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実は「一級船舶取得」していた美人女優。水上バイクも操る“12代目リハウスガール”とは

  • 2026.7.28
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2013年7月、テレビ東京系ドラマ「リミット」の制作発表に登場した山下リオ(C)SANKEI

海の上に立つ女優、というイメージはあまり流通していない。だが山下リオは、2026年6月、一級小型船舶操縦免許と水上バイクの免許を取得したことを自身のSNSで報告した。漁師だった祖父の土地、徳島の港が、この人の原風景にはある。その投稿では、この夏は船長として海に出る、という目標も明かされていた。

身体ごと何かへ向かっていく衝動は、この人が20年かけて刻んできた仕事の輪郭と、静かに重なっている。

撮られる側で覚えた見せる力

山下リオを語るとき、モデル出身という一語で片づけるのは惜しい。出発点は、たしかに撮られる側にあった。2007年、12代目のリハウスガールに選ばれ、同年にはティーン向けファッション誌『Hana*chu→』の専属モデルを務めている。カメラの前に立ち、着るもので語り、静止した一枚で見る者に何かを届ける。見せる仕事の作法を、この人は10代のうちに身体で覚えた。

転機は、そう遠くない場所にやってくる。2008年、映画『魔法遣いに大切なこと』で映画初主演を果たす。撮られる側から演じる側へ。この移動は、多くのモデル出身者がそうであるように、断絶ではなく地続きだった。一枚の写真で佇まいを届けられる人は、動く画面のなかでも佇まいを届けられる。見せる技術は、演じる技術のなかへそのまま流れ込んでいった。撮られることで鍛えた身体の感度が、演技の初速をつくったのだ。

見落とせないのは、初主演がゴールではなく通過点だった点である。誌面で表情の作り方を覚えた10代の蓄積があったからこそ、初めての映画の中心にすんなりと収まれた。モデルから俳優へという道を、この人は跳躍ではなく歩幅の延長として渡っていった。だから初主演の座は、掴み取った勲章というより、次に向かうための足場のように見える。

土地の名を背負い国境を越える

この人の軌跡には、地元・徳島という一本の線が通っている。2013年、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』で、山下は地方アイドルGMT47の徳島代表・宮下アユミを演じた。全国から集められた娘たちのなかで、徳島の名を背負う役どころ。生まれた土地の名を役の属性として引き受けることが、この人にはごく自然に似合っていた。土地と身体が結びついた俳優なのだと、この配役はさりげなく告げている。

その射程が、国境を越えたのが近年だ。2024年、主演を務めた映画『雪子 a.k.a.』で、山下はウェールズ国際子ども映画祭の最優秀主演女優賞を受けた。評価の場が、国内から海の向こうへと広がった一件である。この賞が意味するのは、言葉や文化の異なる審査の場でも、この人の芝居が通じたということだ。土地の名を背負って画面に立てる俳優の説得力は、徳島という一点に根を張りながら、かえって国境を越える普遍にまで届いていた。

同じ年、17年ぶりとなる写真集『Selenge』をモンゴルで撮影している。草原へ身を運び、異国の光のなかに立つ。写真集という見せる仕事に立ち返りながら、その舞台を国内から大陸の草原へと引き延ばした。徳島の港に始まった身体は、モンゴルの草原にまで届く距離を手に入れていた。見せる仕事と演じる仕事、その両輪が一人の俳優のなかで同じ方向を向いている。評価の射程が広がったのは偶然ではなく、身体ごと環境へ入っていくこの人の流儀が、遠い場所でも通用したということだ。演技で世界の映画祭へ、写真で大陸へ。二つの仕事が別々に遠くまで伸びたのではなく、同じ一人の距離感覚が、両方を同時に押し広げていた。

正反対の二本に同時に立つ現在

そして今、山下リオの名は主演のクレジットに続けて並んでいる。2026年、ホラー映画『遺愛』で主演を務め、全国の劇場で公開された。同じ年、映画『トランジット・イン・フラミンゴ』でも主演としてスクリーンに立っている。ジャンルも温度もまるで異なる二本の中心に、同じ人が座っている。恐怖を描く画面と、静かに移ろう画面。求められる身体の使い方は正反対でありながら、そのどちらにもこの人は身を差し出していく。

役の求める環境へ、ためらわずに入っていく。20年かけて磨いてきたのは、まさにその踏み込みの深さだった。撮られる側で覚えた見せる力が、演じる側で環境ごと引き受ける力へと育っている。

舵を握りに海へ出る

一級小型船舶と水上バイク、二つの免許を同時に手にした人が、この夏は船長として海に出るという。俳優生活は20年を数えた。

思えばこの人は、いつも身体ごとどこかへ向かってきた。撮られる側から演じる側へ、徳島から世界の映画祭へ、そして陸から海へ。免許はその延長線上にある、ごく自然な一歩なのだろう。漁師だった祖父の港を源流に持つ人が、自らの手で舵を握る。20年をかけて届く距離を伸ばしてきた身体が、次は海の上に立とうとしている。撮られる側から始まった役者が、今、自分の航路を描こうとしているのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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