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「お母さんの夢は、私の夢じゃないよ」ピアノ教室の案内を前に、私は母へ告げた

  • 2026.8.22
ハウコレ

本音を伝えた日、母はいつもの見送りの言葉を口にせず、私は実家を出ました。連絡が減って1カ月、母から届いた1枚の写真が、私たちの距離を少しだけ変えました。

仕事から帰ると、玄関のドアポストに、申し込んだ覚えのないピアノ教室の体験レッスン案内が挟まっていました。

申し込んだ覚えのない体験レッスン

差出人の欄には、母の字がありました。母は昔から、私にピアノを習わせたがっていました。母自身が子どもの頃、家の事情であきらめた楽器です。

案内には体験日まで書き込まれていました。私の仕事の予定を、母は一度も聞いていません。

電話をかけると、母は弾んだ声で言いました。

「先生に楽譜も預けておいたから」

繁忙期で休みが取りにくいと伝えても、母は発表会の日程について話し続けました。1人暮らしを始めて5年、家賃も生活費も自分で払っています。それでも母の中の私は、送り迎えが必要だった頃のままなのだと思いました。

自分で見つけたパン作り

子どもの頃から、習い事も進路も、母の勧めに沿って選んできました。応えると母が喜ぶため、それが親孝行だと考えていたのです。

ただ、休日に粉を量り、生地を寝かせ、焼き上がりを待つパン作りだけは、誰の勧めでもなく自分で始めました。

体験レッスンを断る言葉をメッセージの入力欄に入れては消しました。文章だけでは、母を責める言い方になるか、こちらの気持ちが伝わらない気がしたからです。

私は顔を見て話すため、実家へ行くことにしました。

実家の居間で伝えた本音

居間へ入ると、母は同じパンフレットをもう1部用意して待っていました。湯のみのお茶が冷めてから、私は切り出しました。

「お母さんの夢は、私の夢じゃないよ」

母はすぐには答えず、パンフレットの端をそろえました。

「あなたのためだと思ってた」

「私、パンを焼いてるときが一番楽しいの」

そう伝えると、母の声が硬くなりました。

「せっかくここまでしてあげたのに」

私は理由を並べず、「自分のことは、自分で決めたい」と伝えました。母はパンフレットを見たまま、返事をしませんでした。

帰り際、母はいつもの「気をつけてね」を言いませんでした。

そして...

それから、母との連絡は途絶えがちになりました。何を送ればよいのか決められず、私からも連絡しないまま1カ月近くが過ぎました。

先に届いたのは、母からの写真付きメッセージです。写っていたのは、大人向けピアノ教室の入会証でした。「自分の名前で申し込みました」と短く添えられています。

私は返事の代わりに、その週に焼いたパンの写真を送りました。

次に実家へ帰った日、台所でパンを焼きました。膨らんでいく生地をのぞき込んだ母が聞きました。

「今度、教えてくれる?」

私たちは、すぐに以前の関係へ戻ったわけではありません。それでも、母は私の予定を先に聞くようになりました。

メッセージ画面には、母の入会証と私が焼いたパンの写真が並んでいます。互いのやりたいことを初めて見せ合えた記録として、今も残っています。

(20代女性・事務職)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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