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励ましの言葉が届かない夜に寄り添ってくれる 30年前に生まれた、重い言葉と軽やかな音が出会ったポップナンバー

  • 2026.8.23
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hide-1997年12月撮影(C)SANKEI

「misery」。英語で、不幸・惨めといった意味を持つ言葉だ。

こんな名前を背負わされた曲は、さぞ暗く沈んでいるのだろうと身構える。ところが再生した瞬間、耳に飛び込んでくるのは、拍子抜けするほど明るく、軽やかに弾むポップソングだ。

hide『MISERY』(作詞・作曲:hide)ーー1996年6月24日発売

惨めや不幸という意味を持つ単語を名づけられた曲が、hideのソロ曲のなかでもとびきり明るく鳴っている。このねじれこそが、この曲のいちばん深い魅力だと言いたくなる。

MISERYの名を掲げて軽やかに跳ねる

イントロから、音がずっと笑っている。弾むリズムに乗って、カラフルな音色が次々と顔を出し、メロディは口ずさみたくなるほど人なつっこい。サビに向かって視界がぱっと開けていく感覚は、hideのポップセンスの真骨頂だ。

1996年6月、ソロ名義5枚目のシングルとして発売されたこの曲は、X JAPANの派手なギタリストとしてのhideではなく、ポップスの作り手としてのhideを堂々と見せつけた。

タイトルに「MISERY」という重たい言葉を掲げながら、曲そのものは一切うつむかず、最初の一音から最後まで背筋を伸ばして歌い切っていく。この落差は、聴き手を混乱させるどころか、むしろ不思議な解放感を連れてくる。

歌声もいい。hideの歌はうまさで聴かせるタイプではないが、この曲では声の人なつっこさが、明るい曲調と手を取り合って弾んでいる。気取らず、構えず、友だちに話しかけるような近さで届く声だ。

暗い名前の曲が明るく鳴る。それだけのことが、なぜこんなに胸をすくのか。不幸を深刻な顔で語るのではなく、鼻歌に変えてしまうという態度そのものが、すでにひとつのメッセージに聴こえるからだ。

名づけも鳴らし方もひとりの設計

このねじれは、偶然の産物ではない。『MISERY』は、作詞も作曲も編曲も、すべてhide本人の手によるものだ。

hideという人は、奇抜なビジュアルの奥に、恐ろしく緻密な作り手の顔を持っていた。ピンクの髪で笑いながら、音の細部まで自分で組み上げる。『MISERY』の軽やかさは、その緻密さが生んだ軽やかさだ。

しかもこの曲の明るさは、単純な能天気とは質が違う。よく聴くと、弾むリズムの合間に、ふっと影が差すような瞬間が織り込まれている。明るいだけの曲なら聴き流して終わりだが、この曲には、何度も戻ってきたくなる引っかかりがある。名前に仕込まれた「MISERY」が、音のどこかに薄く溶けているからだ。

重いものを重いまま差し出さず、ポップという包装紙でくるんで手渡す。その手つきの優しさに、hideの表現の核心を感じる。

悲しみを抱えたまま浮かんでいられる

だからこの曲は、30年経ったいまも、しんどい夜の側にいる。病気、孤独、不安、喪失感。名前のつく不幸も、つかない不幸も、生きていれば必ずやってくる。そういうものを抱えた人が、この曲を自分だけのお守りのように聴き続けている。

この『MISERY』は、不幸を消してくれる曲ではない。不幸を抱えたままでも浮かんでいられる、と教えてくれる曲だ。無理に元気を出せとは言わない。悲しみをなかったことにもしない。ただ、その隣で明るい音を鳴らし続ける。この距離感が絶妙で、落ち込んだ耳にもすっと入ってくる。

励ましの言葉が届かない夜にこそ、言葉ではなく曲調そのもので寄り添ってくる。明るさが慰めになる、という当たり前のようで難しいことを、この曲は涼しい顔でやってのけている。

激しさや過激さで語られることの多いhideの音楽のなかで、この曲の立ち位置は少し特別だ。派手に暴れる曲たちの隣で、『MISERY』だけが、そっと肩に手を置くような温度を持っている。その温度を求めて、世代を超えた聴き手がいまもこの曲にたどり着く。

置き土産のようにいまも鳴る明るさ

発売から30年になる2026年も、この曲は現役で鳴っている。5月には追悼イベント「hide Memorial Day 2026」のステージで演奏され、7月に発売された映像作品『REPSYCLE THE REPSYCLED』にはリマスターされた音源が収録された。作り手がいなくなっても、曲は磨き直され、新しい耳に届き続けている。

MISERYと名づけられた曲が、誰かの不幸のそばで、いちばん明るい顔をして鳴っている。その光景を思うたび、hideがこの曲に仕込んだねじれは、悪戯ではなく贈り物だったのだと思えてくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・目黒権之助)

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