた。

新しい場所でも一歩ずつ

活動の広がりは、演じる場にも及んでいく。2004年夏には、劇作家・宮藤官九郎が書き下ろした舞台『鈍獣』に出演した。生瀬勝久、池田成志、古田新太らと共演した、乙葉にとっての初舞台である。

この挑戦も、事務所の後押しを受けて踏み出したものだった。稽古では周囲から教わりながら、自分でも役や芝居を探っていった。初めての場に入り、共演者と一緒に作品を形にする。その過程に目を向けると、柔らかな印象と地道な取り組みが、無理なく同居していることがわかる。

翌2005年には、日本テレビ系ドラマ『ごくせん』の第2シリーズに、教師の白鳥ひとみ役で出演。写真集では乙葉自身の表情が中心になるが、ドラマでは登場人物を演じ、ほかの俳優と場面を作る。テレビで会う乙葉には、そんな演じ手としての顔も加わっていた。

グラビアから舞台、連続ドラマへと移るたびに、求められるものは変わる。撮影で動きを繰り返し、舞台では稽古を重ね、ドラマでは役を担う。出演する場所の多さだけでなく、それぞれの仕事に必要な過程をたどってきたことに、乙葉の歩みの確かさがある。

近くで過ごすような一冊

テレビでの活動が広がった2005年春、乙葉は写真集『SWEET HONEY』も発表している。自らプロデュースし、衣装にも関わった一冊だ。部屋着のような自然な装いから大人びた衣装まで、異なる表情を収めていた。

この写真集で軸になったのは、プライベートを感じさせる近さだった。ホテルの一室や横浜の中華街などで撮影し、身近な時間をともに過ごすような空気を作っている。ドラマで役を演じる一方、写真集では乙葉自身に親しむための表情を用意する。活動が広がった後も、写真という出発点を大切な表現の場にしていた。

衣装選びに自分で参加したことにも目が留まる。周囲の後押しを受けて仕事を始め、経験を重ねた先で、一冊の見せ方にも関わるようになった。受け取った役割に応えながら、自分から加えられるものを増やしていく。そこに、写真集を重ねた歳月の変化が表れている。

親しみのなかにある確かさ

乙葉の2000年代初頭を振り返ると、写真集で見せる表情、CMでの笑顔、舞台やドラマで担った役がつながってくる。見る人が出会う場所は変わっても、近くに感じられる雰囲気が、その人を知るきっかけになっていた。

そして仕事の経緯には、撮影で求められた動きに応え、初舞台の稽古に取り組み、写真集の衣装を考える姿がある。親しみやすい印象を入り口に、仕事ぶりにも目を向けたくなる人。乙葉が画面で見せていた柔らかな笑顔には、そうした積み重ねの厚みも感じられる。


※記事は執筆時点の情報です

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