1. トップ
  2. エンタメ
  3. 32年前、なぜ織田裕二の不器用な歌は響いたのか お金がない男の逆転劇を支えた名主題歌

32年前、なぜ織田裕二の不器用な歌は響いたのか お金がない男の逆転劇を支えた名主題歌

  • 2026.8.17
undefined
織田裕二-1999年2月撮影(C)SANKEI

テレビの前に集まった家族が、画面の向こうで奮闘する若いサラリーマンの一挙一動に一喜一憂していた。ソファに腰を下ろした大人も、そのわきに座り込んだ子どもも、放送のあいだだけは同じ画面を見つめていた。

借金を背負いながらも、がむしゃらに這い上がっていく主人公の姿は、多くの家庭にとって次の放送を待ちわびる楽しみそのものだったはずだ。そして物語に寄り添うように、決まってあの主題歌が流れてきたものだ。声を張り上げ、困難を越えていく男の背中を押すような歌声が、部屋の空気をふっと引き締めた。

織田裕二『OVER THE TROUBLE』(作詞:康珍化/作曲:中崎英也)ーー1994年7月8日発売

1994年の夏、フジテレビ系ドラマ『お金がない!』の主題歌として世に出たこの曲は、主演を務めた織田裕二自身が歌った。俳優が自分の主演作の主題歌を歌うこと自体は当時めずらしくなかったが、この一曲が特別だったのは、ドラマと歌がまるでひとつの物語のように毎週繰り返されたことにある。

添え物を物語の記憶に変えた繰り返し

『お金がない!』は、借金を背負いながら外資系保険会社で成り上がっていく25歳の青年、萩原健太郎を織田裕二が演じた人気ドラマだった。派手なトレンディドラマが並んでいた当時のテレビにおいて、この作品は主人公の泥臭さで異彩を放っていた。金策に走り回り、頭を下げ、それでも前を向く。そんな姿を毎週追いかけていた人は多い。

主題歌として起用された『OVER THE TROUBLE』は、番組の顔として放送のたびに流れ続けた。一度きりの主題歌なら聴き流されて終わったかもしれない。しかし毎週決まって耳に届くという反復が、この曲を単なる添え物ではなく、ドラマそのものの記憶と分かちがたく結びついた旋律に変えていった。テレビの前で番組を見ていた人にとって、いまこの曲を聴けば真っ先に浮かぶのは萩原健太郎の顔だという人も多いはずだ。

放送翌日、職場や学校でその週の展開を語り合う人もいたはずだ。主人公がまた奇跡を起こした、また一歩前に進んだ。そんな会話の輪の中に、いつのまにかこの曲のフレーズも一緒に混ざり込んでいた。ドラマのために作られた一曲でありながら、放送が終わったあとも独立した一曲として口ずさまれた理由は、この積み重ねにある。

応援の気持ちごと歌に預けられていた

タイトルの『OVER THE TROUBLE』、すなわち「困難を越えて」という言葉は、ドラマの筋書きとあまりにも自然に重なっていた。金に追われ、大胆不敵な動きをみせ、歩みを止めない萩原の毎週の奮闘は、そのままこの曲が歌う「困難を越えていく」というテーマの実写版のようなものだった。

視聴者は画面の中の青年を応援しながら、同時にその応援の気持ちごと主題歌に預けていたのではないか。ドラマの筋と曲のメッセージが同じ方向を向いているタイアップは、当時もめずらしくはなかった。それでもこの一曲は、タイトルの言葉そのものが物語の核心とまっすぐ重なっていた。だからこそ、ドラマを離れて曲だけを聴いても、そこには誰かの奮闘を思わせる熱がいまも残っている。

歩みを止めない萩原の姿は、決して格好いいだけの成功譚ではなかった。泥臭く、時にみっともないほど必死な奮闘だったからこそ、視聴者は自分自身の日々の苦労と重ね合わせやすかった。曲名に込められた「困難を越えて」という言葉は、そうした等身大の奮闘に寄り添う応援として響いていた。

不器用なまっすぐさが別種の説得力を生む

織田裕二の歌声は、洗練された歌唱テクニックで聴かせるタイプではない。むしろその魅力は、感情をまっすぐに声へ乗せる不器用さに近い実直さにある。サビに向かって声を張り上げていく歌い方は、ドラマの中で何度も壁にぶつかりながら前へ進んでいく萩原健太郎の姿と、驚くほど自然に重なって聞こえる。

華やかなアレンジがその歌声を包み込み、ドラマの熱をさらに押し上げる。曲はサビに向かって着実に音を積み重ねていく作りになっており、その高まりが織田の声の伸びと重なるたび、聴き手の気持ちも一段引き上げられていく。俳優としての表現力をそのまま歌にぶつけたような力強さは、プロの歌い手が磨き上げる繊細さとは違う種類の説得力を持っていた。

作詞を手がけた康珍化は『桃色吐息』でレコード大賞の作詞賞に輝くなど数々の名曲を生み出した実力者で、その言葉選びの確かさがこの曲の骨格を支えている。作曲の中崎英也は数々のヒット曲を手がけてきた書き手だが、ここでは技巧を前面に出さず、まっすぐに届くメロディを織田の声に託すことに徹していた。派手さより実直さを選んだその作りが、俳優の歌声としての説得力をより引き立てている。

物語を離れてなお背中を押す言葉

『お金がない!』の放送が終わってから、すでに長い年月が過ぎた。それでもこの曲を耳にすると、家族でテレビを囲んでいたあの空気とともに、誰かの奮闘を応援していたあの感覚がふっとよみがえる。

困難を越えていけ、というシンプルなメッセージは、時代がどれだけ移り変わっても色褪せない。むしろ、ドラマという枠を離れたいまだからこそ、この曲はひとりひとりの背中を押す一曲として、まっすぐに響いてくるのかもしれない。

いま聴き返すと、当時の部屋の温度だけでなく、画面の向こうの青年を自分のことのように応援していた、あの頃の気持ちまでもが一緒に立ち上がってくる。家族と同じ画面を見ていた記憶ごと、この一曲は今も静かに前を向かせてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ