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「地頭の良い子を育てるには」外に出るだけでも効果アリ?我が子の地頭を良くするための学習方法とは《地頭力の正体》

  • 2026.8.23

最近よく耳にすることが多い「地頭」。

西岡壱誠氏が上梓した『地頭力の正体』では、地頭力とは「基本となる知識を柔軟な発想で使いこなす力」だと論じられている。

では、実際に「地頭を良くする」には、何をすればよいのだろうか。『地頭力の正体』から一部抜粋してお届けする。


「柔軟な発想」の育て方

体験格差は地頭にも影響する。©yamasan/イメージマート

地頭力とは「基本となる知識を柔軟な発想で使いこなす力」です。

ここで重要なのは、「知識」だけでなく「柔軟な発想」も必要だということです。知識を動的にするということは、知識同士をつなげ、応用し、新しい視点で捉え直すということです。そのためには、単に勉強するだけでは不十分なのです。

なぜなら、「柔軟な発想」は、勉強だけでは育たないからです。

自分と違う意見を持つ人と話すことで見えてくる世界があり、異文化の中でこそ見えるものもあります。実際に体験することで、知識が「自分ごと」になり、立体的に理解できるようになります。

このことから、やはり非認知能力の養成と、見えにくい力の醸成には関連性があるように感じるのです。

体験格差という問題

ここで、「体験格差」という言葉について考えてみましょう。

体験格差とは、経済的な格差だけでなく、体験によって格差が生じるという意味です。

たとえば、こんな言説があります。

「東北に旅行に行ったことがない子どもは、東北地方の勉強をしても理解しにくい。一方で、実際に行ったことがあると学ぶ意欲や実感が湧く」

これは、学力そのものの差というよりも、知識と現実が結びつく〝回路〞の有無を指摘したものだと考えられます。

教科書に出てくる東北地方の地形、気候、産業、祭りといった情報は、文字や写真としては理解できても、実感を伴いにくい場合があります。

しかし、実際に東北を訪れ、寒さを体感したり、広い田園風景を見たり、現地の人と話した経験があると、「なぜ米作りが盛んなのか」「なぜ冬の生活に工夫が必要なのか」といった知識が、単なる暗記事項ではなく「自分の体験に基づく理解」に変わります。

その結果、学習内容が立体的に捉えられ、記憶にも残りやすくなるのです。これは、まさに知識が静的から動的へ変わる瞬間です。

「東北地方は米作りが盛んである」という静的知識が、「あの広い田園風景を見たとき、確かに米作りに適していると感じた」という体験と結びつくことで、動的知識になるのです。

体験が学びを加速させる

体験格差のポイントは、体験があることで学びが深まりやすくなるという点です。体験は学習意欲を高め、問いを生み、「知りたい」「確かめたい」という内発的動機づけを生み出します。

たとえば、歴史の勉強を考えてみましょう。「鎌倉幕府は1185年に成立した」という知識を覚えるだけなら、体験は必要ありません。

しかし、実際に鎌倉を訪れ、鶴岡八幡宮を見て、武士の時代の空気を感じると、「なぜここに幕府が置かれたのか」「どんな人々がこの街を作ったのか」という問いが生まれます。

そして、その問いを持って勉強すると、知識が「自分ごと」になります。単なる年号や用語ではなく、「あの場所で起こったこと」として理解できるようになるのです。

『地頭力の正体』。

これは、明治維新の例と同じです。第1章で見たように、「明治維新=1868年前後に起こった政治変革」という静的知識が、「体制が変わるときの騒然とした空気」「社会変革による動乱」「時代を変えた出来事の影響」といった、さまざまな視点とつながることで、動的知識になっていきます。

そして、もし実際に田んぼを見たり、農業体験をしたりしていれば、「土地を開拓する」という行為がどれだけ大変か、実感を持って理解できます。その実感が、知識をさらに動的にするのです。

このように、その体験をしたか、していないか、そこに行ったことがあるか、ないか。こうしたことが、学習に対して影響を与えてしまっている面があるということです。

これは、残念ながら実際にあることだと僕は考えています。

経済的な理由で旅行に行けない子ども、異文化に触れる機会がない子ども、さまざまな体験をする機会が限られている子ども……。その体験の差は、学習の理解度や意欲の差につながってしまう可能性があるわけです。

これは、単に「知識の量」の差ではありません。「知識が動的になりやすいかどうか」の差なのです。

体験があると、知識が体験と結びつき、動的になりやすい。しかし、体験がないと、知識は静的なまま、暗記事項として残りやすい。これが、体験格差の本質だと言えます。

だから勉強は外に出てやるのもいい

では、こうした格差を少しでも埋めるにはどうすればいいのでしょうか?

1つの答えは、勉強は外に出てやるのもいいということです。

図書館で勉強するのもいいですし、カフェで勉強するのもいいでしょう。公園で教科書を読むのもいいかもしれません。

なぜなら、外に出ることで、知識が現実と結びつく瞬間が増えるからです。

カフェでの勉強は大切なひとつの“体験”にもなる。©Paylessimages/イメージマート

たとえば、経済学の勉強をしているときに、カフェで周りの人々の行動を観察してみます。すると「なぜこの人はこの商品を選んだのか」「どんな価格設定になっているのか」という視点が、経済学の知識を動的にしてくれます。

地理の勉強をしているときに、実際に街を歩いてみるのもいいでしょう。「この地形はどうしてこうなっているのか」「この地域の産業はなぜこれなのか」という問いを持って歩くことで、知識が立体的になります。

もちろん、東北に旅行に行くことや、海外に留学することができれば、それは素晴らしいことです。しかし、それができなくても、身近な場所で「外に出る」ことはできます。そうした小さな体験の積み重ねが、知識を動的にし、見えにくい力を育てていくのです。

異文化体験の重要性

また、自分と違う意見を持つ人と話すことも、非常に重要です。

第1章で見たように、東大入試は「異なる視点から物事を考える力」を問います。

たとえば世界史の問題では、7つのキーワードをつなげて、3つの文化圏の成立過程を説明することが求められました。

これは、単に知識を覚えているだけでは解けません。異なる文化の視点から物事を捉え直す力が必要なのです。

そして、その力は、実際に異文化に触れる経験から育ちます。

海外旅行に行くことだけが異文化体験ではありません。

自分と違う価値観を持つ友人と話すこと、自分と違う意見の本を読むこと、自分と違う世代の人と交流すること。こうした小さな異文化体験の積み重ねが、視野を広げ、柔軟な発想を育てるのです。

非認知能力が見えにくい力を支える

ここまで見てきたように、見えにくい力を育てるには、ただ机に向かう勉強だけではもったいないかもしれません。体験や経験といった、非認知能力の領域も深く関わっています。

非認知能力とは、テストでは測れない力のことです。

好奇心、粘り強さ、協調性、自己肯定感、コミュニケーション能力。こうした力が、非認知能力と呼ばれます。これらの力が、見えにくい力を支えているのです。

好奇心があるから、「なぜだろう?」と問いを持ち続けることができる。

粘り強さがあるから、わからなくても考え続けることができる。

協調性があるから、自分と違う意見を受け入れることができる。

自己肯定感があるから、間違いを恐れずに挑戦することができる。

こうした非認知能力が土台となって、見えにくい力が育っていくのです。

逆に言えば、どれだけ勉強しても、非認知能力が育っていなければ、見えにくい力は育ちにくいのです。

西岡壱誠(にしおか・いっせい)

東大生教育集団カルペ・ディエム代表。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すも、2年連続不合格。3年目に勉強法を見直し、偏差値70、東大模試で全国4位になり、2浪で東大合格を果たす。2020年に東大生教育集団・株式会社カルペ・ディエムを設立、代表に就任。偏差値35から東大合格を果たしたノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、全国12の高校で「リアルドラゴン桜プロジェクト」を実施、高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師に指導法のコンサルティングを行っている。
『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく東大読書』(東洋経済新報社)など著書多数。

地頭力の正体

2026年7月10日
定価 1,760円(税込)
東洋経済新報社

文=西岡壱誠

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