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22年前発売。その言葉だけで夏の夜の温度を運ぶ、静けさを抱く儚い名バラード

  • 2026.8.17
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2005年3月、第19回日本ゴールドディスク大賞のステージで歌う大塚愛(C)SANKEI

夜店で買った手持ち花火の袋に、見慣れない一本が混じっている。筒の紙に、赤い金魚が描かれている。派手に燃える大玉でもないのに、なぜかその一本だけ、火をつけるのがもったいなくなる。

夏の記憶は、そういう小さなものに宿る。誰にも言えなかった想いを抱えたまま夏を見送った人の胸で、いまも静かに鳴り続けている曲を紹介したい。

大塚愛『金魚花火』(作詞・作曲:大塚愛)ーー2004年8月18日発売

偶然の一本が名前ごと歌になった

この曲の始まりは、ひとつの小さなモノだった。買ってきた花火のパックに、たまたま金魚の柄の手持ち花火が入っていた。夏の夜にふと手のひらへ現れた一本の花火との出会いから、『金魚花火』という言葉とともに大塚愛は歌を紡ぎ始めた。その一本の手触りと記憶から、歌の世界がまるごと育っていった。

考えてみれば、金魚と花火、水のなかと夜空、揺れる静けさと弾ける一瞬。本来は別々の場所にある夏のふたつが、『金魚花火』というひとつの言葉のなかに同居している。パックの偶然が連れてきたこの言葉を題に掲げ、その響きだけで夏の夜の温度まで運んでしまう。タイトルの時点で、この曲の勝負は半分決まっていたと言いたくなる。

前年にリリースした2枚目のシングル『さくらんぼ』がじわじわと話題を集めブレイクした2004年に出た5枚目のシングルで、弾ける『さくらんぼ』とは正反対の、儚いバラードだった。小さな花火一本から生まれた歌が、あの騒がしい年の夏の締めくくりに置かれている。その取り合わせがもう、この曲らしい。

「切ない」を封じたまま切なさを濃くする

大塚愛はこの詞を、「切ない」という言葉を使わずに、切なさが伝わる歌にすると決めて書いた。切ない、寂しい、苦しい。歌詞を組み立てるうえで一番手に取りやすいはずの感情語を、あえて封じている。

これは不便な作業だ。伝えたい気持ちに一番近い言葉を探して言い切りたくなるのを我慢し、夏の夜の情景に想いを預けてしまう。だからこの歌詞は、聴き手が「これは切なさの歌だ」と気づくところまでを、言葉ではなく情景の積み重ねだけで担っている。切ないと名指ししないから、かえって切なさの輪郭が濃くなる。

描かれているのは、告げられないまま夏の夜に置き去りにされた片想いだ。想いの名前は最後まで呼ばれない。歌詞は夜の景色を淡々と差し出すだけで、聴き手を「この景色はなぜこんなに胸に残るのか」という問いへ静かに誘い込む。答えは示されないから、聴くたびに自分の記憶にある夏の輪郭を重ねてしまう。

静けさを破るのは言葉ではなく速度

直接的に「切ない」と言わない詞を成立させているのは、歌声の仕事だ。大塚愛の声は、Aメロでは言葉をひとつずつ置くように控えめに進み、サビへ向かって少しずつ膨らんでいく。声量は自然に上がり、感情の高まりに合わせてしっかりと張っていく。それでも音程の輪郭は崩れず、伸びやかさを保ったまま高まりを描き切る。

特に効くのは、フレーズとフレーズの間に置かれた小さな呼吸だ。言葉を継ぐ前の一瞬の間に、書かれなかった感情がふっと滲む。サビの終わりで音を長く伸ばす瞬間、その伸びのなかに小さな震えが混じるところなど、言葉にしなかったぶんの想いがまとめて声にあらわれているように聴こえる。

そして、この曲でいちばん息をのむ瞬間は、終わり近くにやってくる。それまで静かに流れていたリズムが、一瞬だけ、ふっと速くなるのだ。抑えて抑えて運んできた想いが、最後の最後にこらえきれず駆け出したように聴こえる。言葉では一度も「切ない」と言わなかった曲が、音の足取りだけで感情の決壊を見せる場面だ。

その昂ぶりは長くは続かず、曲はまた静けさへ戻っていく。だからこそ、あの一瞬が長く耳に残る。声と情景を最後まで主役に立てた音作りのなかで、この終盤のひと駆けがひときわ強く効いている。

それぞれの夏が流れ込んでいく器

感情の答えが書き込まれていないから、聴く人はそれぞれ自分の夏、自分の片想いをこの情景に流し込める。この歌詞が古びないのは、流行に寄りかからず、景色だけで語っている作り手のこだわりからかもしれない。

いまでは順序が逆転して、花火の袋に金魚の柄を見つけたとき、先にこの曲の旋律が浮かんでくる人もいることだろう。無名の一本の花火が歌の名前になり、歌がその花火の名前を夏の記憶として配って回った。ひと夏の偶然の出会いとしては、上出来すぎる往復に映る。

花火のパックに紛れていたあの一本は、とうに燃え尽きているだろう。それでも、そこから生まれた歌は、夏の終わりが来るたびに、言えなかった言葉を抱えた誰かの手のなかで小さな火を灯し直す。名前を呼ばれなかった感情ほど、長く燃えるものらしい。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

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