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麺の奥深さを知るために麺作りの現場へ。多くの店主に支持される製麺所〈麺屋棣鄂〉

  • 2026.8.4

“麺にこだわること”が当たり前となった昨今、専門技術と経験に裏打ちされた高品質な麺を作り続ける製麺所に信頼を寄せるラーメン店も少なくない。多くの店主に支持される製麺所〈麺屋棣鄂(ていがく)〉を訪ねた。

photo: Yoshiko Watanabe, Kazuharu Igarashi(Ramen Nijubunnoichi) / text: Saki Miyahara / edit: Emi Fukushima

京都〈麺屋棣鄂〉工場内観
BRUTUS

ラーメン店の店主が追求するスープは、一つとして同じものがない。それに応じて、小麦粉の種類、形、太さ、食感、水分量などを細かく設計し、最適解を導き出す──。それこそが、麺作りのプロである製麺所の仕事だ。

さまざまな特徴を持つ製麺所がしのぎを削る中、手がける麺の幅広さと高い提案力で店主らから厚い信頼を集めるのが、京都の〈麺屋棣鄂〉。200種類以上の既存商品に加え、オーダーメイドでの麺作りにも対応し、今や全国1000以上の飲食店に麺を卸している。

1931年創業のこの老舗製麺所を率いるのは、3代目の知見芳典さん。もともと家業を継ぐつもりはなかったというが、2代目の父が病に倒れたことを契機に96年に入社し、その後代表に。業績も振るわない中、続いて社に加わり製造部門を担うようになった弟の和典さんとともに事業の立て直しを図る。

当時の〈麺屋棣鄂〉は、うどんや蕎麦の製造が中心で、中華麺は2種類だけだった。だがラーメン業界の盛り上がりを肌で感じたことから、「製麺のプロを名乗るからには、どんな依頼にも応えられる麺作りをしたい」と決意。店の要望に徹底的に応える中華麺専門の製麺所へ舵を切った。

京都〈麺屋棣鄂〉麺
色や形状、食感もさまざまな麺。
小麦粉
麺ごとに小麦粉の種類や水分量を調整し、それぞれの特徴を出している。

新たな試みが軌道に乗り始めていた2002年頃、兄弟の元にある依頼が舞い込む。「当時は、東京でブームになっていたつけ麺が関西でも話題になってきた頃。京都のつけ麺店〈京都千丸 しゃかりき〉からオリジナル麺のオーダーをいただいたんです。

当時、僕らはつけ麺を食べたことがなく、急いで新幹線に乗って東京へ行き、いろんなお店を回りました」とは芳典さん。試行錯誤は1年以上。食べて作って、提案し、改良を続けた。「要望に応え、提案し、調整する。ジャズのセッションのように、最高の一杯が完成する面白さに、ハマってしまいました」。この時完成したつけ麺用の麺はST(しゃかりきつけ麺)と名づけられ、現在まで続く看板商品となった。

京都〈麺屋棣鄂〉そばの切刃
理想の麺を実現するため、特注の切刃も数多く揃えている。

自分の舌で確かめて納得した先にある麺

STの開発にも象徴されるように、2人はまず、自分たちで味わい、その文化を体感し、納得したうえでの麺作りを大切にしている。だからこそ、各地のラーメンを自分たちの舌で確かめることを欠かさなかった。

「ラーメンと一口に言っても、日本各地でスープはもちろん、麺の作り方もまったく違う。東北では平打ちのちぢれ麺、博多では極細のストレート麺。それぞれの土地に根づいた一杯に心を動かされ、その多様性を感じました。一方で、そうした麺は当時の自分たちの設備では作れないという現実にも直面しました」(和典さん)。

多様な麺作りに対応するため、12年には工場に新たなラインを導入。麺を揉む機械や製麺スピードをコントロールできる設備も搭載したほか、太~細麺まで幅広く対応できる大小さまざまな番手の切刃を揃え、オリジナルの切刃も導入。こうして200種以上を手がけられる体制に至った。

京都〈麺屋棣鄂〉製麺所
機械と人の手が作り出す、美しい麺。精密な工程の中に職人の感覚が息づき、1日に約6万食もの麺が生み出されている。
京都〈麺屋棣鄂〉工場内観
〈麺屋棣鄂〉では、現在30名ほどが働いている。麺への厚い探究心を携えるスタッフも多く、2025年には開発用のラボも誕生した。

「今は約50銘柄の小麦粉を取り揃え、その配合や加水率も調整していきます。太さや切り方もいろいろで、ストレート麺もあれば、機械で均一にちぢれを出した麺、太さにばらつきを出した手揉み麺もあります。そういった要素を組み合わせながら、店主の要望に合わせています」(和典さん)

体制が整うにつれ、府内のみならず全国から注文が来る人気の製麺所に成長。2人を突き動かしてきたのは、ラーメンそのものの魅力だった。

「このスープにとって、いちばんいい麺は何か。目の前にあるその問いへの答えを知りたかったんです。心がけているのは先入観を持たないこと。“塩ラーメンにはこの麺が合う”といった思い込みを捨て、本当にそうなのか、食べて納得する。100通りのスープがあれば、それぞれに合う麺があるはず。そうやって一杯の完成度が上がれば、ラーメンはもっとおいしくなるし、ファンもますます増えるはずです」(芳典さん)

ユニークな名前はその特徴を表している。  ST:しゃかりきつけ麺。東:東京の麺。  SH:スーパーハード。博多のバリカタ麺をイメージ。  M:丸生。    W:ホワイト。MとWは、代々作っている昔ながらの中華麺。  サンダー:稲妻のようなちぢれ麺。  J:二郎系。  MA1:三重県のあやひかりという小麦粉の1等種を使用。  MM3:もみもみシリーズの第3弾。  OSP:オールドサッポロ。

和典さんは現在、自分の会社を立ち上げ、世界にラーメンを広める活動をしている。〈麺屋棣鄂〉にはアドバイザーとして関わり、麺の開発には変わらずに参加。兄弟それぞれ、ラーメン文化の発展を願い麺作りのエキスパートとして貢献している。

「たくさんの麺が作れることを声高にアピールしたいわけではないんです。目指しているのは、あくまでも黒子として、ラーメン屋さんやお客さんが本当に納得する麺を作ることだけなんです」(和典さん)

製麺所と店。それぞれが持てるクリエイティビティを掛け合わせ、手を携えておいしさの高みを目指す。〈麺屋棣鄂〉はこれからも、その一端を静かに担い続けていくだろう。

京都〈麺屋棣鄂〉知見芳典、和典
代表の兄・芳典さん(左)と弟の和典さん(右)。芳典さんは、営業職を経て製麺所に入り、父の後を継いで代表に。和典さんは放送作家などの職を経験し、工場の責任者になった。現在はラーメンのおいしさを広めるために世界を飛び回っている。

Information

麺屋棣鄂

京都で初めて中華麺を手がけた創業95年の製麺所。3代目の知見芳典さんが代表に就き、オーダーメイドを中心とした200種類以上の中華麺を製造。全国の飲食店に卸している。

めんや ていがく
住所:京都府京都市南区上鳥羽山ノ本町213
TEL:075-632-8900
Instagram:@menya_teigaku

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