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「涙は音もなく流れる」UAの声はなぜ一度聴くと離れないのか 皮膚の内側まで入りこむ名曲が誕生した理由

  • 2026.8.22
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1998年4月、神奈川県民ホールでのUAのライブより(C)SANKEI

深夜のテレビから、それまで聴いたことのない温度の声が流れてきた。1996年、チャートの中心をきらびやかなダンスポップが占めていた頃の話だ。

派手に盛り上がりすぎない。高温で張り上げるような唄い方もしない。それなのに、一度耳に入ると離れない。低く、湿り気を帯びて、夜の空気ごと部屋に運んでくるような歌だった。

UA『情熱』(作詞:UA/作曲:朝本浩文)ーー1996年6月21日発売

UAにとって通算4枚目のシングル。そして、UAという歌い手の名前を広く知らしめたブレイク曲でもある。30年経ったいま聴き直しても、この曲の鮮度は落ちていない。むしろ、どうやってこの音が生まれたのかという物語のほうが、時を経て輝きを増している。

自分の音を自分で選び取った新人

『情熱』の物語は、その1年前から始まっている。1995年6月、UAは藤原ヒロシのプロデュースによるEP『HORIZON』でデビューした。まだキャリアの入り口に立ったばかりの新人だ。普通なら、用意された曲を歌い、用意された道を歩く時期にあたる。

ところがUAは、その制作現場でスタッフの中にいた朝本浩文という音楽家の才能に、自分の耳で気づいていたのだ。朝本は伝説のダブバンド・MUTE BEATのキーボーディストの1人で、当時は藤原ヒロシの右腕として現場を支える立場にいた。その仕事ぶりを間近で見ていたUAは、次の作品のプロデュースを朝本に自ら依頼する。

肩書きではなく、現場で選んだ。新人にはなかなかできない判断だ。デビューしたての新人が、自分の音を任せる相手を自分で指名した。この逆指名から生まれたのが『情熱』だった。

「歌わされる新人」と「自分の音を選び取る歌い手」の間には、深い溝がある。UAは最初の一歩からその溝の向こう側にいた。『情熱』の凄みの根っこは、まずここにあると言いたい。

対話のなかでビートが姿を変えていく

面白いのは、朝本が最初に持ってきた案がもっとレゲエ調だったことだ。ダブバンド出身の朝本らしい発想であり、それはそれで成立していたはずだ。しかしUAはそのまま受け取らなかった。二人はディスカッションを重ね、ビートの形を少しずつ組み替えていく。

行き着いた先が、あのムーディーで湿度の高い、後に和製R&Bと呼ばれる仕上がりだった。レゲエの跳ねはビートの奥に沈み、代わりに夜の質感が前に出てくる。低域がゆったりとうねり、その上をUAの声が泳ぐ。

どちらかが折れたのではない。どちらかの独走でもない。プロデューサーの初案を土台に、歌い手が対話で音を育てた。逆指名で始まった関係だからこそ成立した作り方に映る。

この曲のグルーヴは、体を跳ねさせるためではなく、体の力を抜かせるために組まれている。テンポを落とし、拍の間に余白を残し、聴き手を夜のほうへ引き込んでいく。サビで一気に開放するのではなく、最初から最後まで同じ深さに沈めておく設計は、当時の日本のヒット曲の文法から大きく外れていた。

その音が広く届いたこと自体が、いま振り返れば小さな事件だった。

燃え上がらない熱を「情熱」と呼ぶ逆説

『情熱』というタイトルから連想するのは、燃えさかる恋、駆け出したくなる衝動だろう。ところがUA自身が書いた詞は、その正反対の温度をしている。

描かれるのは、燃え上がる瞬間ではなく、熱が形を変えていく過程だ。涙は音もなく流れ、想いは行き場を探したまま胸の内に留まる。「孵(かえ)らない想い」という一語に、この詞の核心が詰まっている。孵る前の卵のように、形にならないまま抱え続けるしかない熱。爆発もせず、かといって消えもしない。

「もう戻れない」という一節も効いている。恋の頂点を過ぎたあとの視界から書かれた言葉であり、これから燃えようという歌ではないことを静かに告げている。

タイトルが掲げる「情熱」と、詞が描くくすんだ気だるい温度。この逆説こそが、この曲を忘れがたいものにしている。燃えていないのではない。燃え方が違うのだ。低温でずっとくすぶり続ける熱のほうが、実は長持ちすることを、この詞は知っている。

だから30年聴き継がれる。一瞬で燃え尽きる歌なら、その夏のうちに役目を終えていたはずだ。

力の抜けた声が芯まで届いてしまう

そして、この詞とビートを完成させたのがUAの声だ。ハスキーで、力が抜けていて、こぶしで押してこない。歌唱力を誇示する歌い方の対極にある。それなのに、いや、それだからこそ、声が皮膚の内側まで入ってくる。

低くうねるビートの上で、UAの声は輪郭をわざと曖昧にしたまま漂う。語尾は言い切らずに空気へ溶け、息の成分が多い分だけ、詞の気だるさがそのまま音になっている。くすんだ温度の詞に、くすんだ質感の声。この曲では詞と声が同じ体温で結ばれている。

上手さで聴かせる歌手は大勢いた。UAの声の価値は、上手さの物差しの外にあった。媚びない声、と呼びたくなる。聴き手に向かって身を乗り出さず、そこに立って歌っているだけなのに、聴くほうが引き寄せられていく。

この声の吸引力は、数字にも表れた。『情熱』から4ヶ月後の1996年10月に出た1stフルアルバム『11』は、90万枚を超えるセールスを記録する。デビューから1年半足らずの歌い手のアルバムとしては、破格の結実だった。

時を越えて残った共作の温度

朝本浩文はその後も『雲がちぎれる時』『甘い運命』『悲しみジョニー』『ミルクティー』とUAの曲を手がけ続けた。UAの最初の黄金期は、この共作関係の上に築かれている。その朝本は、もうこの世にいない。

けれど『情熱』は鳴りやまない。2026年にはNHK BSの音楽番組で亀梨和也がこの曲をカバーし、UA本人も約10年ぶりのニューアルバム『NEWME』を出している。

新人が自分の耳で相棒を選び、対話で音を育てた。その最初の決断の正しさを、30年後の現在が静かに証明している。深夜のテレビから流れてきたあの温度は、いまも下がっていない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

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